トケマッチ運営会社元代表に逮捕状。国際指名手配へ。「トケマッチ事件」を法律的に考えてみた

2024年1月31日に「腕時計のシェアリングサービス」を名乗った「トケマッチ」の運営会社「ネオリバース」(大阪市中央区)がいきなり解散してから1カ月以上が経った。時間の経過と共に問題の深刻度は高まるばかりだ。被害も続々と報告され、SNS上には「被害者の会」もできている。もはやこれは刑事でも民事でも事件になっている。

そして3月6日、トケマッチ運営会社の元代表に逮捕状が出され、指名手配された。元代表は1月下旬に日本を出国、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに逃亡したとみられ、警視庁は今後、ICPO(国際刑事警察機構)を通じて国際指名手配する方針だ。そこで、今回は大学で法律を学んだ者として、トケマッチのビジネスが法律的にどんなものに該当し、どんな問題があるのかを考察したい。

渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
[2024年3月9日公開記事]


怪しい預託契約

「あなたの腕時計を貸してください。私たちが誰かに貸してお金をもらいます。そしてあなたにそのお金の一部をお支払いします。だから、腕時計を貸してくれるだけで、あなたは何もせずに儲かりますよ」

 これが「腕時計のシェアリングサービス」を名乗ったトケマッチのビジネスモデルであり、また高級ブランドの腕時計の持ち主から腕時計を貸してもらうために使った「セールストーク」だった。

 法律用語で、自分の所有するモノやデータ、権利などを誰かに預けることを「預託」という。そして預託には主に次の3つの目的がある。そのひとつが、預けるモノの盗難や紛失、損傷から守り、安全に「保管」してもらうこと。もうひとつが、預けるモノをプロの手で適正な方法で「管理」してもらうこと。そしてもうひとつが、預けたモノを「運用」して利益を得ることだ。

 トケマッチを運営するネオリバースに腕時計を寄託した人々は、法律的には「預託者」と呼ばれ、それを預託された運営会社のネオリバースは「受託者」と呼ばれる。そして、この寄託契約の目的は腕時計を「運用」して利益を得ること。受託者であるネオリバースは、法律的には預託者から「腕時計を第三者に貸し出して使用料を取る」という業務を委託されたことになる。つまり、これは一種の「業務委託契約」なのだ。トケマッチの場合、この業務委託契約がきちんと文書化されていたのかは分からない。だが、法律的にはこのような契約をしていたことになる。

 しかし前回のコラムで述べたように、この契約は実現が難しいものだ。トケマッチから腕時計を借りる人が払う毎月の使用料金も、またトケマッチが腕時計の預託者に預託の対価として払う報酬も、常識から考えて高額過ぎる。しかも、預託を受けた腕時計を管理して貸し出し、使用料金を徴収する。契約終了後に腕時計を回収して、さらにその腕時計を預託時の状態に戻す。トケマッチが行うことになっているこうした業務は、実現するには人件費をはじめ、多大なコストがかかる。この預託契約はあまりにも「預託者に有利」過ぎる。つまり「うまい話」なのだ。だからこそ、自分の腕時計を寄託した人々はこの契約をしたのだろう。でも、こんな「うまい話」があるわけがない。

 

典型的な「ボンジスキーム」?

 さて、筆者がこの事件を知った時、最初に考えたこと。それは「これに似た事件はなかったか?」ということ。そして「寄託」という言葉からふたつの大きな詐欺事件がまず頭に浮かんだ。1980年代前半に起きた「豊田商事事件」と、2017年に破綻して発覚した「ジャパンライフ事件」だ。

 豊田商事事件はマスコミのカメラが監視するなか、同社の会長が殺害されるという惨劇が起きたことでも知られている。この事件は金などの貴金属を用いた悪徳商法(現物まがい商法) を手口とする、被害総額は約2000億円と推定される大規模な組織的詐欺事件で、被害者の多くが老後の資金を失って、その処理も含めて大きな社会問題になった。

 豊田商事は「自分たちからなら、金などの貴金属を安く購入できる。また、購入した貴金属を寄託する契約を結べば、自分たちがそれを運用して金利を稼ぎ、そこで得た利益を配当金として購入者に支払う。これは高利の投資になる」と嘘をついて、金融知識に乏しいお年寄りや主婦を強引に勧誘。多額の資金を集めた。また偽物の金塊や預かり証を「購入者」に渡した。だが、実際には豊田商事は貴金属を所有し、運用などしていなかった。すべては嘘であり、貴金属の購入やその寄託に関する契約がすべてまるごと詐欺だった。ただ、集めた資金の一部を「見せかけの配当金」として契約者に支払って見せることで一時だが契約者を騙し、詐欺の発覚を遅らせた。

 一方、ジャパンライフ事件は貴金属ではなく磁気治療器などの健康器具を販売し、そのオーナーからその器具を会社に寄託させ、会社がその器具を第三者にレンタルすることで、そのレンタル料収入の一部をオーナーに高額の配当金として支払う、というもの。しかし、レンタル料収入で高額の配当金がまかなえることはなく、新規のオーナーの健康器具の購入代金を「見せかけの配当」にしていて購入者を欺き、新規の購入者を呼び込むという手口だった。こちらも被害額はやはり約2000億円という巨額に上り、当時の首相がこの会社社長をなぜか園遊会に招待し、その宣伝に一役買っていたことでも大きな社会問題になった。

 実はこうした犯罪は古今東西昔からずっとあり、日本語では出資金詐欺、英語では「ポンジスキーム」という。トケマッチに腕時計を寄託した人の中にも「これは典型的なポンジスキームだった。なぜ気付かなかったのだろう」と後悔している人がいる。

 

他人の腕時計をかき集めて「運用」?

 トケマッチとこのふたつのポンジスキームとの最大の違いは、一般個人のオーナーから「レンタルで運用する腕時計」をかき集めたことだ。なぜそうしたのか?

 実は、豊田商事事件をきっかけに、こうしたポンジスキーム犯罪を防ぐために1986年に制定・公布された「預託等取引に関する法律」と、この法律を改正して2021年6月に成立した「預託法」は、豊田商事事件の貴金属やジャパンライフ事件の健康器具などの「販売を伴う預託取引」の規制が目的で、トケマッチ事件のように、一般個人のオーナーから腕時計を預託して運用することは想定していない。

この問題のニュースを報じている2024年2月13日のテレビ朝日のニュースサイト。

 一般個人のオーナーと預託契約を締結することは手間も多いのに、なぜこんな手法を採ったのか? それは預託法をかいくぐるためではないか? また、トケマッチの事業がスタートした2021年1月はちょうど高級腕時計の中古市場のバブルが世界的に盛り上がり、ピークを迎えつつあった頃だ。

 これはあくまで筆者の私見だが、腕時計を預託したオーナーへの報酬を中古時計市場価格ベースで計算しているところを考えると、当初から横領し、中古時計市場に不正に転売することを目論んでいたのではないか?

 現時点(2024年3月7日報道時点)でオーナーに返却されていない腕時計は860本を超え、被害額は推定で約18億円相当とも報道されている。すでに中古時計市場への転売もいくつか確認されているのでトケマッチ運営会社の「業務上横領罪」、そして駆け込みでの預託キャンペーンも含めて事業全体が詐欺罪に該当するという弁護士の解説もある。

 そして2024年3月6日、トケマッチの運営会社であるネオリバース元代表の小湊敬済こと福原敬済容疑者に逮捕状が出され、指名手配されたというニュースが飛び込んできた。元代表はトケマッチのサービス終了を発表した当日、中東UAEのドバイに向けて出国したため、警視庁は今後、ICPOを通じて国際指名手配する方針だという。

 同容疑者には現時点で44本の腕時計、約1億円の腕時計を横領したという容疑がかけられていると報道されている。この情報から推察すると、おそらく被害本数、被害額はさらに膨らむだろう。

 一部の中古時計買い取り販売業者の中には、トケマッチから転売された腕時計をオーナーに返却することを表明している良心的なところもある。だが、欧米の警察関係者は「窃盗や詐取した高級腕時計を流通させて儲ける国際的なシンジケートの存在」を認め、その対策が必要だと警告している。そうしたシンジケートに流れてしまった腕時計は、もはや取り戻すことは困難だろう。

 次回のこのコラムでは、そんな「国境を越えた高級時計の窃盗や不正な取引」についての対策について紹介する予定だ。


時計の貸し借りを仲介する「トケマッチ」、じわじわ広がる破綻の影響

https://www.webchronos.net/features/109522/
“腕時計シェアリング事業”「トケマッチ」。その正体とは?

https://www.webchronos.net/features/109917/