熟成機を味わい尽くす

2016.12.02

 81年に登場した335も、秒カナの規制方法はジャガー・ルクルトに準じたものだった。当初の規制バネは、ジャガー・ルクルトと同じスティール製。しかし315からは、硬くて粘りのあるベリリウム合金製となった。理由は耐久性を高めるため。秒カナがスティール製、それを押さえる規制バネもスティールだと、どちらも均一に摩耗する。対してバネをベリリウム合金に改めると、摩耗するのはバネだけになる。もちろん長期間使用すれば交換の必要が生ずるが、秒カナは摩耗しにくくなる。筆者個人は、この秒カナをバネで押さえる規制方法を好まないが、315/324の規制バネは肉厚であり、既存品の中ではベストだ。

 ふたつ目のカレンダー機構の修正については、315/290からは、カレンダーを送るジャンパーのバネが太くされた。その結果、変形が起こりにくくなった。ジャンパーのバネを太くするとトルクは増え、日送り時のエラーは少なくなる。しかし増えたトルクを受けるため、カレンダー回りを強化する必要がある。地味だが、大手術と言えるだろう。

 なお81年にリリースされた335は、既存のパテック フィリップ製ムーブメントに比べて、明らかに整備性が優れていた。針合わせ機構やカレンダーのジャンパーは個別の受けで支えられ、不具合が発生しても手を入れやすくなっていた。しかしパテック フィリップの美意識は、分割された受けが見えることを好まなかったようだ。335は、日の裏側全面を飾り板で覆っていた。もっとも整備性を考えれば飾り板は無用であり、315では省略された。

Cal.324
直径:27.0mm/厚さ:3.30mm
巻き上げ:片方向巻き上げ
石数:29石 振動数:2万8800振動/時
パワーリザーブ:約45時間
初出:2004年
原型機:Cal.315(初出:1990年)
Cal.315の発展型となるCal.324。ハイビート化の他、2006年にはヒゲゼンマイにシリコン製のスピロマックスが採用された。パワーリザーブは短いが、動態精度は良く、姿勢差誤差も小さい。
ローターを外したCal.324(右)とさらに受けを外した状態(左)。テンプ受けの上にあるのが、コンパクトな自動巻き機構。負荷のかかる箇所に、ブッシュを噛ませるのがパテック フィリップ流だ。受けを外した状態では、サイズに比してかなりコンパクトな輪列と、秒カナを押さえる強固なベリリウム製の規制バネが見て取れる。

 そして最後は、主ゼンマイのトルク増強である。パテック フィリップというメーカーはテンプの振り角を重視してきた。細田氏曰く「とりわけパテック フィリップでは、T24(24時間後の振り角)が大事とのこと」。振り落ちを防ぐにはパワーリザーブを延ばすか、主ゼンマイのトルクを強くする必要がある。そこで同社は、315/290で主ゼンマイのトルクを増やし、また高振動版の324/390ではさらに増強した。なおそれぞれの香箱の側面には、290、390と刻印が入り、容易に判別できるようになっている。

 自動巻き機構のリファインも、振り角を落とさないための配慮のひとつに数えられる。「かつてはスティール製のボールベアリングでローターを支えていました。しかし324からはセラミックスに変更されています。315/190からは自動巻き機構に使われる巻き上げ車の歯先も変更されました」。加えて315/290からは3番車、4番車、秒カナに、抵抗の少ない歯形であるSPYR(スピール)が与えられた。これはジャガー・ルクルトやパテック フィリップなどが共同開発した新しい歯形で、標準的なNIHSから歯先のプロファイルが変更されており、トルクの伝達効率がさらに高まった。これは、主ゼンマイのトルク増強を受けての改良だろう。

香箱と手巻き機構、そして2番車と3番車を支える受けは一体化されている。粘りがあり割れにくい素材を、ブッシュに用いている。

正直なところ、315のパワーリザーブは、最新のムーブメントに比して長くはない。しかし主ゼンマイの強化や巻き上げ効率の改善により、最新版は卓越した動態精度を持つに至った。

 そして315から324への改良。大きな違いは、シリコンヒゲゼンマイであるスピロマックスの採用だ。しかし振動数を高めるため、4番車は54歯から72歯に変更された。

 81年の335と比べれば、形状こそ同じだが中身は大きく成熟された315/324。しかしここで疑問が浮かぶ。仮に過去の315を修理した場合、どの程度までアップデートに対応してくれるのだろうか?

 細田氏は即答する。「修理の際は香箱と秒カナのバネは交換します。加えて不具合がある場合、そういった部品は修理の際に最新型に変更します」。例えばローターを支えるベアリング。問題がある場合は、最新型のセラミックス製に交換するのだという。

 30年以上も前の基礎設計を継承する324。しかし細かなブラッシュアップが施された結果、今なお第一級の精度と信頼性を誇っている。加えて最新のムーブメントでは得がたい、滑らかなローターの回転や、雑味のない針合わせの感触などは、いかにも成熟機の風格ではないか。

 このムーブメントを、ヴィンテージと呼ぶには新しすぎるかもしれない。しかし重厚な設計と高精度を両立した324は、現行自動巻きの最高峰のひとつであり、将来のヴィンテージたるムーブメントの最右翼と言えるだろう。長い年月を経て完成したこのムーブメントは、得も言われぬ味わいに満ちている。(広田雅将:本誌)

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