A.ランゲ&ゾーネ/1815

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.09.19

汎用設計ムーブメントによる
〝ベーシックの構築〟とデザインの変遷

A.ランゲ&ゾーネのベーシックモデルとしてリリースされた1815。しかしこのモデルは、やがて複数のバリエーションを持つ一大コレクションへと変貌を遂げた。短期間での拡張を可能にしたのが、汎用設計のムーブメントである。優れた設計を転用するという観点から、1815の歩みを見ていくことにしよう。

ラインハルト・マイスが1995年3月2日に描いた1815のデザインスケッチ。ベルト幅のバリエーションと、丸い手巻きムーブメントに注目。1815以降、A.ランゲ&ゾーネは裏蓋をトランスパレントに改めた。なお、図版はすべてマイスの著作「A.Lange & Söhne:Great Timepieces From Saxony」(2011年)より。

 ギュンター・ブリュームラインの右腕として、A.ランゲ&ゾーネの復興に携わったのが、時計史家であり、プロダクトデザイナーでもあったラインハルト・マイスである。彼のスケッチを追いかけていくと、A.ランゲ&ゾーネのデザイン作業が始まったのは1991年10月、そしていわゆる「ランゲデザイン」が固まったのは、翌年秋であった。ラグとケースサイドを描いた92年9月のマイスによるスケッチは、ベゼルの形状以外、現行のデザインとほぼ同様だ。それをブリュームラインは、新生A.ランゲ&ゾーネのアイコンとして大々的に採用した。

 その一方で、マイスは搭載するべきムーブメントに関するスケッチをほとんど残していない。普通はムーブメントの開発が先にあって、後にデザインがくる。そのためムーブメントのスケッチは残っているはずだ。しかし、ごく初期の資料を読む限り、ムーブメントに関するものはほぼ見当たらない。つまりブリュームラインとマイスは、A.ランゲ&ゾーネの復興に際して、さほど中身を重視していなかったと推測できる。

Original Design

1815[Ref.206.032]
1995年初出。94年の「トゥールビヨン“プール・ル・メリット”」のデザインを転用した3針モデルである。高級機としては珍しいアラビックインデックスに、差別化を図るA.ランゲ&ゾーネの意図が見え隠れする。手巻き(Cal.L941.1)。18KPG(直径35.6mm)。30m防水。参考商品。

Current Design

1815[Ref.233.032]
2009年初出。新規設計のCal.L051.1を搭載するモデル。ムーブメントの刷新により、動態精度は大きく向上した。それにともない直径は40mmに拡大。しかし基本的なデザインは、ほぼ不変である。手巻き。18KPG(直径40mm)。30m防水。237万円。

 その最大の理由は、92年にジャガー・ルクルト(以下JLC)が発表した、角型手巻きのキャリバー822の設計を転用するつもりだったからではないか。おそらくブリュームラインは、A.ランゲ&ゾーネでも共用できるムーブメントの設計を、当時同じLMHグループに属していたJLCに依頼したのだろう。その証左として822は、この時代に新造されたJLCのムーブメントとしては唯一、チラネジ付きのテンプを備えていた。当時としても時代遅れであったチラネジ付きのテンプ。ただし数々の証言が示すように、ブリュームラインは、あえてチラネジ付きのテンプにこだわった。こういう逸話がある。ブリュームラインはあるインタビュアーに、パテック フィリップのジャイロマックスに対してチラネジ付きは古めかしくないか、と問われた。対して彼は「この方が古典的だからいい」と言い切ったのである。A.ランゲ&ゾーネと共用するという前提がなければ、そしてブリュームラインがチラネジを好まなければ、〝原理主義者〟であるJLCの設計者、ロジャー・ギニャールは、822に精度の出しやすいスムーステンプを採用したはずだ。

Original Design

1815 クロノグラフ[Ref.401.026]
2004年初出。ダトグラフのCal.L951.1からデイト表示を省いたムーブメントを搭載。“ドクターズクロノグラフ”という伝統を強調するためか、文字盤にはパルスメーターが記された。手巻き(Cal.L951.0)。18KWG(直径39.5mm)。30m防水。参考商品。

Current Design

1815 クロノグラフ[Ref.402.026]
既存モデルのリデザイン版。ダトグラフに対して、1815系は簡潔さと薄さを打ち出すようになった。6.1mmというムーブメント厚を考えると10.8mmのケースはかなり薄い。手巻き。巻き上げヒゲ。18KWG(直径39.5mm)。30m防水。512万円。

 ともあれ、この822の設計(部品ではない)を転用して生まれたのが「アーケード」と初期の「サクソニア」が載せたL911.4、そしてランゲ1のL901.0であった。もっとも設計の転用は賢明な判断だった。仮に白紙からムーブメントを新造したならば、A.ランゲ&ゾーネは毎年のように新型ムーブメントをリリースできなかっただろうし、それどころか、かつてのロジェ・デュブイのように、作ったムーブメントの初期不良に悩まされたのではないか。

 余談になるが、輪列(A.ランゲ&ゾーネでは〝モジュール〟と称する)の転用に活路を見出したブリュームラインは、この手法を後に彼が参画するリシュモン グループでも採用した。現在、リシュモン グループのムーブメントメーカーであるヴァル フルリエは、輪列の転用により、さまざまなメーカー向けに「自社製ムーブメント」を製造している。A.ランゲ&ゾーネで培われたノウハウは、やがてリシュモン グループに大きな影響を与えたのである。

Original Design

1815 アップ・アンド・ダウン[Ref.221.021]
1997年初出。オフセットした秒針とパワーリザーブ表示を備えたモデル。ムーブメントがわずかに厚くなった結果、ケース厚も7.5mmから7.9mmに増した。ただし直径は同じである。手巻き(Cal.L941.1)。18KYG(直径35.6mm)。30m防水。参考商品。

Current Design

1815 アップ/ダウン[Ref.234.032]
2013年初出。Cal.L051.2にパワーリザーブを追加したモデル。旧作に比べてパワーリザーブ機構の取り回しに無理がないため、表示精度はさらに向上した。また駆動時間は72時間に延長された。手巻き。18KPG(直径39mm)。30m防水。274万円。

 ともあれ信頼性の高い設計を転用するという手法は、復興したばかりのA.ランゲ&ゾーネに大きな可能性を与えた。そしてそのメリットを最大限に生かしたのが、95年発表の「1815」であったと言えそうだ。これはA.ランゲ&ゾーネ初のシンプルな3針時計であったが、それ故に、さまざまな拡張性が期待できた。

Cal.L911.4
1994年初出。アーケードが搭載したレクタンギュラームーブメント。基本設計はJLC822に依るが、仕上げはまったく別物。手巻き(縦25.6×横17.6mm)。30石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。派生モデルにスモールセコンドなしのL911.2がある。

Cal.L931.1
1997年初出。L911.4の形状を改めたムーブメント。L091やL911同様、ロジャー・ギニャールの設計したアウトサイズデイト機構を備える。基本スペックはL911系に同じ。なお派生版として、L931.4(07年)と、スモールセコンドなしのL931.2(02年)が存在する。

 1815のデザインを担当したのは、やはりラインハルト・マイスである。彼が95年3月に起こした初期のスケッチを見ると、デザインはアウトサイズデイトを省いたサクソニア、そして複雑機構をのぞいたトゥールビヨン〝プール・ル・メリット〟であることが分かる。まずマイスは新しいコレクションに、注意深く既存モデルとの連続性を与えようとしたわけだ。もっともこの1815は、既存モデルのエクステンションと見なすには惜しい魅力を備えていた。トランスパレントバックである。

Cal.L941.1
1995年初出。L911系、L931系の輪列をそのまま生かして、ラウンドに仕立て直したムーブメントである。そのため丸穴車が、かなりムーブメントの奥に置かれている。手巻き(直径25.6mm、厚さ3.2mm)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約45時間。

Cal.L942.1
1997年初出。香箱とテンプの間に遊星歯車式のパワーリザーブ表示機構を埋め込んだムーブメント。文字盤には48時間分のパワーリザーブが記されているが、正味の駆動時間はL941.1に同じく、約45時間である。そのほかの基本スペックもL941.1に同様である。

 94年から95年にかけてリリースされたA.ランゲ&ゾーネの時計は、トゥールビヨン〝プール・ル・メリット〟を例外として、すべてソリッドバックの裏蓋を備えていた。理由はおそらく、サクソニアが載せていた、レクタンギュラーのL911を隠すためだろう。そしてこのモデルのみをソリッドバックに改めるのは不自然、という理由で、ブリュームラインはすべてをソリッドバックに改めたのではないか。もっともそれは、彼らにとっては不本意だったはずだ。事実、マイスによる1815のデザイン案を見ると、ケースに収まるムーブメントはレクタンギュラーではなくラウンドに変更され、その結果、裏蓋はトランスパレントに改められた。

Cal.L051.1
2007年初出。直径30.6mmというサイズに、巨大なテンワとフリースプラング、巻き上げヒゲゼンマイなどの機構を盛り込んだムーブメント。現行の手巻きとしては最良作のひとつ。手巻き(直径30.6×厚さ4.6mm)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約55時間。

Cal.L051.2
L051.1にパワーリザーブ表示を加えたムーブメント。表示精度が向上したほか、ヒゲゼンマイが自社製に置き換わり、香箱の変更により駆動時間も72時間に延長された。手巻き(直径30.6×厚さ4.6mm)。29石。2万1600振動/時。フリースプラング。

 ではどうやって、縦長のL911系を、丸いL941系に改造したのか。A.ランゲ&ゾーネは、L911の地板と受けを丸く成形するという〝禁じ手〟で、レクタンギュラーのムーブメントを、直径25.6ミリの手巻き3針ムーブメントに仕立て直してしまったのである。後にブリュームラインは、「タイムゾーン」のインタビューに対しこう語っている。「私たちは顧客の目から見て、最良の見た目を持つ時計を作ろうと努めている。たとえそれがコストを抑えた製品であってもだ」。ただし当時のA.ランゲ&ゾーネには、これ以外の解決策はなかっただろう。加えてレクタンギュラーを仕立て直すという大胆な解決策は、1815がバリエーションを増やしていくうえで決定的な意味を持つことになる。

オットー・ランゲが1940年に開発した、遊星歯車式のパワーリザーブ表示(ドイツ特許番号732162)の改良版が、L942.1のパワーリザーブ表示である。極度にコンパクトなその設計は、以降他メーカーも多く模倣した。

 レクタンギュラームーブメントは、ラウンドムーブメントに比べて、縦に長く、横に狭い。A.ランゲ&ゾーネはその縦に長いムーブメントを丸い4分の3プレートで覆うことで、細く見えないような配慮を加えた。しかしそれでもスペースは余る。そこでA.ランゲ&ゾーネの技術陣は、余白にさまざまな機構を押し込んでみせた。

1815 ムーンフェイズ[Ref.231.032]
1999年初出。8時位置に1054年に1日の誤差しか生じないムーンフェイズを加えたモデル。搭載するのはCal.L943.1。ただし2010年の同モデルでは、巻き上げヒゲゼンマイとフリースプラングを持つL943.2に刷新された。26石。その他のスペックは1815に同じ。18KPGとPtあわせて世界限定400本。参考商品。

 ひとつが「1815アップ/ダウン」が載せたパワーリザーブ表示、もうひとつが「1815 ムーンフェイズ」が載せた月齢表示である。いずれの機構も、厚みを変えずにビルトインできたのは、そもそもL941系に大きな余白があったためである。ブリュームラインも偶然にもたらされたL941系の拡張性が気に入っていたようで、「Uhren Austria」誌には、こう発言している。

「1815のパワーリザーブは8時位置にある。そのために100の追加部品を必要としたが、ムーブメントの厚みは増えていない」(実際には0.5ミリ増えているが……)。この点は、1054年に1日しか誤差を生じない、極めて精密な月齢表示機構にも共通する。

 後にA.ランゲ&ゾーネは、あらかじめ拡張性を考慮してムーブメントを設計するようになるが、その始まりが、偶然にも余白の生じたL941系にあったことは間違いない。

 もっとも、直径25.6ミリ(11.5リーニュ)という小さなL941系では、それ以上の付加機能を載せるにも、精度を向上させるにも限界があった。そこでA.ランゲ&ゾーネの技術陣は、後に1815用のまったく新しいムーブメントを完成させた。それが2009年に発表された、直径30ミリのL051系である。振動数こそ2万1600振動/時とL941系に同じだが、テンワの慣性モーメントは16㎎・㎠に増え、緩急装置も等時性の高いフリースプラングに改められた。加えてL051.2ではヒゲゼンマイが自社製になり、駆動時間も延びた結果、動態精度はいっそう改善された。

1815 ラトラパント・パーペチュアルカレンダー[Ref.421.032]
L051系にスプリットセコンドと永久カレンダーを加えたL101.1搭載機。ただし香箱を小径に変えたためパワーリザーブは減少している。手巻き。43石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。フリースプラング。18KPG(直径41.9mm)。30m防水。2140万円。

1815 オートマティック[Ref.303.032]
Cal.822から生まれた、偏心ローター自動巻きのL921系。これを搭載したのが本作である。6時位置にゼロリセット機構「サクソマット」を備える。自動巻き(Cal.L921.2)。36石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約46時間。18KPG(直径37mm)。30m防水。参考商品。
1996年8月から98年3月にかけて起こされた「1815 ムーンフェイズ」のスケッチ。当初は12時位置に置く予定であったことが分かる。4番車から動力を取ることで、このムーンフェイズは非常に正確な表示を可能にした。