【82点】モンブラン/モンブラン 1858 モノプッシャー クロノグラフ リミテッドエディション 100

FEATUREスペックテスト
2020.11.22

モンブラン 1858 モノプッシャー クロノグラフ リミテッドエディション 100

サンバースト仕上げを施した緑色の文字盤と緑色のアリゲーターストラップはため息が出るほど美しい。ヴィンテージ感あふれるデザインにより、特別なモンブランが完成した。

 1858年に設立されたスイスの時計ブランド、ミネルバが1923年に発表したクロノグラフムーブメント、キャリバー13-20CHは、同社で腕時計用に初めて開発されたクロノグラフムーブメントのひとつだった。このムーブメントは誕生から約100年が経過した今日もなお、キャリバーMB M13・21として、ほとんど姿を変えることなく今回のテストウォッチに搭載されている。当然、構成部品は刷新され、素材は現代のものが使用されているが、その構造は1世紀前と同一である。これは、伝統豊かな時計の世界でもあまり例を見ない。

 このムーブメントはどのような経緯でモンブランの時計に搭載されるようになったのだろうか。輝かしい歴史に彩られながらも長年にわたって紆余曲折を経てきたミネルバは2006年、リシュモン グループに買収され、傘下のブランド、モンブランに組み入れられた。この中には、ミネルバが創業以来、時計を作っていたスイスのジュラ地方、ヴィルレにある時計工房も含まれていた。当然、工房が保管していたさまざまな資料や機械、時計師の何名かもモンブランに移管、異動した。つまり、今やキャリバーMB M13・21は100年前と同じ建物で、正真正銘モンブランの自社製ムーブメントとして製造されているのである。

 時計を分解する前に、まず外観を観察してみよう。1858のコレクションならではのデザインを持つ針と文字盤はヴィンテージ感にあふれ、伝統的なムーブメントにふさわしい。針の表面は分割されているが、これは硬化処理の前に夜光塗料があふれて流れ出さないように区切られていた頃の名残である。ふくらみを持たせた針はポリッシュ仕上げなど、丁寧に加工されている。文字の端にひげ飾りのないサンセリフ体のアラビア数字インデックスにも蓄光塗料が塗布されており、暗所でも時刻を明確に読み取ることができる。インデックスは、より立体的に見せるために下地が白でプリントされており、蓄光塗料の縁をまるでオーラのように取り囲む様は美麗である。外周のタキメータースケールとモンブランのヴィンテージロゴもレトロな意匠を演出するのに貢献している。緑色の文字盤はサンバースト仕上げで、光の当たり具合によって色調が美しく変化する。アリゲーターストラップと文字盤は緑の色調が若干異なるものの、相性が良く、調和が取れている。セミマットのアリゲーターストラップは美しい斑が入り、ベージュ色のステッチによってコントラストも豊かだ。裏打ちも緑色のアリゲーターレザーで施されるなど、高級感のある仕上がりである。ストラップはイタリア・フィレンツェ近郊にあるモンブランの自社皮革製品工房、プレテリアで製造されたものである。この工房ではモンブランのレザーバッグなども製造されている。バックルの作りもしっかりとしており、尾錠はステンレススティールを削り出し加工したものである。

モンブラン 1858 モノプッシャー クロノグラフ リミテッドエディション 100

グリーンのサンバースト仕上げが美しいダイアル。蓄光塗料を塗布する面を分割した時分針やモンブランの旧ロゴがレトロ感を演出している。インデックスのフォントは文字の端の飾り(セリフ)がないサンセリフ体が使用される。

リュウズとプッシャーの仕事

 モンブランのトレードマークの白い星がフライス加工されたリュウズは、サイズが大きく容易に回すことができる。手巻きモデルではリュウズを回して主ゼンマイにエネルギーを蓄えなければならないので、これは重要な要素である。とはいえ、モンブラン 1858 モノプッシャー クロノグラフは約55時間のパワーリザーブを備えているので、巻き上げるのは2日に1度で十分だ。一方、リュウズを引き出すのはやや困難で、現代のムーブメントにはほとんど装備されているストップセコンド機能がないことから、正確な時刻合わせは難しい。

 プッシャーは、デザイン的にはレトロな全体像に完全には溶け込んでいないものの、動きは極めてスムーズで快適に操作ができ、十分な押し込み感を感じることができる。これは、現代のムーブメントではなかなか味わうことができない。

ムーブメント解析

 サファイアクリスタル製のトランスパレントバックから、コラムホイールで作動する古典的なクロノグラフがどのように機能するかをじっくりと観察することができる。プッシャーを押すとレバーが作動してジョイントを介し、長い作動レバーの先端がコラムホイールの下側の歯を引くことでコラムホイールをひとつ先に動かす。コラムホイールは、3つある機能レバーのひとつだけがピラー間の隙間に落ち込み、作動するように設計されている。他の機能レバーは落ち込んでいた隙間からピラーに持ち上げられることで作動が解除される。3つの機能レバーは秒クロノグラフ車への動力の連結と解除にともなって順次、クロノグラフのスタート/ストップ/リセットを行う役割を担っている。

Cal.MB M13.21

ミネルバが1923年に開発したムーブメントを源流に持つCal.MB M13.21。コラムホイールと水平クラッチを備えた古典的な手巻きクロノグラフムーブメントは、装飾も美しい。

 プッシャーを押してコラムホイールがひとつ先のポジションに動かされると、常にふたつの事象が起こるようになっている。クロノグラフを作動させるとリセットレバー(リセットハンマー)が押し離され、キャリングアーム式の水平クラッチが秒クロノグラフ車と連結される。クロノグラフを停止すると水平クラッチが解除され、ブレーキレバーが秒クロノグラフ車を止める。リセットすると、ブレーキレバーが押し離され、リセットレバーがハートカムをたたいて秒積算計と分積算計を元のゼロ位置に戻す。

クロノグラフ機構分解研究

 ムーブメントをさらに詳細に観察してみよう。分解作業は、ヴェンペのハンブルク店で工房責任者を務めるマイスター時計師、フロリアン・ピコール氏に依頼した。ピコール氏はまず、裏蓋の4本のビスを外し、トランスパレントバックとリュウズを取り外した。これで、ムーブメントを出し、針と文字盤を外すことができるようになった。文字盤を外さない限り、見たり評価したりできない箇所にもかかわらず、ヴィルレの時計師たちは地板の文字盤側もペルラージュで装飾することを怠っていない。他の産業のように財務担当に厳しくコストダウンを迫られることなく、ヴィルレの時計師たちが職業倫理に基づいて持てる技術を発揮できるのは素晴らしいことだ。これこそ、匠の技が生かされる高級時計と、一般的な高品質の工業製品を区別する点だろう。だが、手間を掛けているだけあって、ミネルバの古い工房ではムーブメントを1日にひとつ作るのが精一杯だという。

 これ以外の構成部品にも高度な仕上げが施されている。レバーやバネなどのスティール製部品は筋目(ヘアライン)模様で飾られ、エッジにはポリッシュ仕上げによる面取りが施されている。ブリッジはコート・ド・ジュネーブで美しく装飾され、面取りも幅広く取られている。これらの装飾が手作業で行われていることは、ミネルバ特有のV字型のクロノグラフブリッジを見ればすぐに分かる。鋭角を成す部分は機械で研磨することはもちろん、フライス加工すらできない。ネジと受け石が座る穴の縁は丁寧にテーパー加工され、ネジ頭は鏡面磨きで仕上げられている。緩急針とその押さえバネの表面にも鏡面研磨が施されている。ネジで微調整可能な緩急針を備えた緩急調整機構は、このムーブメントにおける数少ない改良点のひとつである。オリジナルのキャリバー13-20CHには緩急針しか搭載されていなかった。クロノグラフ停止用のレバーも設計が改良されている。先端のアロー型のフォルムはミネルバの昔のロゴを想起させる。

モンブラン 1858 モノプッシャー クロノグラフ リミテッドエディション 100

上級者のための3次元パズル。ムーブメントを分解すると、構成部品の裏側まで丁寧に仕上げられていることが分かる。

 1万8000振動/時のロービート機に搭載された直径11・4㎜のチラネジテンプは見ていて飽きない。振動数は5分割された秒目盛りからも認識することができる。外端部にフィリップス型の曲線を持つ巻き上げヒゲはヴィルレの工房で作られているが、ヒゲゼンマイを自社で製造できるブランドは数少ない。ワイヤーの線引き加工と圧延には特殊な精密機械が必要だからである。ヒゲゼンマイはまず、線引き加工、圧延された後、軸に巻き付けられた状態で炉に入れられ、形状が記憶されるまで焼き入れされる。その後、正確な長さにカットされ、ヒゲ玉に固定される。細心の注意を払って作られても、わずかな個体差を回避することはできない。そのため、ヒゲゼンマイは等級分けされ、同じように等級に分けられたテンワと〝マッチング〞される必要がある。相性の良いテンワと組み合わされることで、日差をごくわずかに抑えることが可能になるのだ。メーカーにとって大きな労力を要する作業である。年間製造数約300個のミネルバ・オート・オルロジュリ研究所製ムーブメントであればなおさらだ。

 とはいえ、約100年前に誕生したロービートの手巻きクロノグラフムーブメントに奇跡を期待すべきではない。分解する前に歩度測定器で行ったテストでは、プラス9秒/日を少し超える平均日差で、最大姿勢差は14秒と許容できる数値でこそあれ、特筆するような精度ではなかった。水平姿勢から垂直姿勢への振り落ちがそれほど大きくなかったのは好印象だ。

かけがえのないムーブメント

 高い精度だけを求めるなら、モンブラン 1858 モノプッシャー クロノグラフ リミテッドエディション 100は購入すべきではないだろう。この時計の購入を検討する際に大きな動機となるのは、稀少性の高い非凡なムーブメントとヴィンテージ感あふれる凝った意匠の方だからだ。市場で類似のモデルを探してもなかなか見つからない。A.ランゲ&ゾーネやパテック フィリップは同様に古典的なスタイルのムーブメントとデザインを持つモデルを提供しているが、これらはゴールド製ケースをまとったドレスウォッチで、価格は1858の約2倍である。モンブランが100本限定で提供するこのクロノグラフは337万5000円(時価)と、ステンレススティール製モデルにしては高額に感じるが、最高のレベルで装飾された古典的なクロノグラフムーブメントや針、ケース、ストラップの優れた仕上がりを考慮すれば適正な価格設定と言えるだろう。

 今回のテストウォッチのハイライトはやはり、見えない箇所まで手作業で丁寧に装飾された稀有なクロノグラフムーブメントである。操作感の極めてスムーズなプッシャーも感動ものだ。約100年前に生まれたムーブメントを搭載することで、モンブラン 1858 モノプッシャー クロノグラフ リミテッドエディション 100は比類なき存在となっている。レトロなデザインはこのムーブメントにふさわしく、ダイアルとストラップに使用される緑のカラーも特別感を演出するのに貢献している。限定生産であることとこの品質を考えれば、決して高すぎる買い物ではないだろう。