2020年新作の特筆すべきベーシックウォッチ3つを比較する/ポルトギーゼ vs マスター・コントロール vs 60周年GS Vol.1

FEATUREその他
2020.12.22

どのモデルもケースは上質である

 70万円台から100万円台に位置するIWC、ジャガー・ルクルト、そしてグランドセイコーの3本は、当然ながら外装も良くできている。それ以下の価格帯との違いは、ケースの鏡面の歪みが小さく、筋目が均一になり、ケースのエッジが立っていること。加えて言うと、ケースの筋目を拡大しても「ス」が見当たらないのが、優れたケースの条件となる。

 際だってケースが凝っているのは、グランドセイコーの60周年記念モデルである。全面にお家芸のザラツ研磨を施した本作は、今までのグランドセイコー以上に立体的な造型を持つ。整った面と、切り立ったエッジの両立は、グランドセイコーの美点だろう。また、意外にラグが短いため、時計の全長はさほど長くない。細腕の人でも腕からはみ出さずに使えるだろう。時計全体の重量はかなりあるが、ヘッドとブレスレットの重さが近く、重心が低いため腕なじみは良い。

 このモデルはブレスレットの出来も優れる。スイスメーカーのブレスレットに比べると左右の遊びは大きいが、ガタとは異なる。一般的に、遊びを持たせたブレスレットはガタが出やすく伸びやすいとされているが、グランドセイコーのブレスレットは、ピンにコマを打ち付けた後、焼結してガタが出ないようにしている。上下方向だけでなく、左右方向に100kgの負荷をかけても切れないブレスレットは、グランドセイコーの大きな美点だ。

グランドセイコー

 コマをガチガチに固めたブレスレットを好む人は多いが、長時間使うと疲れるし、ガタが出やすくなる。筆者はかつて、グランドセイコーの「ゆるい」ブレスレットを好まなかったが、さまざまなモデルを見た今となっては、よく考えられたものだと思うようになった。ただし、筆者の好みを言うと、ロレックス並みとは言わないまでも、ケースと弓管のクリアランスは詰められるし、可能であれば、バックルにエクステンションは加えるべきだろう。

 自社製のケースを持つIWCも、ケースの出来はかなり良い。筋目にはスが入っていないし、鏡面の歪みもやはり小さい。深い筋目はパイロットウォッチ風だが、高級機らしく表情はわずかに異なる。また、内側を軽くえぐったコンケーブベゼルは、このモデルに高級機らしい立体感を添えている。今や懐かしいディテールとなったコンケーブベゼル。しかし、20年の新しいカルティエ「パシャ」や本作が示すとおり、高級時計のディテールとしては今なおかなり有用である。

 唯一惜しいのは、ラグの内側が丸く処理されていること。研削を加えれば、内側を深く切り込めるだろうが、IWCは現在、外装加工の部門に研削の機械を持っていない。ラグの内側が切り込んでいれば、この時計はもっと締まった見た目を持てたのではないか。

ポルトギーゼ・オートマティック40

 意外にも外装が良かったのはマスター・コントロール・デイトである。10年代の半ば以降、ジャガー・ルクルトは外装を改善してきた。本作も例外ではなく、17年の旧マスター・コントロールは、パッケージングはさておき、ケースの完成度は明らかに高かった。20年の新作はさらにディテールが詰まっており、ケースは弱い筋目や、いっそう歪みのない面を持っている。とりわけ、現行品としては珍しい「ソフト」な筋目は、グランドセイコーやIWCとは明らかに違う個性だ。おそらく、強い筋目は復古調を強調したデザインにはそぐわない、という判断なのだろう。


文字盤に見る3社の個性

 ケース以上に個性が表れているのが、文字盤と針である。おなじみのデザインを踏襲するのは、IWCの「ポルトギーゼ・オートマティック40」。エンボス風に見えるインデックスはすべて別部品のアプライドのため、高さがあり視認性は悪くない。また、文字盤のツヤの落とし方は年々上手くなっている。以前は強い光源にさらすと文字盤全体が白濁したが、文字盤の表面に吹くクリアのコントロールが上手くなったためか、現在は光り方が抑えられた。実用時計的ではあるが、質感と視認性を両立した良い文字盤である。

 プレスで打ち抜かれた針も、現行品としては珍しく立体感を持っている。かつてのポルトギーゼが採用したユニベルソ製ほど立体的ではないが、よほどのマニア以外は納得するのではないか。ポルトギーゼの青針が青焼きでなくメッキであることを残念がる愛好家は少なくないが、実用時計と考えれば、あえて青焼きでないのは正解だろう。磁気帯びしやすい青焼きの時分針は、タフに使われる実用時計には向かない(秒針の場合問題はほぼない)と筆者は考える。

 なお極めてIWCらしいディテールが、針と文字盤の間に差し込まれたリングである。針と同色のリングが、文字盤の穴と針とのクリアランスを埋めることで、ポルトギーゼは高い針高を感じさせない。

ポルトギーゼ・オートマティック40

 年々独自性を増しているのが、グランドセイコーの文字盤である。厚くラッカーを吹き、その上にさらに厚くクリアを重ねる手法は、今やグランドセイコーの文字盤に独特の深みをもたらすようになった。ちなみに、グランドセイコーのスプリングドライブとクォーツの文字盤はセイコーエプソン製。対してメカニカルの文字盤は昭工舎製である。

 手法は違うと想像できるが、ラッカーとクリアを厚く重ねるというアプローチは同じだ。本作の文字盤は完成度が非常に高いため、強いてコメントする必要はないだろう。多面ダイヤモンドカットを施した針も、やはり大変に完成度が高いものだ。デザインの好みは分かれるが、コストのかかった、見栄えの良い針と文字盤である。

 赤い秒針の好みは分かれるだろうが、色乗りは良好である。ちなみに針に施した赤い塗装は、そのメーカーの力量を示すポイントだ。むらなく均一に塗れていることに加えて、側面まできちんと色が回っていること(あるいは完全に回っていないこと)、そして発色が鮮やかであれば、そのメーカーはプロダクトをきちんとコントロールできている、と判断できる。本作の秒針はその好例だ。

 グランドセイコーのドーム状サファイアクリスタルも非常に出来が良い。普通、サファイアクリスタル風防を立体的にすると視認性は悪化する。対してグランドセイコーは、風防の角をあえて立たせ、上面と内側をフラットに磨くことで、立体感と視認性を両立してみせた。アンティーク風に仕上げるなら肩を落とし、あえて上面と裏面を丸く磨くが、グランドセイコーはモダンなデザインに相応しい処理を与えた。ドーム風防にもかかわらず、このモデルがレトロ風に見えない一因である。

 新しいマスター・コントロール・デイトは、明らかに文字盤が良くなった。銀メッキを施した下地は従来に同じだが、日付窓の周囲を額縁状に処理することで、往年のモデルを思わせる高級感を取り戻した。10年頃のマスター・コントロールが額縁状の処理を省いたことを考えれば大きな改善である。また、ボンベ文字盤にもかかわらず、文字盤の外周と見返しの噛み合わせも精密だ。

 個人的に惹かれたのは、現行品としては珍しく小ぶりなロゴだ。小さなロゴは、いっそう復古調になった新しいマスター・コントロール・デイトのデザインに似合っている。ただし、マスター・コントロールシリーズの中で、このモデルのみ、アラビアインデックスにダイヤモンドカット処理を施していない。あえて省いたと推測できるが、他モデルと整合性を取るため、ダイヤモンドカットは加えた方が良さそうだ。なお、10年以降のジャガー・ルクルトはお世辞にも良い針を使っているとは言えなかったが、現在は大きく改善された。

Vol.2へ続く


編集長ヒロタ驚喜! 2020年の新作「ポルトギーゼ・オートマティック40」にIWCの底力を見る

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中身刷新!2020年の新作、ジャガー・ルクルト「マスター・コントロール・デイト」

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2020年発表のグランドセイコー限定モデルをまとめて紹介

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