【89点】ゼニス/パイロット ビッグデイト フライバック

2023.12.01

ゼニス

ゼニスというブランドと有名なクロノグラフムーブメント、エル・プリメロを結びつけて想起する人は多いだろう。スイスのウォッチメーカー、ゼニスは高度な複雑機構も手掛けており、テンプの姿勢差の誤差を補正するジャイロスコープを搭載したモデルもある。LVMHのブランド、ゼニスの誇る「パイロット」には高い人気があり、数多くのモデルにエル・プリメロが搭載されている。


ゼニス/パイロット ビッグデイト フライバック

夜間飛行
レトロな要素と最新の素材を組み合わせることでパイロットウォッチのラインを刷新したゼニス。ビッグデイトとフライバッククロノグラフを備えたブラックセラミックス製の、フラッグシップモデルの実力はいかに?

パイロット ビッグデイト フライバック

イェンス・コッホ:文 Text by Jens Koch
ゼニス:写真 Photographs by Zenith
岡本美枝:翻訳 Translation by Yoshie Okamoto
Edited by Chieko Tsuruoka
[クロノス日本版 2023年11月号掲載記事]

プラスポイント、マイナスポイント

+point
・滑らかな押し心地のクロノグラフプッシャー
・快適な着用感
・精巧なビッグデイト
-point
・高額
・10分の1秒の判読がやや困難

 ゼニスは、1969年に発表された自動巻きクロノグラフムーブメント「エル・プリメロ」と、このムーブメントを搭載した同名のモデルで名高い。しかし、世界最初期の自動巻きクロノグラフムーブメントが登場するよりもずっと以前から、ゼニスが航空黎明期の勇敢なパイロットたちをサポートしていたことはあまり知られていない。

勇敢な先駆者

パイロット ビッグデイト フライバック

コルゲート鋼板を想起させる波型パターンのデザインは、文字盤に独自の個性を与え、タイムレスな印象を演出している。

 1888年、ゼニスはフランス語の「PILOTE」という名称を商標登録し、1904年には英語表記の「PILOT」も商標登録した。今日でも、「PILOT」と文字盤に施せる時計ブランドはゼニスしかない。創業者のジョルジュ・ファーブル= ジャコは、当時新しかった飛行機が世界に革命をもたらすこと、そして、ゼニスが航空分野で重要な役割を果たさなければならないことをいち早く確信していた。09 年に世界で初めて英仏海峡の横断飛行に成功したルイ・ブレリオがゼニスの腕時計を使用していたように、ゼニスはコックピット用の時計や計器、腕に装着するタイプのパイロットウォッチを数多くの先駆者に提供していた。

 途切れることなく配された大きなアワーインデックスや幅の広い針、そして手袋を着けたまま操作できるオニオンリュウズなどが当時のパイロットウォッチにおける典型的な特徴だった。

パイロットクロノグラフ

 60年代になると、ゼニスの「PILOT」のラインにクロノグラフが加わった。当時、ローマの時計店、A.カイレリはゼニスに発注したクロノグラフ「Tipo CP- 2」をイタリア空軍に供給していた。ゼニスの手巻きムーブメント、キャリバー146DPを搭載したこれらの時計は、80年代まで取引されていた。

 その後、ゼニスではパイロットウォッチがあまり重視されない時期が続いた。「PILOT」の文字が再び文字盤上に登場したのは2009年になってからである。特徴的な数字、クラシカルな針、直線的なラグ、オニオンリュウズを備えたレトロなモデルは、ゼニスが手掛けた初代パイロット用腕時計にインスパイアされたものである。

 23年、レトロの時代は終わりを告げ、「パイロット」コレクションのデザインが一新された。現行モデルでは、ブラック文字盤にホワイトの蓄光塗料という色使いや、途切れることなく配されたアワーインデックス、フラットながらもオニオンシェイプを思わせるリュウズを除き、過去の面影はほとんど残っていない。新しい特徴として加わったのは、文字盤表面のテクスチャーである。横方向に施された溝模様は、古い航空機の胴体に使用されていたコルゲート鋼板のようである。

刺激的なデザイン

 コルゲート鋼板を思わせる波型パターンの文字盤と6時位置に配された枠付きのビッグデイトによって、この時計はさらに魅力的になっている。ポリッシュ仕上げの細いメタルフレームで縁取られ、蓄光塗料がたっぷりと塗布されたアプライドインデックスは、この時計にエレガンスを添え、「PILOT」に高級感を与えている。

 デザインは全体的に好感が持てる。タイムレスな上、独自性も十分に備えている。パイロット ビッグデイト フライバックウォッチには合計4種類のモデルがラインナップされており、3針とクロノグラフのそれぞれにステンレススティールモデルとブラックセラミックモデルが用意されている。ステンレススティール製のクロノグラフは、30 分積算計の周囲を彩るカラーリングが1997年に発表されたゼニスの名作「レインボー フライバック」を想起させる配色になっている。

パイロット ビッグデイト フライバック

ブラックセラミックモデルのほか、ステンレススティールモデルもラインナップされている。30分積算計外周の彩りは、1997年にゼニスが発売した「レインボー フライバック」をイメージさせるが、デザインの一新によって過去のモデルとは異なるアイコンに仕上がった。

 個人的には、サンドブラスト仕上げのマットなブラックセラミックス製ケースをまとった、ミニマムな外観のテストウォッチが一番気に入った。クロノスドイツ版編集部にはもちろん、ステンレススティールモデルに軍配を上げるメンバーもいる。ステンレススティールのモデルでは、ケース素材の色味により全体的に活気がもたらされている。サテン仕上げの表面とポリッシュ仕上げのエッジというコンビネーションや、レッドのクロノグラフ針など、賑やかな見どころが多い。

 セラミックケースは傷に強いという無敵のメリットを備え、着用時には軽さと温かみが心地よい。これらのセラミックスの利点を考慮すれば、もうひとつのバリエーションであるステンレススティール製モデルよりも26万4000円の追加価格を支払うだけの価値はありそうだ。クロノグラフのプッシャーは今日では珍しく、押し心地が滑らかである。フライバック機能が搭載されていることから、クロノグラフの作動中に4時位置のプッシャーを押すと、クロノグラフをリセットすると同時に新たな計時が開始される。

パイロット ビッグデイト フライバック

軽量で傷つきにくいセラミックスは優れた実用性を発揮する。また、ファブリックのような質感を持つコーデュラエフェクトラバーストラップが装着感を高めており、毎日使いたくなる腕時計と言える。

 巻き上げや時刻合わせ、ビッグデイトの設定など、リュウズの役割は多いが、快適な操作性は妨げていない。

 ビッグデイトは、カチッという快音とともに瞬時に切り替わる。合わせたい日付を過ぎてしまわないように自分を律しなければならないほど楽しい作業である。午前0時を回ると、リュウズでの日付調整ができなくなる。この安全システムが搭載されていることから、日付操作の時間帯によって内部機構が損傷することはない。

 ゼニスが3つの特許を取得している新型ビッグデイトにはもうひとつの特徴がある。肉眼では分かりづらいが、ビッグデイトは同一レベルに取り付けられたふたつのリングで構成されており、1の位のリングが10の位のリングの周りを回転するように設計されている。コントラストが明確で蓄光塗料がたっぷりと塗布されており、眼鏡なしでも判読可能なビッグデイトは視認性が良好で、納得の仕上がりである。

 シースルーバックからは有名なエル・プリメロを見ることができる。今回のテストウォッチに搭載されているのは、この腕時計のために特別に開発されたもので、スケルトン仕様のブラックローター、ホワイトを盛ったエングレービング、ブリッジに施された控えめな筋目模様など、パイロット ビッグデイト フライバックが持つ個性との相性は抜群である。さらに、青いコラムホイールと伝統的な水平クラッチがよく見える。3万6000振動/時で作動するムーブメントは10分の1秒の計測を可能にする。理論上、0.1秒の単位で計時を行うことができるのだが、秒目盛りが5分の1秒刻みで配されているため、クロノグラフ秒針は秒目盛りの直上か2本の秒目盛りの間に止まることになる。また、クロノグラフ秒針と秒目盛りの間隔が少し離れていることから、常に正確に読み取れるわけではない。

パイロット ビッグデイト フライバック

エル・プリメロ3652は、エングレービングにホワイトを盛ったブラックローターにより、腕時計との相性が抜群である。このムーブメントのためにゼニスは新たにビッグデイトを開発した。

精度

 精度はどうだろうか。クロノスドイツ版編集部は常に全6姿勢でテストしているが、パイロット ビッグデイトフライバックの計算上の平均日差はプラス3.8秒/日とごくわずかだった。最大姿勢差も4秒と優秀で、テンプの振り角も安定していた。これは、クロノグラフを作動させてもほとんど変わらない。パワーリザーブは約60時間が確保されているので、日常で快適に使用することができる。

 ファブリックのような質感を持つコーデュラエフェクトラバーストラップは、快適な着用感を約束してくれる。セーフティーボタン付きのトリプルフォールディングバックルはピンバックルのように調節できる。ブラックのストラップに加え、魅力的なダークグリーンのストラップも同梱されている。

パイロット ビッグデイト フライバック

2023年に登場した新作パイロットには、今回紹介するクロノグラフモデルのほか、3針モデルもラインナップされている。いずれも2組のストラップが付属し、ストラップは機能性の高いクイックリリース機構を備えている。

 秀逸な設計のゼニスのクイックリリース機構の恩恵により、ストラップは工具を使わずに交換可能である。ストラップはケースにしっかりと固定されているにもかかわらず、ストラップ裏側のプッシュボタンを爪で押すと簡単に取り外すことができる。ボタン操作には少し力がいるが、その代わり非常に安全な機構である。さらに、幅20mmのストラップであれば、既存のバネ棒で取り付けることができる。

 新作パイロット ビッグデイト フライバックのセラミックモデルは17万7000円と確かに高額だが、多くを提供してくれる腕時計である。素晴らしいデザイン、首尾一貫してクリーンな加工、簡単な操作と良好な視認性、快適な装着感、傷に強いセラミックケース、さらにレベルアップされた伝説のハイビート機エル・プリメロにより説得力十分な名機なのである。