【84点】グランドセイコー/ヘリテージコレクション メカニカルハイビートGMT 44GS 55周年記念限定モデル

FEATUREスペックテスト
2022.09.26

グランドセイコー「ヘリテージコレクション メカニカルハイビートGMT 44GS 55周年記念限定モデル」

ケースとブレスレットには独自開発の高強度合金「ブライトチタン」を使用。チタン素材は加工の難しさで知られているが、鏡面部分はステンレススティールのように艶やかな輝きを放っている。

 白く、細やかに仕立てた文字盤、面取りした針、アプライドインデックス、そしてほぼ隙のないほどにきっちりと磨き上げたケース。これらは時刻表示の仕方とともにドレスウォッチの特性として認識されているが、際立って気品のある腕時計はそれだけが見どころというわけではない。今、クラシックな特性を持ちつつ機能性を強調して個性を打ち出すとなると、マニュファクチュールとしてはどう出るのか? 実用的な付加機能をありきたりな外観に依存せず、創造性をもって表現するには、どのような方法があるのだろうか? そしてそれは、鋭い審美眼を持つ顧客たちが、日常使いにふさわしいと、お眼鏡にかなうことができるのか?

 これは実現可能ではある。ただし、正しい方法でやりさえすれば、ということなのだ。グランドセイコーは、2022年1月に発表した新作「ヘリテージコレクション メカニカルハイビートGMT44GS55周年記念モデル」でまさしくそれをやってのけた。このモデルは55年前に登場して、今日のグランドセイコーのデザイン規範となったデザインを持つ、初代「44GS」とのつながりが深い。そしてこの新作は、外観から気品が漂うだけではなく、日常使いの腕時計として非常に有能なのだ。さらに日付表示が理想的な位置にあり、GMT針と24時間式の外周インデックスを加えてあることにも注目したい。

44GS

1967年に発表された「44GS」。グランドセイコーに、高級腕時計として世界に誇れるデザインを与えるべく考案されたデザイン文法〝セイコースタイル〟を確立したモデルだ。

 付加機能の第2時間帯表示は、巧みなまでにすんなりと収まっている。一見しただけでは使い道すら分からないほど悪目立ちしていない。着用時に別のタイムゾーンへ移動する場合はリュウズを1段引き出し、時針を早回しして前後どちらにも時刻修正ができるようになっている。この修正中に時針が24時を通過すると、日付表示も前日または翌日に自動的にジャンプし、正確に切り替わる仕組みだ。

 一方、青いGMT針はストイックなまでに出発地の時間を指し続け、旅の間もホームタイムを示してくれる。また、旅には出ずに同じ場所で長期間を過ごす時も、サマータイムを導入している国の場合は夏時間と冬時間の切り替え時にこの時計の有能さが分かるはずだ。というのも、時針だけ前後に早回しすることで時刻修正が可能であるため、ムーブメントの動きを一度も止めずに正確さを維持できるからだ。

 このモデルの機能性の高さはそれだけではない。グランドセイコーは蓄光塗料「ルミブライト」を採用していて、明るい場所ではこの塗料の存在感をまったく目立たせずに、暗がりでは効果的に3本の針と11カ所のアワーポイントを発光させている。

 加えて、このモデルはケースとブレスレットにチタンを使用していることも、多くのドレスウォッチと比較して優れている点だろう。頑丈でありながら軽く作られているケースとブレスレットには、見事な鏡面仕上げと繊細な筋目仕上げが施され、どこをとってもステンレススティールのそれと見間違うほどだ。そしてそれは、同ブランドの意図するところでもある。採用しているのはブランド独自の金属であるブライトチタンだ。従来のチタンを上回る硬さがあり、それ故にグランドセイコーの典型的なザラツ研磨で均一な歪みのない鏡面が生み出され、まるでステンレススティールのように明るい輝きを持った仕上がりになるのだ。

 またチタンの採用により、非常に軽量であることも見逃せない。この腕時計の総重量は、サイズ調整のためにブレスレットの余分なコマを取り外す前の時点で107g。快適な着け心地をもたらしているのは、表面が滑らかに加工されたブレスレットのみならず、ケースの厚さは14㎜と決して薄くはないが、重心を落とし、手首への接触面を増やしたラグ形状なども起因している。

丹念に研いだ日本刀の筋目のような質感の文字盤

キャリバー9S86

9S86
限定モデルの特別な全円ローター仕様ではない、ベーシックなキャリバー9S86。3針デイト機能を備えるキャリバー9S85にGMT機能を付加したのがこの機械である。時針を現地時間に、GMT針を日本時間に調整する際は、リュウズを1段引き出した状態で、秒針を止めることなく時針のみを操作できるため、より正確な時刻調整が可能だ。

 自国の古来の文化と自然からモチーフを得るのは、日本のブランドらしい伝統的な手法だが、グランドセイコーの哲学は特にそれが意識され、新作にも結び付いているようだ。純白の文字盤は、白樺の樹皮のような質感を備える。凹凸のあるしゃりっとした肌触りは、細やかなザラメのように降り積もった雪や、禅寺の庭の白砂を想わせる。

 このモデルの文字盤は、和紙をぴんと張って仕立てた日本の伝統的な引き戸である障子を想わせる。この引き戸は光を柔らかに通し、木枠に和紙を貼ることで強度を持たせたものだ。まるで和紙のような軽やかな質感に仕上げられた文字盤は、目を近付けて注意深く見ると、そのニュアンスがよく分かる。時刻を確認するために手首に視線を走らせるくらいの距離では、単に白くてムラがないようにしか見えない。

 こうした手法が日本の伝統的な細やかさと奥ゆかしさで、ラグジュアリーを慎ましさで包む表現方法なのだ。この腕時計の着用者に向かい合って立っても、文字盤がこれほどまでに手が掛かっている特別なものだとは気づくことはない。

 ちなみにラグジュアリーという単語が出たところで言うと、このモデルの価格は94万6000円だ。通りすがりにひょいと買って帰るというようなものではない。この価格は気品のあるデザインと付加機能が調和していることの表れだろう。しかし、それだけではない。ケースの裏側を見ると、多くの優れた技術が詰まった自社開発ムーブメントが目に入る。

 信頼性の高さに定評のある自動巻きキャリバー9S86は、コンパクトな設計を持つリバーサーによる両方向巻き上げ方式を採用し、パワーリザーブ約55時間だ。平均日差がプラス5秒からマイナス3秒の範囲に収まる精度を旨としている。その精密さにひと役買っているのは、広く採用されている2万8800振動/時ではなく、高振動の3万6000振動/時になっていることだ。つまり秒針が1秒間に8ステップではなく10ステップで進むようになっている。理論上、振動数が大きくなるほど精度が安定する。

 クロノスドイツ版編集部で歩度測定器に掛けたところ、平均日差はマイナス2.3秒。グランドセイコーが定める規定の規範内だ。さらに数週間にわたる着用テストでは、基準値最大限のマイナス3秒となった。一般的に遅れが出るのはあまり好ましくないとされるが、これくらいならまあよしと思えるだろう。そして6姿勢の最大姿勢差がわずか4秒だったのは高評価だ。

独自のやり方が効果をもたらす

グランドセイコー「ヘリテージコレクション メカニカルハイビートGMT 44GS 55周年記念限定モデル」

搭載ムーブメントの自動巻きキャリバー9S86は、組み立てだけではなくパーツの製造も自社で一貫して行われている。迫力のある造形のローターに施された金色の酸化被膜も、独自開発された技術によるものだ。

 グランドセイコーが自社製造しているのは、ムーブメントのブリッジや地板などのパーツだけでなく、時計の精度を左右する主ゼンマイやヒゲゼンマイも社内で作っている。そのために優れた性質を持つ独自素材の開発も行ってきた。他にも、今回のモデルで特徴的な部分は、ローターの形状が半円ではなく、群雲のように不規則な表面加工を施した金色の透かし彫りされたホイール状で、シンボルの獅子のマークを入れるなど、独自の工夫が凝らされている。

 グランドセイコーは他社とは異なる発色方法も実用化した。これも無論、独自のエレクトロニクス技術により社内で達成したのだ。それにより、チタン製ローターに適正な厚さの酸化被膜を施し、金色を望み通りの色調にすることを可能にした。全円ローターを採用するムーブメントで時々疑問に上がるのは、普通に腕を動かして必要十分な慣性モーメントの値を出すだけのローターの往復運動を、半円ではなく全円でどうやって作り出すのかということだ。このモデルの場合、答えは簡単で、ローターの真上から見て確認できる3つのリベットが、裏側の錘を固定している。

 このモデルの特性を箇条書きで要約しようとしても、リストは長くならざるを得ない。単に気品があるだけではなく機能的、独特な風合いの文字盤や独自のチタンをはじめ、ハイビートムーブメントのパーツに至るまで自社一貫製造と、書き記すべきことがたくさんある。しかしこの新たなクリエーションの産物は限定品なのだ。その数は世界で1200本のみ。手にすることができた者は、極東の伝統的な奥ゆかしさを日本式の時計製造の流儀に見いだし、存分に堪能できるだろう。