ドルチェ&ガッバーナ ミラノの自社工房で醸成される〝手作り精神〟の具現化

FEATURE本誌記事
2023.10.03

機械式ムーブメントが成熟の域に達し、ムーブメント開発による差別化が年々難しくなりつつある中、高級時計が次に目を向けたのが、文字盤やケースといった外装による独自性の発露であった。こうなると、ジュエラーやファッションメゾンなど、自社ブランドの哲学や世界観を具現化することに長けた非時計専業メーカーやブランドが俄然、強みを発揮する。ドルチェ&ガッバーナもそんな気を吐くメゾンのひとつだ。「ファット・ア・マーノ」=「手作り」をブランド哲学とする同メゾンのウォッチメイキングに迫る。

アルタ オロロジェリア ドン カルロ

アルタ オロロジェリア ドン カルロ
イタリア人作曲家のジュゼッペ・ヴェルディが創作したオペラ「ドン カルロ」に着想を得て製作された、ミニッツリピーターとフライングトゥールビヨンを搭載した複雑時計。6時位置のトゥールビヨンキャリッジはブランドロゴ「DG」をかたどる。ダイアルには翡翠を採用し、ケースカバーに9個、リュウズヘッドとミニッツリピーターのレバーにひとつずつ合計11個のエメラルドがあしらわれる。ケースカバーに施された精緻な透かし彫りは圧巻だ。ムーブメントの受けに施された彫金はミラノの工房で手彫りされる。手巻き(Cal.DG13.01)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約90時間。18KYGケース(直径46mm)。世界限定1本。参考価格1億752万5000円(税込み)。
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
鈴木幸也(本誌):取材・文 Edited & Text by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年11月号]


Embodying the spirit of “Fatto a Mano”

アルタ オロロジェリア ドン カルロ

 高級時計業界において非時計専業メーカーが存在感を高めている。イタリア・ミラノを拠点とするドルチェ&ガッバーナも、そうした潮流の中で、ブランドシグネチャーであるバロックとシシリアンスタイルの要素を巧みに盛り込んだ、豪奢にして繊細な意匠で、他社にはまねのできない圧倒的な存在感を放つ。

 その代表作が、2017年に発表された同メゾン初となる高級時計コレクション「アルタ オロロジェリア」。そして、19年より展開される「マニファットゥーラ イタリアーナ」である。前者はユニークピースのみのハイエンドラインであり、後者は各モデルわずか10本の少数生産モデルである。本誌も2022年3月にジュネーブで開催された新作展示会でその現物の造形美に触れて以来、同メゾンに注目してきた。

アルタ オロロジェリア レオーネ アラート

アルタ オロロジェリア レオーネ アラート
1925年頃にスイスのラ・ショー・ド・フォンで製作されたヴィンテージの機械式ムーブメントを搭載。修復の際、ミラノの工房ですべての受けに彫金が施された。「翼を持つライオン」というモデル名の通り、ヴェネツィアの象徴とされる有翼の獅子が彫金される。文字盤には3.83ctの深紅のルビーが採用され、ベゼルにあしらわれた42個のバゲットカットルビーと呼応する。手巻き(Cal.DG53.01)。15石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約32時間。18KYGケース(縦44×横38mm)。世界限定1本。参考価格2585万円(税込み)。

 搭載されるのは、スイスのサプライヤーとの共同開発によるエクスクルーシブムーブメントだが、「手作り」を意味する「ファット・ア・マーノ」をブランド哲学とするドルチェ&ガッバーナだけに、ミラノ自社工房では、服飾はもちろん、ハイジュエリーからハイエンドウォッチまで、職人の手作業によるクラフツマンシップに重きを置いた生産体制が貫かれている。言うまでもなく、この哲学は、同メゾンの中でも比較的新しいカテゴリーのウォッチメイキングにも脈々と受け継がれ、それが結実したのが、前述の「アルタ オロロジェリア」と「マニファットゥーラ イタリアーナ」である。

 搭載されるムーブメントこそスイス製だが、受けや地板に施されるブランドを象徴する造形や装飾、仕上げは、同メゾンのデザイナーとともにデザイン部門で細部に至るまで事細かに構築される。それを具現化するのは、ミラノにあるこの工房に集約された彫金師やジュエリーセッター、そして時計師たちだ。彼らが手作業で行う。故に、ドルチェ&ガッバーナのハイエンドウォッチは極めて少数生産であり、かつ独自の意匠に温かみのある滋味深い造形を顕現することができているのだろう。

ドルチェ&ガッバーナの時計工房

ドルチェ&ガッバーナの時計工房では、時計のデザインをはじめ、スイスでケーシングされた時計の検査・修理などが行われるが、ケースやラグなどの外装のプロトタイプも製作される。上は、CNCフライスマシンで切削されるプロトタイプのラグ。

 現在、同メゾンのハイエンドウォッチが搭載するのは、マイクロローター式自動巻きムーブメントと、トゥールビヨンなど、さまざまな複雑機構を備えた手巻きムーブメントである。スイスのムーブメントサプライヤーと共同開発された前者のマイクロローター式自動巻きムーブメントにおいては、ベースムーブメントの約48時間というパワーリザーブを50時間以上に延長した同メゾン専用ムーブメントだ。後者のトゥールビヨンなどの開発に関しては、複雑時計ながらも耐久性を追求し、さらに、ゴールド製のブリッジを採用して彫金を施すことで、パーソナライズを可能にし、少数生産の利点を生かして付加価値をいっそう高めている。こうしたパッケージングの巧みさは、むしろ時計専業メーカーではないファッションメゾンこその強みだろう。

「マニファットゥーラ イタリアーナ パレルモ」の外装パーツ

文字盤にラピスラズリを採用する「マニファットゥーラ イタリアーナ パレルモ」の外装パーツ。ゴールド製のベゼルとミドルケース、ダイアル外周部には手作業でエングレービングが施される。注目すべきは、文字盤中心部とスモールセコンド部にはめ込まれたラピスラズリが、自社工房でカットされることだ。
Cal.DG 01系

ドルチェ&ガッバーナの基幹ムーブメントであるマイクロローター自動巻きのCal.DG 01系。これは受けの全面に彫金が施された高級仕様。ジュネーブのパートナー会社MHCが同メゾンのために開発したエクスクルーシブムーブメントである。
ドルチェ&ガッバーナのフライングトゥールビヨンムーブメント

同じくHMCと共同開発したフライングトゥールビヨンムーブメント。ブリッジで支えられていないトゥールビヨンキャリッジにはブランドのイニシャルをかたどった「DG」のモチーフが配されるが、非対称なキャリッジを均一に回転させるには高度な技術力が要求される。

 そのパッケージングに長けたノウハウを裏で支える秘訣の一端も、ミラノの工房で垣間見ることができた。同メゾンでは、時計の専業メーカーよろしく、CNC切削マシンを自社工房に導入している。実際に、ここでは、先述したデザイン部門で作成された3D CADデータを基に、ケースやラグが切削され、驚くべきことに外装のプロトタイプが製作されているのだ。デザイン部門とひとつ屋根の下で外装の試作品を製造でき、すぐに微調整ができるからこそ、ブランド哲学と個性を的確に反映した緻密なデザインが具現化されるのだろう。加えて、同じ屋根の下に時計だけでなくハイジュエリーも手掛ける彫金師や宝飾職人たちがいるからこそ、緻密な造形に血の通った温かみが生まれるに違いない。

ドルチェ&ガッバーナのジュエリー工房

ドルチェ&ガッバーナのジュエリー工房。数名の職人がハイジュエリーとハイエンドウォッチに彫金を施す。時計のケースだけでなく、ムーブメントの受けなどにも手彫りでエングレービングされる。
ラグに彫金を施す様子

ラグに彫金を施す様子。ミラノの工房で手彫りされた外装やムーブメントはジュネーブの協力会社へ送られ、そこでケーシングされた後、またこの工房へ戻されて検査を受ける。

ドルチェ&ガッバーナの「オリーブのネックレス」

ジュエリー工房ではハイジュエリーの彫金も手掛ける。写真は「オリーブのネックレス」。

 ジュエリー工房では、数人の職人たちがハイジュエリーとハイエンドウォッチの彫金とジュエリーセッティングを手掛ける。彫金を専門に担当する女性の場合、基礎的な技術をアートスクールで学んだ後に入社。ここで一人前になるまでに8〜10年の経験と修練を積んで現在に至る。ここではジュエリーへの彫金はもちろん、ハイエンドウォッチの外装とムーブメントを彩る華やかでゴージャスなエングレービングも担っている。例えば、「マニファットゥーラ イタリアーナ ナポリ」のひとつのモデルのケースの彫金だけで、約3〜4カ月を要するという。

ラピスラズリをカットする様子

「マニファットゥーラ イタリアーナ パレルモ」のスモールダイアルに採用されるラピスラズリをカットする様子。ほかにも文字盤に使用するルビーなどの貴石も自社工房でカットされる。ルビーは硬いので、約102時間かけてレーザーで精密にカットされる。
ラピスラズリの切断面を研ぎ上げる様子

カットされたラピスラズリに金属の型を添えて、切断面にダイヤモンドパウダーを付けて研削盤で切断面を研ぎ上げる様子。

ダイヤモンドのチェックの様子

工房の宝石部門では、ダイヤモンドの大きさや質を目視でチェックして選別している。

 また、「マニファットゥーラ イタリアーナ パレルモ」の文字盤に使用するラピスラズリなどの半貴石も、自社工房内でカッティングしている。取材時は、ラピスラズリをカットする工程を見学できた。文字盤のスモールダイアル部に使用するため、薄くスライスされたラピスラズリに金属製の型を当てて、カットする部分に線を描き、その線に沿って、円盤状のカッターでラピスラズリを切断していく。時分表示の中心部とスモールセコンドを重ねた「8の字」状の形に薄いラピスラズリをカットするのは決して容易ではない。直線部がまったく存在しないからだ。「8の字」にラピスラズリをカットした後は、再び金属製の型を当てて、形を整えながら砥石で切断面を整えていく。ラピスラズリ単体だけだとわずか0.35mmの厚さしかなく、衝撃に対して割れやすいため、金属製の型を添えて研削する。型とラピスラズリを合わせた厚さは0.7mm。砥石にダイヤモンドパウダーをまぶしながら、電動カッターと研削盤以外はもちろんすべて手作業である。

マニファットゥーラ イタリアーナ ローマ

マニファットゥーラ イタリアーナ ローマ
「マニファットゥーラ イタリアーナ」コレクションは、ジュネーブの時計職人が組み立てたムーブメントに、イタリアの職人がエングレービングした外装を組み合わせたタイムピース。このモデルは古代ローマ帝国を想起させる月桂冠などのモチーフを随所にあしらう。自動巻き(Cal.DG01.01)。30石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約58時間。18KPGケース(直径42.5mm)。世界限定10本。参考価格522万5000円(税込み)。

マニファットゥーラ イタリアーナ ローマ

上の「マニファットゥーラ イタリアーナ ローマ」が搭載するドルチェ&ガッバーナの基幹ムーブメントCal.DG01.01。自動巻きにはマイクロローター式を採用。

 今や高級時計の世界においても手作業によるクラフツマンシップは最重要視されているが、文字盤に用いる半貴石まで自社でカットしている時計工房はほとんどないだろう。

 まさに文字通り「ファット・ア・マーノ」というブランド哲学が息づくドルチェ&ガッバーナのミラノの拠点工房。ひとりひとりの職人の手仕事が掌を通して、時計に宿る。その一瞬一瞬の積み重ねを大切にする精神が「ファット・ア・マーノ」そのものであり、それこそが、この稀少なタイムピースの真価と言える。

DG7

DG7
ドルチェ&ガッバーナのベーシックモデルである「DG7」に400個以上もの高品質なダイヤモンドを全面にセッティングしたスペシャルピース。ケースに224個、文字盤に132個、リュウズにはバゲットカット10個とローズカットを1個、クラスプには68個のダイヤモンドをあしらう。自動巻き(Cal.DG 01.01)。30石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約58時間。18KWGケース(直径43.5mm)。参考価格6545万円(税込み)。



Contact info: ドルチェ&ガッバーナ ジャパン Tel.03-6833-6099


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