2002年に発表されたルイ・ヴィトンの「タンブール」は長年、同社のアイコンであり続けてきた。しかし2023年、ルイ・ヴィトンはこのモデルを刷新。全く違うキャラクターを与えた。「現在の」ではなく、「未来のアイコン」となる新世代のタンブール。その全容を明らかにする。

ルイ・ヴィトン「タンブール」

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki


TAMBOUR CHRONOGRAPH
本格時計製造の黎明を告げた初期トーキングピース

タンブール オトマティック クロノグラフ

タンブール オトマティック クロノグラフ
2002年に初めてリリースされたタンブールはエル・プリメロを搭載したクロノグラフだった。写真のモデルはムーブメントを改め、ケースサイズを縮小した後継機だが、基本デザインは受け継がれている。自動巻き。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径41.5mm)。100m防水。参考商品。

 2002年に「アトリエ オルロジュルイ・ヴィトン」を設立し、ウォッチメイキングの世界に本格参入したルイ・ヴィトン。その第1作が、太鼓を模したケースを持つタンブールだった。デザインのモチーフは諸説あるが、16世紀に生まれた携帯時計「ドラムクロック」と言われている。持ち運び可能なドラムクロックは、機械式時計の黎明期に生まれた「旅時計」であり、旅をルーツに持つルイ・ヴィトンが選んだのは当然かもしれない。少なくとも、当時ルイ・ヴィトンの社長だったイヴ・カルセルはこのモデルの発表時に、「タンブールにおいて、旅と時は高度に融合した」と語った。

タンブール オトマティック クロノグラフ

2023年の最新作にも引き継がれた、太鼓型のケース。エル・プリメロ搭載モデル(LV277)の直径は44mm。しかし本作では41.5mmに縮小された。それに合わせてケースの張り出しは抑えられ、スリムな印象を与える。なお2010年以降、鏡面仕上げのケースは大きく質を高めた。歪みのなさは写真が示す通りだ。
タンブール オトマティック クロノグラフ

良質な針と文字盤。かつての文字盤は外部のサプライヤー製だったが、後にLFTLVに統合された文字盤メーカー、レマン・カドランが製造するようになった。下地の筋目処理が見えるほど繊細な仕上がりは、ブラウンを薄いメッキで施したため。イエローの針にも注目。鮮やかな発色はサプライヤーのコントロールが優れていればこそ、だ。

 ファーストモデルとしてリリースされたのは、ゼニスの「エル・プリメロ」ことLV277を載せたクロノグラフである。続く04年には「タンブール トゥールビヨン」を、05年には実用的な「タンブール レガッタ」と「タンブール ダイバーズ」を加えて、コレクションは徐々に拡大していった。

 正直、発表当初のタンブールはお世辞にも完成度の高い時計ではなかった。しかし、ルイ・ヴィトンは2011年に高名な複雑時計工房、ラ・ファブリク・デュ・タン(現ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン:LFTLV)を買収。翌12年には文字盤工房のレマン・カドランも手中に収めることで、時計メーカーとしての実力を蓄積していった。

タンブール オトマティック クロノグラフ

2023年までのタンブールは、すべてベゼルを持たない2ピースケースだった。風防面の大きな2ピースケースで100m防水を持たせたのは、極めて野心的な試みだった。

 ちなみにLFTLVは時計の設計とケーシング、複雑時計の組み立てと文字盤の自製に特化した工房である。しかし、できることのみに特化した同社の技術力とコネクションは、スイスでも屈指であり、それはルイ・ヴィトンに大きな実りをもたらしたのである。

 2023年の新型タンブールでいきなり変わったように見えるルイ・ヴィトン。しかしそこに至るまで、20年以上の長い経験があったのである。

タンブール オトマティック クロノグラフ

ケースから張り出したラグ。ガタツキを抑えるため、ケース内部にまで深く固定されている。この設計は、2023年の最新モデルにも共通するものだ。
タンブール オトマティック クロノグラフ

決して薄い時計ではないが、装着感は悪くない。その理由が、フラットに成形された裏蓋だ。刻印はエッチングによるが、凹んだ部分のざらつきもよく抑えられている。


TAMBOUR AUTOMATIC
すべてが生まれ変わった新生タンブール

タンブール オトマティック スティール ブルー

タンブール オトマティック スティール ブルー
2023年に発表された新型タンブールは、一転してスリークなブレスレットウォッチとなった。自動巻き(Cal.LFT023、ル・セルクル・デ・オルロジェとの共同開発)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径40mm、厚さ8.3mm)。50m防水。クロノメーター。261万8000円(税込み)。

 2002年以降、ルイ・ヴィトンのアイコンであり続けるタンブール。同社のウォッチ部門を率いるジャン・アルノーは、このモデルの全面刷新を考えた。彼は、増えすぎたラインナップを減らし、新しいタンブールを、妥協のない、時計好きの琴線を刺激するプロダクトに仕立て直そうと考えたのである。

 アルノーの方針は明快だった。曰く「ルイ・ヴィトンは大きなメゾンだから、目先の売り上げよりも、良い時計を作ることに専念できる」。もっとも、完全な方向転換を可能にしたのは、ルイ・ヴィトンが身軽だったため、だろう。同社は11年に複雑時計工房を、12年には文字盤メーカーを傘下に収めたが、サプライヤーに部品製造を委ねるエタブリスールであり続ける。

タンブール オトマティック スティール ブルー

アラビア数字とバーを混在させたインデックスは、2002年のファーストモデルから受け継がれたディテールである。昔懐かしいスモールセコンドを採用した理由は、あくまでも審美性のため。しかし、あえてセンターセコンドに固執しないことで、風防と文字盤のクリアランスを大きく詰めることに成功した。
タンブール オトマティック スティール ブルー

非常に完成度の高い文字盤。3つのレイヤーからなる文字盤は、下地の仕上げを変えるだけで、複数の色を採用したような錯覚を与える。インデックスと針はダイヤモンドカット仕上げ。しかし、外周部のインデックスは、光り方を抑えて彫り込まれている。製造はLVMH傘下の文字盤メーカーである。

 同社がこういったスタンスを取れる理由は、ウォッチメイキングアトリエのラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンを率いるエンリコ・バルバシーニとミシェル・ナバスが非凡な知見を持つためだ。かつてナバスは筆者にこう語った。「今の時計メーカーは自分たちでパーツを作りたがる。しかし製造を専門家に任せたほうが質は良くなる。マニュファクチュールになる必然は感じない」。1980年代から複雑時計の設計・製造に携わってきた彼らは、一貫してスイスの主なサプライヤーとコネクションを持ち続けてきたのである。

タンブール オトマティック スティール ブルー

ケースサイド。搭載するCal.LFT023は、厚さ4.2mm。しかし、ケーシングを工夫することで、ケース厚をわずか8.3mmに抑えた。

 果たして2023年にお披露目された新しいタンブールは、驚くべき時計となった。タンブールらしい太鼓型ケースは薄く仕立て直され、ムーブメントには凝ったマイクロローターが採用された。また、薄くてコマの小さなブレスレットは、優れた装着感をもたらした。ジャン・アルノーの狙い通り、目利きの時計愛好家たちはたちまち新しいタンブールに注目。時計好きには無縁であったルイ・ヴィトンの名は、一躍時計市場に轟くようになったのである。

タンブール オトマティック スティール ブルー

タンブールの3ピースケースは、裏蓋側のネジをミドルケースに貫通させて、ベゼルを固定している。また、ブレスレットのエンドピースをケースに差し込み、太いネジで固定することでガタツキを抑えている。
タンブール オトマティック スティール ブルー

搭載するCal.LFT023は、ル・セルクル・デ・オルロジェ製のマイクロローターを全面的に改良したもの。仕上げはもちろん、輪列配置も別物だ。



Contact info: ルイ・ヴィトン クライアントサービス Tel.0120-00-1854


【インタビュー】ルイ・ヴィトン ウォッチ部門ディレクター「ジャン・アルノー」

https://www.webchronos.net/features/108086/
アイコニックピースの肖像 ルイ・ヴィトン/タンブール

https://www.webchronos.net/iconic/23947/
ルイ・ヴィトン「タンブール」20年の旅路とそのハイライトに見るウォッチメイキングへの情熱

https://www.webchronos.net/features/85264/