ウォッチブランドには欠かせない「ヘリテージ・ディレクター」の仕事内容と登場の背景について解説

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2023.08.12

今、時計ブランドにおいて、魅力的な時計作りのためのキーマン、すなわち最も重要な存在は誰か? それは間違いなく「ヘリテージ・ディレクター」と呼ばれる人たちだ。筆者は数年前からその重要性を指摘してきた。その理由を3回にわたって取り上げたい。イントロダクションとなる第1回は、彼らが何をしているのか? その仕事内容と登場の背景について解説する。

©Yasuhito Shibuya 2023
今、筆者が一番注目しているヴァシュロン・コンスタンタンのスタイル・アンド・ヘリテージ ディレクター、クリスチャン・セレモニ氏。彼はスタイル ディレクターとヘリテージ ディレクターを兼任している。
渋谷ヤスヒト:写真・文 Photographs & Text by Yasuhito Shibuya
(2023年8月12日掲載記事)


自社の歴史や文化を熟知し、ブランド&製品戦略を統括

 時計ビジネスで今ほど「文化的な価値」が注目され、大切にされる時代はないだろう。時計にはいろいろなタイプや価格のものがあるが、時計専門誌『クロノス日本版』、そしてこのwebChronosがフォーカスする時計、つまり高級時計には「時を知る道具」という要素は、はっきり言ってごくわずかしかない。

 高級時計は何よりも「持つこと、着けること」に意味と価値がある。身に着けるあなたのステイタス、趣味趣向をアピールするためのアイテム。つまり、魅力の多くが「文化的な価値」に由来するラグジュアリーアイテムだ。そして、ラグジュアリーアイテムの文化的な価値、ステイタス性や趣味性の源泉になるのが「ヘリテージ」、つまりブランドの持つ「独自の、未来に受け継ぐ価値のある、歴史と伝統」である。

 私たちが老舗時計ブランドの製品に新進ブランドにはない風格、特別な魅力を感じるのは、製品の背景にこのヘリテージがあるからだ。それがデザインとスタイルに、時にメカニズムや機能に反映されている。私たちはヘリテージに裏打ちされた製品の「ストーリー」に、より強く魅力を感じる。

 時計ブランドでこの「ヘリテージ」の活用を担当する責任者、ヘリテージを活用した全社的なブランティング、製品の企画開発からそのプロモーション戦略までを立案して統括するのが時計ブランドの「ヘリテージ・ティレクター」である。彼らは自社の歴史と文化、過去の製品を熟知している。そして現代の視点からその価値を見直し、再解釈して明快に語ることができる人々だ。時計ブランドによっては「アーカイブ・ディレクター」と呼ぶこともある。


「ラグジュアリー・ビジネスとしての時計ブランド」に欠かせない人材

 ヘリテージ・ディレクターという肩書は、これまでは博物館や美術館、歴史的な建造物、考古遺跡、公園など、文化的な意義を持つ場所や資産を管理する組織や機関で使われてきたものだ。

©Yasuhito Shibuya 2023
ヘリテージを活用するために欠かせないのが、時計ブランドが持つ歴史的な資料のデジタルアーカイブ化だ。ヴァシュロン・コンスタンタンは、いち早くこの取り組みを行ってきた。上の写真は2019年に開催されたSIHHの会場内に設けられた“SIHH LAB”コーナーにおいてデモンストレーションされていたヴァシュロン・コンスタンタンのデジタルアーカイブ検索システム。各製品の画像や社内に保存されている書類もすぐに検索できる。

 そして高級時計の世界では、産業考古学的なアプローチー、文化的な価値の追求が何よりも大切になってきた。そのことを考えれば、ヘリテージ・ディレクターの登場は当然のことだと言えるだろう。

 他方、時計業界にとって「ラグジュアリー・ビジネスのお手本」とも言えるファッションの世界では、ヘリテージ・ディレクターという肩書はほとんど見かけない。その理由のひとつは、クリエイティブ・ディレクターが事実上、その役割を果たしているからだ。

 そしてもうひとつの理由。それは、ファッションの世界において「ヘリテージ」は、時計ほど製品の価値や魅力に直結したものではないからだ。例えば、100年前のクロージングをそのまま復刻しても、残念ながら魅力的な製品になることは少ないだろう。悪くすると、それはもはやファッションではなく、ただのコスプレアイテムになってしまう。

 しかし、数百年も前の物語や意匠を引用することもある高級時計の世界では、100年前の時計を復刻すれば、それはそのまま魅力的な製品として通用する。かように、ヘリテージの価値は、ファッションアイテムとは比較にならないほど高い。したがって高級時計の世界では、製品とヘリテージの関係を、責任を持って構築するヘリテージ・ディレクターの存在が不可欠なのだ。

 次回第2回、そしてそれに続く第3回では、現在、時計業界で活躍するヘリテージ・ディレクターたちと、その仕事ぶりを紹介する。


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