【85点】チューダー/ペラゴス FXD

FEATUREスペックテスト
2022.07.24

ペラゴス FXD

  チューダーは1956年から、フランス海軍の潜水を任務とする特殊部隊にダイバーズウォッチを納品していた。その最初のモデルはロレックスのサブマリーナーのスタイルを踏襲したものだったが、69年からは、かの有名なスノーフレーク針と正方形のインデックスを取り入れた独自のデザインに変更された。70年代に入ると、それまでの黒い文字盤に代わって耐紫外線効果が格段に高められた青い文字盤のモデルを納めている。

 民間人向けのバージョンでは、大抵ステンレススティール製ブレスレットが取り付けられていたが、戦闘潜水員向けのものはブレスレットが付いていない状態で納入され、任務時にテキスタイルストラップを取り付けるようになっていた。ケースの裏蓋にはM.N.(海軍を表すマリーン ナシオナルの略)の文字と製造年が刻まれている。特殊潜水部隊コマンド-ユベールへの納品は80年代まで続いていた。

 新作の「ペラゴス FXD」は青い色や文字盤構成など、ヒストリカルなデザイン要素を単に取り入れているだけでなく、フランス海軍特殊潜水部隊と再び共同関係を結んでいることにも注目したい。というのも、形状と装備は〝ナジュール・ド・コンバ〞(潜水部隊)の必要条件を満たしていると認可されるべく作られたものなのだ。

水中での操作

 ひとくちに腕時計と言っても、基本的に戦闘潜水員と一般的なダイバーでは明らかに使用目的が違う。そのため、ペラゴス FXDは両方向回転のベゼルを備え、カウントダウン用目盛りの付いた逆回転防止ベゼルを持つ普及型のダイバーズウォッチではない。部隊が出動する際、ほとんどの場合は水中で気付かれることなくターゲットに近付いて敵情を偵察したり、橋や船舶を爆破したりする。水中で察知されずに行動するために、選び抜かれたエリート兵士である特殊戦闘員たちは、呼気による気泡が出現しない特殊な循環型呼吸装置さえ使用するくらいだ。

 そうした工作を実行するチームは通常2名1組、水面からわずかな深さのところでターゲットに近付いていく。ひとりはコンソールゲージと呼ばれるコンパスや水深計付きの器具を抱え、進行方向や深度に注意を払い、もうひとりはタイムキーパーとして目に神経を集中させる。事前に海図でターゲットへ向かうルートを決めて準備するが、多くの場合は直線的に進むことはなく、岸から一定の距離を保ちながら海岸沿いを行く。

 例えば、まず水深3mのあたりを角度170度のコースで10分間進み、それから110度にコース変更をして7分間、という具合に接近していくのだ。目的地到達までにかかる時間は適切に割り出される。彼らはどのようなテンポで泳げば時間通りに任務を遂行できるかを熟知しているのだ。この時、海流による影響も計算に入れてある。

 つまりこのような活動下では、腕時計は一般的なダイバーズウォッチのように継続的に潜水時間を計測するのではなく、いくつにも区切られた行程のひとつひとつをそれぞれ計ることが役割となる。任務中は、ひとりがあらかじめ想定しておいた時間が分かるようベゼルを回し、相方の行程を設定する。作業の進行具合を見ながら、分針がベゼルのゼロマーカーに届く時間を見極め、調整しながら次の行程の予定時間を新たに設定していく。予定より早く進行している場合に設定変更しやすいよう、ベゼルは両方向回転式だ。

 通常のダイバーズウォッチで採用される片方向回転式では、安全性の問題から逆回転防止構造になっているため、時間設定を延長できても短縮はできない。それでは特殊潜水部隊にとっては意味がないのだ。誤差が広がってしまうことは、すなわち事態の悪化を意味する。腕時計を着けた手が何かの障害物にぶつかる可能性もある海底や岸は避けて行動するため、ベゼルの位置が意図せずにずれてしまうようなことはほとんどないだろう。

両方向回転式ベゼル

ペラゴス FXD

昼夜を問わず視認性は抜群。ベゼルにも蓄光塗料が施され、明確に読み取ることができる。

  しかし、ベゼルが両方向回転式のペラゴス FXDは民間人のユーザーにはどのように感じられるだろう? ダイビングの時に使いたいとなれば、ペラゴスのノーマルタイプを選ぶほうがいいかもしれない。目的がダイビング以外なら両方向回転ベゼルは役立つポイントのひとつだ。麺類をゆでる時などで時間を計る必要がある場合には、分針の現在位置から足し算で文字盤上の目標の目盛りを読むよりは、ベゼルを回してカウントダウンするほうが便利だろう。

 ベゼルは表面が風防より高い位置にある厚さで、側面に細かな刻みが入っているため非常に使いやすい。加えて回し心地もよく、これは姉妹ブランドのロレックスとほとんど変わらない。ねじ込み式のリュウズもつまみやすい形状になっていて、針合わせの後など再びねじ込む時は、主ゼンマイの巻き上げに干渉しないよう丁寧に設計されている。そして日付表示がないため、リュウズの引き出しが複雑ではなく、ストップセコンド仕様なので針合わせも簡単だ。

 ツールとして使える今どきの腕時計としては、日付表示がないのは少し珍しいようにも思える。だが、フランス海軍特殊部隊にとっては日付表示は必要不可欠な要素ではなく、視認性のほうが重要なのだ。また、日付がない故に文字盤の構成はよりよく整い、70年代に納品されていたモデルを彷彿とさせる。日付表示の有無は好みの問題だろう。

 それとは反対に視認性に関しては重要度が高く、このモデルは文字通り輝かしいほどの利点がある。コントラストに優れているので昼間はくっきりと読み取りやすく、暗がりでは蓄光塗料がとても明るく光るのだ。ベゼル上の数字とインデックスにも蓄光塗料が施されているのはありがたい。

確実に取り付けられたストラップ

ペラゴス FXD

ケースはバネ棒不要の一体型。ストラップは開口部を引き通して取り付けられるため、衝撃で外れて水中で時計を紛失する危険はない。

 特殊潜水員にとって、作業後に生還するということも重要な任務だ。このモデルはそのためにもストラップがひときわしっかりと取り付けられている。一般的な腕時計でバネ棒に相当する部分はペラゴス FXD(英語〝fixed〞の略)という名前が示すように、ケースと一体に削り出された形状なのだ。

 この部隊では、ストラップはテキスタイル製のものだけが使われ、ケースに開けられた開口部から引き通すNATOスタイルで取り付けられる。通常の華奢な作りのバネ棒は腕時計にとっては弱い箇所であるため、強い衝撃が加わるとバネ棒ごとレザーストラップやメタルブレスレットが外れ、腕が傷付く前に時計本体が落下して損傷することもあり得るだろう。それが水中なら紛失の可能性も出てくる。ケースと一体化されたラグの開口部にNATO式で取り付けてあれば、それらの危険性を回避できそうだ。逆に言うと、このストラップ固定バー一体型ケースでは、その部分が折れた場合は腕時計としての役割は果たせないことになる。しかし、かなり頑丈な作りのようなので、折れる心配はまずなさそうだ。

 とはいえ、民間人たる一般ユーザーにとっては、普通のストラップやブレスレットに取り替えて楽しめないのは少々残念な点だろう。さらにストラップをNATO式に取り付ける腕時計だと、ケースの裏側がトランスパレント仕様の場合にはムーブメントが鑑賞しづらくなるのもネックだ。もっとも、このモデルでは裏蓋は透明のサファイアクリスタルではなくチタン製で、ストラップの下にはフランス海軍(MarineNationale)の略号「M.N.」と製造年、そして美しく意匠化された錨(いかり)が隠れている。

 時計とセットで同梱される、銀色のラインが入った青いテキスタイルストラップは、古式ゆかしいミシンを使った伝統製法で作られる。仕上がりは軽やかだが、ハードな使用に耐えるタフな品質だ。面ファスナーが丁寧に縫い付けられているので、手首のサイズを問わずにぴったりと着用できるのも良い。そのためチタンならではの軽いケースも実にしっくりと手首に収まる。ストラップに通気性があるのも快適さの理由のひとつだろう。

 ペラゴス FXDには、尾錠が付いた青い合成ゴム製のストラップも付属品としてセットになっているのだが、これはかなり薄手ながらも割と頑強で、テキスタイルストラップと同様に調節幅が広いロングタイプになっている。ところが取り付けるとラグのあたりで若干浮いてしまい、肌にぴたりとはなじまないので、テキスタイルストラップほどは調和していないように思える。いずれにせよストラップはラグの開口部から簡単に引き抜けるので、交換が素早くできて手軽だ。

ペラゴス FXD

一体型のケースに通されるのは、面ファスナー付きのテキスタイルストラップ。伝統的な手法で作られ、ハードな使用環境にも耐える高品質なものだ。

高精度のムーブメント

 ケースのねじ込み式裏蓋を開けると、自社オリジナル自動巻きムーブメントのキャリバーMT5602が姿を現す。このムーブメントは、チューダーとの共同出資会社でムーブメント製造を行うケニッシ社製だ。同社のムーブメントは、シャネルやブライトリング、フォルティスをはじめ、いくつかのブランドで使われている。このムーブメントは頑強かつ高精度だ。厚さは堂々6.5mm、組み立ての段階で極小の誤差が出て仕上がりに響かないよう気が配られている。テンプ受けは片持ちより安定性の高い両持ち式を採用。ヒゲゼンマイは、衝撃を受けた時に渦巻きの同心円が崩れたり歪むことにより精度に影響が出ないよう、シリコン製のものが使われている。

 さらなる特徴は、パワーリザーブが約70時間と長いことと、テンワに4つのスクリューを備えたフリースプラング式テンプであることだ。つまり、緩急調整は大半のETA製ムーブメントのようにヒゲゼンマイの有効長を変えて調節する方式ではないのだ。このムーブメントは細やかな構造を持つ半面、装飾に関してはかなり抑えられている。それでもローターは透かし彫りにサンレイ仕上げを施し、ロゴを配した手の掛かった仕上がりだ。

キャリバーMT5602

忍耐強く、正確で、タフであることを求められるのが特殊部隊。搭載ムーブメントのキャリバーMT5602はその要求にかなう作りになっている。

 チューダーのマニュファクチュールムーブメントは、全品がクロノメーターを認定するスイスの公的機関C.O.S.C.で認可されたものなので、精度はお墨付きと言えよう。C.O.S.C.の基準では平均日差はマイナス4秒からプラス6秒の間に収まっていなければならない。クロノスドイツ版編集部で歩度測定器に掛けたところ、最大姿勢差は3秒と狭く、平均日差は約マイナス0・2秒と非常に小さな数値となった。毎日の着用テストでは、平均日差はコンスタントにプラス0・5秒というデータが出ている。

 44万3300円という価格は品質に見合っていると言っていい。チューダーの人気は目下かなり上昇中で、もはや需要が供給を大きく上回っており、入手困難になりつつあるのは残念だ。チューダーを所有した者は実勢価格が上がっていくことに喜ぶだろう。

 まとめると、ペラゴス FXDは、チューダーがフランス海軍特殊部隊と協力関係を結んできた歴史をデザインに生かすことに成功し、同時に機能とケースの構成を更新して新たなものに作り上げた。多くの長所を持つ最新のツールは、軍人ならずとも引きつけるに違いない。