パネライ/ルミノール 1950

FEATUREアイコニックピースの肖像
2019.08.13

パネライとドンツェ・ボームの良縁が生んだ快作

ドンツェ・ボームの開発責任者が語るように、“エッジ”の開発と製造において最も困難であったのが、ケースサイドのエッジと、そのエッジが交わるケースコーナーの成形だという。ラグも通常のルミノールよりも尖り、カーブを描いているのが分かる。

 ラジオミールを彷彿とさせるケースサイドに入れられた一筋のライン。〝エッジ〟の製造において、最も困難を極めるのが、ケースサイドのエッジがケースの角で交わる部分だ。

 「ケースサイドのエッジのラインは、ケースの角で交わらなければなりません。まず、ケースサイドにエッジのラインを真ん中に入れること、そして、そのラインをケースの角で1点に交わらせること、それが最も難しいポイントです。エッジのラインは鍛造後のケースを切削して出すのですが、次の研磨の工程で、このラインを崩すことなくポリッシュするのも困難な作業です」

 幸いにも、11年3月末の取材時には、1月のS.I.H.H.で発表されたこの新作が、早くも製造ラインに乗っていた。そのため、製造工程をつぶさに見ることができた。金属の塊を鍛造して、ミドルケースの大まかな形状を出す。その後、切削によって、通常のルミノールとは異なるエッジの効いたケースサイドと、それが交わるコーナーが成形される。〝エッジ〟は5軸のCNCフライスマシンによって、24のツールを用いて切削される。その工程はたった1回。5軸のバイトが約35分かけて一度に削り出すというから驚かされる。通常のルミノールの場合、この半分の時間で切削されるというから、製造工程からも〝エッジ〟の難しさを推し量ることができる。これらの工程ごとに、25個に1個ずつ検査が行われ、100分の2㎜の許容値に収まっているか、厳密にチェックされる。その後、研磨されるが、パネライのケースは形状が複雑で面が多いため、専用の工具を用いて、一般のケースの4倍の時間をかけてポリッシュされるという。常々、ボナーティ氏が「パネライの命はケース」と語るように、この研磨後の検査は100%の全数検査である。

たった2本だけ現存する1930年代製造のオールドピースをもとに、新たに設計された「ルミノール 1950 スリーデイズ-47MM」のミドルケースの図面。ケースサイドのエッジとケースの角を切削後、研磨する際にはその形を崩さないように、細心の注意が払われるという

 これらの工程は、もちろん、通常のルミノールやラジオミールでもまったく変わらない。こうして製造されたケースは、最終段階で組み立てられる。ケース製造において、組み立て工程があるというと、違和感を覚えるかもしれない。だが、一般的なケースに比べて3倍以上の部品から構成るパネライのケースは、専用の工具を使って、入念に組み立てなければならない。パッキンやネジ、ピンまで含めると外装の部品数は25個を数える。当然、そこにはルミノールの個性を生み出すクランプレバーとブリッジからなるリュウズガードも含まれる。組み立て後、最後に行われるのが、防水検査である。3125m防水まで測定できる防水検査器を用いて、それぞれのモデルに規定される仕様の25%高い防水性能がチェックされる。これらをすべてクリアして初めて、パネライのケースは、ヌーシャテルの自社工房へ旅立って行くのだ。

 「確かに、ルミノール 1950スリーデイズ-47MMのケース形状は、たったふたつだけ現存するオールドピースの形を再現したものです。しかし、ラジオミールからルミノールへ、実際に形状の進化があったかというと、それは定かではありません」

 ドンツェ・ボームの開発責任者がこう語るように、1930年代末に製造されたというルミノール 1950 スリーデイズ-47MMのもととなったオールドピースは謎に包まれている。しかし、ただひとつはっきりしているのは、確かに、このオールドピースは存在したという事実だ。40年代末、ラジオミールの防水性を強化する必要性から誕生したルミノール。だが、それ以前に確かに存在したオールドピースが再現されたのが、ルミノール 1950 スリーデイズ-47MMである。その意味において、この時計がパネライ草創期の歴史を受け継ぎ、現在に体現していることは揺るぎない真実である。