操作系から見る時計のコンセプトと進化 ボタン編

FEATUREその他
2021.12.15

操作しにくい操作系の重要性

 クロノグラフのプッシャーは積極的に操作するための操作系のため、扱いやすさが評価ポイントのひとつとなっている。一方、操作性をあえて落としている操作系も存在する。

 時計の機能の中には、パーペチュアルカレンダーやムーンフェイズのような、時計を稼働状態に保っていれば操作頻度が低い機能も多い。機械式時計の場合、IWC「ダ・ヴィンチ」のようなパーペチュアルカレンダーをリュウズひとつで操作できる例外を除き、機能が多いほど多くの操作系が必要となるため、複雑時計の中には滅多に操作しない操作系を備えるものも存在する。

 操作頻度が低い機能ならば操作性をあえて落として誤操作を回避する設計も合理的であると言える。また、操作できるが目立たないように配置してやればデザインの自由度が高まって、一見するとシンプルなモデルに仕立てることもできる。

 A.ランゲ&ゾーネ「ランゲマティック・パーペチュアル」は、12時位置にアウトサイズデイト、3時位置に月とリープイヤー表示、6時位置にスモールセコンドと高精度ムーンフェイズ、9時位置に曜日とデイ・ナイト表示を備えるコンプリケーションである。

ランゲマティック・パーペチュアル

A.ランゲ&ゾーネ「ランゲマティック・パーペチュアル」
機械式腕時計として初めてアウトサイズデイトと永久カレンダーを同時に搭載し、2001年に登場した「ランゲマティック・パーペチュアル」の誕生20周年を記念したモデル。18KWGケースモデリュウズ近傍にメイン調整プッシャーが配置される。自動巻き(Cal.L922.1)。43石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約46時間。18KWG(直径38.5mm、厚さ10.2mm)。3気圧防水。世界限定50本。1098万9000円(税込み)。

 小の月や閏年がプログラミングされたパーペチュアルカレンダーを備える時計を継続して稼働させれば、理論上はカレンダー調整をほとんど必要としない。よって、操作頻度は低く、意図しない操作が起きるぐらいなら操作系はない方が好ましい。しかし、実運用上は巻き上げ不足で時計が止まってしまうことがあり、それぞれの調整が必要になることが想定されるので操作系を外すことはできない。

 このような場合に、指では操作できない適切な細い棒状のツールで操作するプッシャーが採用されることが多い。例示したランゲマティック・パーペチュアルでは、リュウズ近傍と8時、9時、10時位置に個別調整用のプッシャーが配置されている。このプッシャーの形式は、これ以外にも採用事例が多いものだ。

Cal.L922.1

8時、9時、10時位置に個別に調整可能なプッシャーが配置される。

 これらの“操作しにくい操作系”は、ユーザーの利便性のために用意されているが、作り手の立場からは“頻繁に操作することを想定していない操作系”であると考えることができる。


多機能化に必要であった電気接点を用いたスイッチ

 ここまでは機械式時計における操作系を取り上げてきた。次は、クォーツ式時計を中心に採用される電気接点を用いたスイッチに着目してみよう。

 G-SHOCK「GM-6900」の例では、動作モードの切り替えや、各種調整時の時分秒、デイデイトの切り替えがひとつのスイッチに割り当てられている。機械式では、ひとつのスイッチにこれほど多彩な機能を与えることは難しいが、電気接点ならば得られた信号をソフトウェアのその時の処理に応じて意図を読み替えることが簡単に可能である。また、信号の読み取り方の工夫によって“長押し”の判定も可能となっている。これは、時計の操作において大きなメリットであり、不用意な操作の防止や更なる多彩な操作に一役買っている。

GM-6900B

(左)G-SHOCK「GM-6900B-4JF」
クォーツ。樹脂×SS(直径49.7mm、厚さ18.6mm)。20気圧防水。2万8600円(税込み)。
(右)G-SHOCK「GM-6900G-9JF」
クォーツ。樹脂×SS(直径49.7mm、厚さ18.6mm)。20気圧防水。2万8600円(税込み)。
(下)G-SHOCK「GM-6900-1JF」
クォーツ。樹脂×SS(直径49.7mm、厚さ18.6mm)。20気圧防水。2万5300円(税込み)。
2万5300円。

 また、電子式であるので配置の自由度も増す。6時位置に配置されたアイコニックな「G」のライト点灯ボタンがその例だ。機械式時計であれば、この位置にボタンを配するのは骨が折れそうだ。クォーツウォッチならではの電気接点によるスイッチを、そのモデルやシリーズのアイコンとしている点は、操作系の観点から見れば非常に興味深い。

 さて、デジタルウォッチ黎明期について少し考えてみよう。デジタルウォッチ黎明期の単純なロジック回路や性能の低いマイコンに合わせて、それらが制御しやすい液晶画面と、構造が単純で得られる信号も扱いやすい電気接点によるスイッチを採用するのは技術的に考えて当たり前である。

 液晶表示は簡単に任意の数字を表示できる他、アルファベットも表示可能であることから、多機能化する上で良い土壌となった。先に述べたように、電気接点式のスイッチもまた、多機能化する上で都合のよい入力装置であると言える。この観点から、図らずも液晶表示と電気接点式のスイッチの組み合わせが生まれたことは、時計多機能化の観点で非常に大きな変化点であったと言えるのではないだろうか?


スマートウォッチは操作の上でも革新的

 操作系の観点から見てもスマートウォッチの登場は革新的である。Apple Watchをはじめとしたスマートウォッチは、表示のための文字盤全体が操作のためのタッチパネルとなっている。また、選択のためのタッチだけではなく、スワイプによる送りや長押しなど直感的な操作を実現している。

Apple Watch Series 7

Apple Watch Series 7
45mmモデル:SS(縦45×横38mm、厚さ10.7mm)。重さ51.5g(時計部分のみ)。50m防水。GPS+セルラーモデルは8万8800円(税込み)~。41mmモデル:SS(縦41×横35mm、厚さ10.7mm)。重さ42.3g(時計部分のみ)。GPS+セルラーモデルは8万2800円(税込み)~。

 さらに、Apple Watchの場合はヘッドのどちら側を12時方向とするかをソフトウェアによって定義できる。これにより、ユーザーが上下を任意に設定して「デジタルクラウン」と名付けられたリュウズ型のスイッチを2時位置と7時位置のどちらに配置するか選択可能である。ユーザーの使い方やクセに合わせて操作系を選ぶことができるのは、従来の腕時計と比較した際の重要な進化点である。

 加えてこのデジタルクラウンは、回転によるスクロールと押し込みによる決定ができる他、心電図測定のための電器心拍センサーを兼ねる。これらから、Apple Watchは最も多彩な操作系を持つ腕時計であると評価することもできるだろう。

 Apple Watchは、特定の用途やユーザーに特化するのではなく、より多機能に、より多くの人に受け入れられるべく進化を続けている腕時計である。より多彩な入力を許容する懐の深い操作系はApple Watchのコンセプトを色濃く表しており、それが今日の大きなシェアの一端を担っていると考えることもできる。


最後に

 今回は、2回にわたってさまざまな操作系について考察を行った。ここまで見てきたように、操作系はさまざまな意図や要望を反映して工夫が加えられてきた。そのため、操作系はその腕時計のコンセプトと深いつながりがあることが分かるだろう。

 気になる新作の登場時や、お目当てのモデルのモデルチェンジでささやかなリュウズの形状変更がであった際には、その設計意図について思いを巡らせてみてほしい。そのような考察は時計選びをさらに楽しいものとする。

 また操作系とは、それ通してユーザーがムーブメントの機構やソフトウェアに直接に作用させることができる数少ない要素である。そこには作り手の思いが込められているはずだ。何気なく触れていたリュウズやプッシャーにもう一度注目してみるのも面白いだろう。所有モデルをより深く味わえるはずだ。


操作系から見る時計のコンセプトと進化 リュウズ編

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