セイコーで学ぶ、腕時計のメインストリームがクォーツ式となった背景と機械式が復権するまで

FEATUREその他
2021.12.27

「グランドセイコー」の復活

 88年、セイコーはグランドセイコーの名称を高精度のクォーツである95系キャリバー搭載モデルで復活させた。複数の振動子を備えたツインクォーツや高振動化などの手法ではなく、耐温度特性、耐湿度特性、耐衝撃性能などに優れた水晶振動子を選りすぐって使用するという基本に立ち返った新しいムーブメントが、基本的な性能を磨き上げたグランドセイコーの名前にふさわしいと判断したのかもしれない。

95GS

セイコー「95GS」
1988年にたグランドセイコーの名を復活させたモデル。搭載するムーブメントは年差±10秒という、グランドセイコーの名にふさわしい高精度機だった。このスペックは高品質の水晶振動子を選りすぐったことで実現させた。

 また1970年代から80年代前半にかけては直線基調の未来的なデザインが好まれたのに対して、80年代後半のバブル時代後期になるとより有機的、曲線的なデザインやレトロな空気が人のぬくもりを感じるとして好まれるようになってきた。こういった要因も、かつての大ブランドの復活の後押しをしたのではないだろうか。

 グランドセイコーの復活後も、さらにセイコーのクォーツムーブメントの改良は進められた。そして93年、決定打とも言える9Fムーブメントが登場したのである。95系譲りの年差単位の高精度と、初代グランドセイコー以来のアイコンであった笹針を駆動できる大きなトルクが、セイコーのフラッグシップとしての存在感を取り戻させたのであった。

SBGT001

セイコー「SBGT001」
1993年、グランドセイコー専用機として「クォーツを超えたクォーツ」をうたう9Fムーブメントが登場。9Fの代名詞である「バックラッシュオートアジャスト機構」や「瞬時日送り機構」などが導入された。

 その一方、80年代後半になると、スイスの時計産業は一通りの淘汰を終えた。スイス最大のエボーシュメーカーETAの総帥ニコラス・ハイエックは「スウォッチ」と名を付けた、極めてファッショナブルでありながら比較的安価なクォーツ時計に、さまざまなデザインを与え、限定で入れ替わり登場させた。スウォッチは瞬く間に人気を集め、ETAに巨大な利益をもたらした。その成功を受けたハイエックはオメガやロンジンなども所属するグループ名自体をスウォッチに改名するだけでなく、ブレゲのような伝統的なメーカーも買収し、経営に参画するようになったのである。

 スウォッチのもたらした資金を得て、命脈を保つことに成功したスイスの伝統的なメーカーは、生き残りのために新たなる道を模索した。それは日本の高性能クォーツに正面から挑むのではなく、機械式時計への回帰であった。先にクォーツの登場により直撃を受けたのは安価な時計だった、と書いた。そのことでスイス時計産業全体が落ち込みを見せ、そこから高級メーカーも引き続いて大きな打撃を受けていた。何しろ高額な時計を買わずとも、クォーツのおかげで正確な時間が得られるようになってしまったのだ。価格と時計の精度はイコールではなくなったのである。

 この時代、ロンジンやブライトリングなどの名門ですら他社に売り払われ、オメガも伝説的な自社製ムーブメントの製造を止め、汎用の「ユニタス」ことETA6498を用いる(もっとも、素のままではなく例えばトリオビスのような高精度化のための改良は施していた)ようになっていた。そしてそれは超高級メーカーでも同様だ。

 例えばオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」のオリジナルモデルは、史上最も美しいとさえ言われる伝説的な超薄型自動巻きムーブメントCal.2120を搭載していた。つい最近までロイヤル オークにはCal.2120を載せたモデルがあり、今は自社の新型自動巻ムーブメントに置き換わりつつある。そのため、このモデルは機械式ラグジュアリースポーツウォッチの原点にして頂点と言われるが、90年代ぐらいまではむしろクォーツを搭載したモデルの方が主力であった。機械式よりも安価に、小さく、薄いムーブメントを製造できるクォーツは、ロイヤル オークやドレスウォッチのような薄型の上品な時計には用いやすかったのである。また、この時期のパテック フィリップもクォーツの時計を数多く製造していたのであった。

 とはいってもロイヤル オークが発売当初から機械式ムーブメントを搭載していたのは歴史的事実である。スイスのメーカーはその歴史を誇張と言えるほど強調することで、かつての傑作のリバイバルを続々と始めたのであった。そこにはもちろん往年の伝統と、職人の手作業などの、より工芸的な優れた、選ばれたイメージと、また当時普及し始めていたコンピュータに対するアンチテーゼ的な感情から「機械式のほうが高級」というイメージを確立した。

 加えて当時はまだソーラー技術が今ほど発達していなかったこともあり、クォーツ時計は使用しない場合でも、数年おきに必ず電池切れで止まってしまった。それに対して機械式時計は、使うときだけ主ゼンマイを巻けば、いつでも動かすことができる。かつてのように時計が純然たる実用品として、ひとりの人間が1本の時計だけを使用するならば電池の寿命はさほど問題にならなかったが、時計を嗜好品として収集する用になってからは使いたい時に使えることが機械式時計にとってのメリットになったのである。実際には機械式時計でも定期的な整備は必要とはいえ、である。

 このようにして機械式時計は不死鳥のようによみがえった。そしてその伝説性をうたい上げることでより高額に販売できるようになり、機械式時計はクォーツ時計よりもメーカーに大きな利益をもたらすようになったのである。


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