時計フェアはなかったが傑作ぞろい 2020年のオメガ、グランドセイコー、パテック フィリップ、ロレックスなどの新作時計を総括

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2020.09.14

画期的な技術革新を実現したモデルも

 しかも「ニュー・クラシック」という言葉で集約できる今年の新作の中には、時計ファンにとってうれしいことに、これまでにない新機能を備えたもの、時計技術史に新たな金字塔を打ち立てたものも少なくない。

パテック フィリップ

 パテック フィリップの「ミニット・リピーター・トゥールビヨン Ref.5303」は、昨年2019年に12個の限定モデルとしてシンガポールの特別展示会で発表されたコンプリケーションの待望のレギュラーモデルだ。同社では初めて、ミニッツリピーター機構の動作を文字盤側から楽しむことができる。

ミニット・リピーター

「文字盤側から鑑賞できる」新たな機能を備えたパテック フィリップのグランド・コンプリケーション「ミニット・リピーター・トゥールビヨン Ref.5303」。ケースやラグにサイドインサートされたホワイトゴールド製の装飾も新鮮。

ブルガリ

 同じコンプリケーションモデルでは、ジュネーブ・ウォッチ・デイズで発表されたブルガリの「オクト フィニッシモ トゥールビヨン クロノグラフ スケルトン オートマティック」が今年のハイライトとも言える1本だ。トゥールビヨン、モノプッシャークロノグラフを搭載しながら自動巻きで世界最薄のケース厚7.40mm(ムーブメント厚3.50mm)、約52時間のパワーリザーブを実現し、時計技術の歴史に新たな金字塔を打ち立てた。

オクト フィニッシモ トゥールビヨン

ふたつの複雑機構に加えて自動巻き化も達成しながら、ケース厚7405mmを実現したブルガリの「オクト フィニッシモ トゥールビヨン クロノグラフ スケルトン オートマティック」。薄型を追求する「フィニッシモ」コレクションの集大成とも言える。

ピアジェ

 またピアジェの「アルティプラノ アルティメート コンセプト」も、超薄型モデルの世界で新たなマイルストーンとなる今年の傑作である。2018年に発表されたプロトタイプの製品版だが、これほど早く市販化されるとは思わなかった。わずか2mmという厚さのケースにすべてが収められているが、限界まで薄型化された歯車を組み合わせたムーブメントを筆頭に、時計全体に貫かれた繊細でミニマルな美しさは感動的だ。

アルティプラノ アルティメート コンセプト

「これ以上は不可能なレベル」とされるケース厚2mmという超薄型化を達成したピアジェの「アルティプラノ アルティメート コンセプト」。地板と一体化されたケースの最薄部の厚さはわずか0.12mmしかないというから驚かされる。

グランドセイコー

 技術革新といえば、グランドセイコーの新型機械式ムーブメントCal.9SA5を搭載した「ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000 80Hours」SLGH002も、新型スプリングドライブムーブメントCal.9RA5搭載の「スポーツコレクション スプリングドライブ 5 Days」SLGA001/SLGA003も忘れるわけにはいかない。

 どちらも、日本のセイコーだから実現できた画期的なムーブメントを搭載し、今年の新作の中で燦然と輝く画期的な製品だ。

 特に新開発の「デュアルインパルス脱進機」、グランドセイコーフリースプラングと巻き上げヒゲゼンマイの初採用で、高精度化・高効率化、さらに薄型化まで実現した新型機械式ムーブメント「キャリバー9SA5」は独創的で、機械式ムーブメントでもセイコーがパイオニアとして誰も到達したことのない高みに到達したことの、何よりの証しと言える。

グランドセイコー ヘリテージコレクション

独創的なデュアルインパルス脱進機など、セイコー独自の新技術が惜しみなく注ぎ込まれたグランドセイコーの「ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000 80Hours」。野心的なムーブメントCal.9SA5を搭載したレギュラーモデルの登場が待ち遠しい。


これを機にスイス・コンプレックスと完全決別を

 以上、今年の新作時計を筆者なりに総括してみた。紹介できなかったモデルも含めて、誰が見ても魅力的な今年の「ニュー・クラシック」モデルこそ、時計業界が現在抱える危機的状況を乗り越える大きな力になってくれるだろう。

 最後に、蛇足だが今回紹介したグランドセイコーの60周年モデルの登場を機に、日本の時計業界の関係者、特に時計ブランドの方にぜひともお願いしたいことがある。それはスイスブランドの時計と同等かそれ以上の技術や職人技が込められた自社製品を「卑下する」こと、いわゆる「スイス・コンプレックス」を捨てることだ。

 日本の時計産業は1950年代、60年代からスイスをお手本に努力を重ねて進化してきた。そしてクォーツ技術で一時は世界を席巻したかのように見えた。

 だがクォーツ時計がコモディティ化によって低価格化するなかで、スイス時計がラグジュアリーブランド戦略をいち早く採用し、結果的に日本ブランドに低価格なイメージが付いてしまったこともあって、このコンプレックスはなぜか生き続けている。そしてこのコンプレックスが、世界では通用しない内向きのデザインや、かけた手間から当然の価格よりも弱気の価格設定の「言い訳」になってきた。

 だが、もはや機械式でも日本とスイスに技術的な差はない。だから、これを機に全社を挙げてスイスの時計ブランドとまったく同じ土俵に立つこと、そこで真っ向勝負する覚悟をしっかりと固めてほしい。

 技術やデザインを担当する人々は、すでにこの覚悟を持って、これまでのレベルを大きく超えた本気の世界モデルの開発に取り組んでいるようだ。

 だが、営業関係の人々の中にはこのコンプレックスのためか、スイスの時計ブランドや製品について知識が乏しく、国内のライバル製品しか見ていない残念な人をときどき見かける。せっかく良いものを作っても、これでは顧客も時計店も、そして時計ブランドも幸せになれないと思う。


渋谷ヤスヒト

渋谷ヤスヒト/しぶややすひと

モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。


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