【80点】ジン/158

FEATUREスペックテスト
2020.09.19

158

 ジン特殊時計会社が警察やドイツ連邦軍の特殊部隊に時計を供給していることはよく知られている。ミッションタイマー「EZM1」は、1997年に関税局中央支援グループの特殊部隊(Zentrale Unterstützungsgruppe Zoll:ZUZ)のために設計された時計である。ダイバーズウォッチ「403.EZM2.GSG9」はその名の通り、GSG9(ドイツ連邦警察対テロ特殊部隊)のために開発され、ドイツ連邦海軍の特殊部隊でも使用された。また、212.KSKはドイツ連邦軍特殊部隊KSKの要件を満たす時計である。

 とはいえ、それよりも以前からすでに連邦軍とジンの間に接点があったことを知る時計愛好家は少ない。80年代から90年代初頭にかけて、創業者のヘルムート・ジンは、軍の装備品としては不合格になったホイヤー「1550SG」のドイツ連邦軍パイロットクロノグラフを連邦軍のストック品から買い付けていた。ヘルムート・ジンはこれらの時計を再調整した上で、文字盤にジンのロゴを追加して「155 Bw」、別名「ホイヤー/ジン ドイツ連邦軍パイロットクロノグラフ」という名称で販売した。

155 Bw

1980年代に生産されたオリジナルモデル、155 Bwは、ドイツ連邦軍の要件に準じたホイヤー「1550 SG」をベースとしていた。ドイツ連邦空軍の資材調達局が規定した精度は日差±10秒/日未満だが、ジンの158はこの規定を余裕でクリアする。

 500本限定生産の「158」は、ジンが155 Bwへのオマージュとして世に送り出す時計である。新作の158では、数多くのデザイン的要素がオリジナルから受け継がれているが、ディテールには若干の変更が加えられている。オリジナルモデルを知っているユーザーであれば、158が連邦軍パイロットクロノグラフと酷似していることにすぐ気付くだろう。ケースはほとんどオリジナルモデルと変わらない。プッシャーのフォルム、操作性向上のためにケースから少し突出したロゴの入っていないリュウズ、そして分目盛りとタイポグラフィの数字を備えた、黒いアルマイト加工を施したアルミニウム製の両方向回転式ブラックベゼルは特筆すべきである。このように、細部にまで払われたオリジナルへの敬意は、回転ベゼルの縁に付けられた刻みや、ラグの形、また、今日では珍しい4本のビスで留められた裏蓋の構造にまで観察することができる。さらにサンドブラストによるマット仕上げのケース表面、43mmの直径、クローズドバックの裏蓋、ドーム型のアクリル製風防といったディテールも、オリジナルの155を踏襲している。

 しかし、文字盤はオリジナルモデルとは若干異なる。9時位置にスモールセコンド、3時位置に30分積算計を搭載したバイコンパックスのレイアウトで、アワーインデックスがアラビア数字のタイポグラフィになっているのはオリジナルモデルに依拠するが、いくつかのディテールには修正が加えられている。クロノグラフ針は赤で強調された上で、すべての針の形がモダンになり、6時位置には日付が追加された。5分ごとにアラビア数字インデックスの付いたトラックは、新作ではムーブメントの毎秒8振動(=4ヘルツ)という振動数に合わせて、1秒のスケールが細分化され、4分割された。これらのディテールは調和が取れており、統一感のあるカラーコードにもジンらしさが表れている。また、デザインによって卓越した視認性が阻害されることもほとんどない。視認性こそ、ドイツ連邦軍パイロットクロノグラフとして最も重視される要件なのである。

158

ビスで留められる裏蓋を備えたケースの内部では「プレミアム」グレードのセリタ製ムーブメントSW 510が時を刻む(編注:実際にムーブメントを写真の状態で収めるには、ドーム型裏蓋を外した後、巻き真を抜いてムーブメントを裏蓋から取り出さなければならない)。158は裏蓋を固定する4つのネジを外すと、ドーム型裏蓋と一体化したムーブメントホルダーがムーブメントごと取り出せる。容易にケース交換が可能な構造は、158がミリタリーウォッチの直系であることを思わせる。

 操作が容易であることも、連邦軍の時計で重視される点である。クロノグラフ作動時に、スタート用プッシャーを押すのにやや力が必要だが、これは搭載されるSW510でよく見られる現象である。ここでは、オリジナルを踏襲した面の小さなプッシャーがあまり助けにならないようだ。薄いながらも径の大きなリュウズはオリジナルモデルと同様、特徴的な間隔でケースから突出しているが、新作のリュウズの方が回すのも引き出すのも容易で、操作性が向上している。秒針を止めるストップセコンド機能が搭載されていることから、時刻合わせも正確に行うことができる。また、両方向回転式パイロットベゼルも、回し心地がなめらかで、しかも、ベゼルが不用意にずれることがないため、正確に分針の経過時間を読み取ることができる。

 ドイツ連邦軍の定める3つ目の重要な要件は堅牢性である。一見、華奢に見える操作部に危惧するユーザーもいるかもしれない。しかし、長いプッシャーと突き出たリュウズはケースにしっかりとはまり込んでおり、どちらもガイド部に無駄な遊びがなく、操作してみると逆に極めて頑丈なことに気付く。158ではベゼルが不意の衝撃でも外れることがないよう、ネジで下部のリングに固定するベゼルの特殊結合方式が採用されていない。しかし、フラットなベゼルはケースから隆起していないので、ユーザーがどこかに引っ掛けて回転ベゼルが破断する心配はほぼない。アクリル製風防にはサファイアクリスタル製ほどの耐傷性はないが、オリジナルモデルに忠実で、傷がついても割れて飛び散ることはない。10気圧の防水性能もパイロットウォッチとしては十分である。

158

158はドーム型裏蓋の恩恵により、ケースサイドから見るとミドルケースは薄く見える。

 この時計はDIN8310に準拠した防水性能を備えながら、ケース厚が抑えられている。手巻きムーブメントを搭載したオリジナルモデルの13mmには及ばないが、自動巻きムーブメントを搭載していながら厚さは15.15mmに留まっている。ベゼルは外周に向かってテーパーがかかっているので、持った時に角が当たって不快感が生じることもない。ドーム型裏蓋と溝の付いたミドルケースも、このクロノグラフをスリムに見せるのに貢献している。

 オリジナルモデルのホイヤー/ジンドイツ連邦軍パイロットクロノグラフでは主に、コラムホイールとフライバック機能を備えた手巻きムーブメント、バルジュー230が搭載されていた。しかし今回の158では、前述のようにセリタ製の自動巻きムーブメント、キャリバーSW510が採用されている。この158に搭載されているSW510は、同じ対称分割のトリコンパックスクロノグラフムーブメントであるETA7753では成し遂げられていない機能を持っている。つまり、リュウズによる日付早送り機能である。ETA7753では10時位置に日付修正用のコレクターを別途配する必要があるのだ。これはケースにもうひとつ開口部を設けなければならないことを意味する。この点、セリタが提供するSW510の方がエレガントで賢いと言えるだろう。

158

赤い飾りステッチの施されたレザーストラップはこの時計によく似合う。合わせられるバックルはツク棒のみのシンプルなものだ。

 SW510はまた、カム式のクロノグラフ制御方式と片方向巻き上げ式の自動巻きローターを備えた堅牢な設計を踏襲している。敏感なユーザーにとっては、空回り時のローター音が気になるかもしれない。約48時間のパワーリザーブはETA7753と同等である。ジンは158で、グリュシデュール製テンワ、装飾、青焼きネジを使用した「プレミアム」グレードのムーブメントを採用している。オリジナルモデルに忠実なクローズドバックのため、機構内部は見ることができないが、この時計のコンセプトで重視されているのが機能性であることを考慮すれば、トランスパレントバックでないこともそれほど大きな痛手ではないだろう。

 ドイツ連邦空軍の資材調達局は、ドイツ連邦軍パイロットクロノグラフのための技術マニュアルで、クロノグラフ作動時の日差を±10秒/日未満と規定している。ウィッチ製電子歩度測定器によるテストでは、158は余裕でこの規定をクリアした。クロノグラフ停止時は平均プラス1秒/日未満と非常に秀でており、クロノグラフ作動時もマイナス4.3秒/日と許容範囲内だった。ただ、最大姿勢差がクロノグラフ停止時で10秒、クロノグラフ作動時で12秒という結果は、クロノスドイツ版編集部の厳しい評価基準に照らし合わせるとややマイナスポイントになってしまう。

 ドイツ連邦軍においてオリジナルの1550 SGは、純粋に機能ツールであり、正真正銘、ツールウォッチとして投入されていた。そのため、耐久性に影響を及ぼさない限り、細やかな装飾は最重要要件ではない。もちろん、一般ユーザー向けの時計の場合は状況が異なる。ジンがケースや文字盤、針の仕上げに細心の注意を払ったのはうれしい限りである。赤い飾りステッチが施されたレザーストラップも全体の外観によくなじむ。カーブのあるツク棒のみのシンプルな尾錠は、ストラップとバックルがかつては消耗品だったことを想起させる。

 価格はどうだろうか。158が500本限定生産であるにもかかわらず43万円というのは、妥当な価格設定と言えるだろう。機能だけを重視するなら、103といったより安価なモデルもある。だが、この時計の持つエキサイティングな歴史と素晴らしいデザインに共感するなら、今こそ〝へそくり〞を切り崩し、158を手首で稼働させる価値は十分ある。