この25年間の、世界の時計市場をひもとく。成長率No.1は中国……ではありません!

筆者は1995年から、日本およびスイスの各ブランドの展示会と、スイスで開催される新作見本市を取材し、30年以上にわたってその成長と発展をウォッチし続けてきた。そのなかでもとりわけ2025年は“トランプ関税”に翻弄された年で、スイス時計産業にとって「ひとつの節目」であったように思う。そこで、2000年〜2024年のスイス時計産業の公的なデータをもとに、この25年間の世界の、そしてスイスの時計産業の現状を冷静に振り返ってみた(2025年についてはあまりに特別な年だったので、ここでは最新データの紹介のみに留める)。するとこの四半世紀、スイス時計はどのように発展してきたのかが、見えてきた。時計産業で働く方、時計業界に興味のある方にはぜひお読みいただきたい。

Photograph by Yasuhito Shibuya
渋谷ヤスヒト:取材・文
Text by Yasuhito Shibuya
[2026年4月1日公開記事]


2000年代の時計市場をひもとく

 1970年代のクォーツショックで「時代遅れの遺物」と扱われた機械式時計。しかし1980年代に入るとスイスは、時計産業の再編とラグジュアリー戦略によって、機械式時計を「伝統的な職人技を凝縮した芸術品」「世代を超えて受け継ぐ価値のあるラグジュアリーアイテム」として再定義。その結果、1990年代には複雑時計を看板に“機械式時計ブーム”が起き、2000年代になると“高級時計ブーム”へと発展した。すると機械式時計は「生産数が少なく高価だが、世界中の誰もが憧れる、ぜひとも手に入れたいラグジュアリーアイテム」として認識され、スイス時計産業はこの約半世紀、着実に成長を遂げてきた。今では黄金時代と言われた1950年代をはるかに超える、史上最高の繁栄を続けている。

 ではスイスの、そして世界の時計市場━━つまり時計業界の市場規模━━は、どのくらい拡大したのか? そして、どの国の時計市場が最も成長したのだろうか? この点を検証した記事は、国内外を問わず読んだ記憶がない。だとしたら30年あまり取材を続けてきた筆者こそが、スイス時計協会FHのデータを基に、その答えが出せるのではないか。そこで2000年から2024年まで、この25年間の実績を比較・分析してみた。

 具体的には、スイス時計協会FHが発表している国別の時計輸出総額(工場出荷価格)を参照し、2000年以降のそのトップ10カ国の数字を10年単位で比較してみた。簡単に言えば「スイスの時計はどの国に、どれだけ輸出されたのか」という数字だ。ただ、この金額における工場出荷価格はファッションアイテムの場合、多くても製品価格の3割程度となる。つまり販売価格ベースで考えると、市場規模はこの3倍ほどになるであろう。

 結果は、ほぼ予想通りのところもあったが、まさか!という驚きも多くあった。これがこの25年間の、世界の時計市場のリアルな現実、事実だ。

 ちなみに以下は、先日発表された2025年の総輸出額トップ10の国と地域である。つまり腕時計以外の、時計関連のあらゆる物品を含むデータだ。ただ、この原稿を書いている3月10日現時点で内訳の発表はなく、スイスから世界への輸出額全体の変動はわずかマイナス1.7%であり、中国や香港以外、大きな変動はない。日本への輸出額ランキングが2024年の3位から2位にアップした程度で、概況は変わらない。なので、このデータではアメリカへの輸出額とシェアが飛び抜けている点にご注目いただければと思う。

2025年のスイス時計の総輸出額ランキングトップ15カ国。日本は中国を抑えて、アメリカに次ぐ第2位になっている。


この25年で世界の時計市場は2.5倍に!

 まずは、スイス時計の世界全体への出荷額を見てみよう。

2000年: 100億2970万スイスフラン
2010年: 161億6680万スイスフラン(+61.2%)
2020年: 169億9970万スイスフラン(+69.5%)
2024年: 259億9310万スイスフラン(+159.1%)
2025年:255億5420万スイスフラン(+154.8%)

 括弧内の%は、2000年時点からどのくらい市場が拡大したか、つまり2000年を100としてそこからどのくらい拡大したのかを表している。なお、ここでは市場の成長を見ることが目的なので、為替レートなど通貨ごとに異なる変数を除外して、スイスからの輸出額のみで計算している。

 2000年~2010年の11年間で市場は約1.6倍に。その後は浮き沈みはあるものの、2020年までは“横ばい”と言っていい数字だ。ところが2021年以降大きく伸びて、2025年にプラス150%、2000年から考えると、世界市場が約2.5倍に拡大したことが分かる。この拡大は間違いなく、富裕層の旅行消費が高級時計へ向かった、新型コロナウイルスによるバブルの結果と言えるだろう。

最も成長した市場は中国か!?

 では、この25年で最も劇的な成長を遂げた国はどこなのだろうか? 時計業界の関係者なら誰もが、中国をまず頭に浮かべるだろう。

中国への時計輸出額
2000年:4500万スイスフラン
2010年:11億10万スイスフラン(+2344.7%)
2020年:23億9470万スイスフラン(+5221.6%)
2024年:20億5350万スイスフラン(+4463.3%)

 輸出額の推移を見ると、中国の時計市場はこの25年間で約45.6倍も成長したことになる。だが単純に数字だけを受け入れてしまうのは間違いだ。なぜなら(昔から指摘されてきたことだが)、ここには「中国経済のゲートウェイ」である香港市場の数字が抜けているからだ。

 何しろ香港は2000年代から2023年まで、スイス時計の輸出先のトップ3に常に入る、大きな市場であり続けてきた。2024年の輸出額ランキングではアメリカ、中国、日本に続く第4位であるが、2000年には第2位であり、時にトップであったりしたのだ。

 もちろん、香港市場への輸出のすべてが中国本土に再輸出されているわけではない。だがその多くが中国市場向けであることは、香港で開催されていたウォッチズ&ワンダーズ 香港で、2014、2015年に実感している。2014年の香港は、「雨傘運動」のさなかにあった。「イギリスからの返還時に約束した市民の民主的権利を、中国政府は約束通り守れ!」という運動である。市民に占拠されている道路を横目に会場に行ってみると、人影はまばらであった。聞けば「中国本土から招待していた顧客が来ないから」だという。その言葉の通り、運動が弾圧され収束した翌2015年の会場は、中国本土からの顧客で溢れ返っていた。

ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ

Photograph by Yasuhito Shibuya
今や世界最大、唯一無二の時計フェアとなった「ウォッチズ&ワンダーズ」。この名前が最初に使われたのは、中国&香港市場が世界No.1だった2013年〜2015年にかけて、リシュモン グループが香港で行った展示会でのこと。写真は2014年9月30日、香港政府の政策に抗議する市民たちの雨傘運動で市内の交通が麻痺状態の中、開催された同見本市のオープニングセレモニーにて。パネライのアンジェロ・ボナーティ氏のような、今は亡きCEOの姿も。

 まず、2000年の450万スイスフランという数字に注目した。これは市場が事実上確立されていない状態での数字だった考えるのが自然だろう。では中国本土市場が本格的に立ち上がったのはいつなのか?

 スイス時計協会FHの本国サイトでそのデータを調べてみると、2000年の時点では中国は総輸出額ランキングのトップ15にも入っていない。このランキングに中国が登場するのは、11位となった2003年のことである。前年の2002年と比較するとプラス109.3%。つまり、1年で2倍になっている。このあたりから、中国市場がようやく立ち上がったのだ。

 そこで香港プラス中国で再計算してみると、結果は以下のようになる。

2000年:1468.2
2010年:4285.6 (+191.9%)
2020年:4091.8 (+178.7%)
2024年:3968.4 (+170.3%)

 中国本土+香港市場の2000年からの成長は約2.7倍。これは世界市場の成長、約2.5倍とほぼ一致している。つまり中国市場がいきなり、爆発的に伸びたというのは「誤解」なのだ。実は2000年当時から、中国市場はゲートウェイの香港を通じてすでにトップ3に入っていた。香港市場と別で集計されていたため、それが可視化されていなかっただけなのだ。中国人だけが高級時計を突然買い漁ったわけではないのである。

 2010年の少し前、リシュモン グループの出荷先シェアは中国+香港で50%を超えた。この状況について、グループの会長を務めるヨハン・ルパートは、メディアのインタビューで「私たちは中国市場の前庭でご飯を食べている」と、中国+香港市場への依存度が高すぎることへの不安を語った。自身の反省を込めて言えば、私たちはこの発言のような、中国市場に関するセンセーショナルな報道に惑わされてしまったのだ。

Photograph by Yuto Hosoda
現在、香港で開催されているアジア最大の時計見本市「香港ウォッチ&クロックフェア」。写真は2023年に『クロノス日本版』編集部が取材した、中国の独立時計師が集う「国潮ゾーン」である。

最も成長した市場は、UAEとシンガポール

 では2000年以降、成長率という指標で、最も成長した時計市場はどこか? それはアラブ首長国連邦(UAE)とシンガポールだ。2024年、UAEはプラス604.6%、シンガポールはプラス283.5%。つまり市場はそれぞれ約7倍、約4倍になっている。ちなみに日本はプラス111.8%、約2.1倍だ。

 とはいえ「中国本土+香港」の中国系の時計市場は、2024年の数字でアメリカ市場には少し及ばないものの、3位の日本市場の倍の規模。世界の時計市場はアメリカと中国の2大市場で32%を占めている。「中国本土+香港」が、巨大で重要な存在であることは変わらない。

 ドナルド・トランプ米大統領政権の異常な関税政策、富裕層超優遇の減税政策により、今後時計市場でのアメリカの地位は、一時的にさらに高まるかもしれない。しかし、長期的には製造および物流体制の破壊をもたらし、これからの数年間の販売額は大きく下落する可能性が高い。

 一方、これまでは市場を牽引してきたが、今現在は不景気が続いている中国の今後は、はたしてどうなるのか。

 中国は2008年のリーマンショックの際、4兆元(約57兆円)の景気刺激策を実行した。その結果、国内外の消費は大きく増加し、2010年代に中国の時計市場はさらに拡大。世界No.1の時計市場となり、スイス高級時計の50%以上が中国・香港市場に出荷されるという状況が生まれた。

 しかしここ数年、中国本土も香港も、景気刺激策の中心だった不動産バブルが崩壊。それを引き金に景気後退が続いており、高級時計の需要減が起きている。この状況はしばらく続くだろう。もっとも人口を考えると、中国の潜在需要はまだまだあるはず。しかも高級時計の需要はラグジュアリーアイテムの中でも特に手堅いものである。景気後退が下げ止まれば、世界No.1に返り咲くことは難しくとも、国家としての規模を考えれば、現在No.3の日本以下になることはないはず。香港と合わせて少なくともトップ3に君臨し続けることは間違いない。つまり中国市場はスイス時計にとって、そして日本の時計関連企業にとって、重要な市場であり続けるであろう。

 さらに言えば、冒頭の2024年のスイス時計総輸出ランキングの中に登場していないふたつの大きな国で、高級時計ブームが起きる可能性がある。それはインドとインドネシアだ。人口規模から見ても中国に匹敵する巨大市場で、少子化、高齢化が進む中国とは真逆の、一気に発展が期待される国だ。ジュネーブで会った高級時計ブランドの輸入販売業者の話を聞くと、特にインドは、すでにかなりの盛り上がりを見せているという。この2国の市場開拓が成功すれば、スイスの高級時計市場はまだまだ成長する可能性がある。

 スイスの時計ブランドは、これからインド市場やインドネシア市場を意識してどんな時計を開発・発売するのか? とても興味深いし、楽しみだ。



著者のプロフィール

渋谷ヤスヒト

渋谷ヤスヒト

モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、気が付くと2019年がまさかの25回目。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。


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