時計業界の未来はアルノー兄弟が担うこと間違いナシ! 今後が楽しみなLVMH時計部門の新人事

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2024.01.15

2024年元日に発生した「令和6年能登半島地震」、2日の羽田空港での日本航空の旅客機と海上保安庁の航空機の衝突炎上事故と悲しいニュースが続く最中の1月5日、スイスから「時計業界の未来を拓く」LVMHグループのトップ人事が飛び込んできた。今回は“明るい”そのニュースをお届けする。

2023年3月27日~4月2日にスイス・ジュネーブで開催された「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」において、プレスカンファレンスを行う当時のタグ・ホイヤーCEOのフレデリック・アルノー氏(右から3人目)。
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
[2024年1月15日公開記事]


ベルナール・アルノー会長の三男フレデリック・アルノー氏がLVMH時計部門の責任者に

 2024年1月5日、タグ・ホイヤーはCEO(最高経営責任者)の交代を発表した。2020年にCEOに就任した、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH Moet Hennessy Louis Vuitton SE)グループの会長兼CEOベルナール・アルノー氏の三男フレデリック・アルノー氏が退任し、代わってゼニスのCEOだったジュリアン・トルナーレ氏がタグ・ホイヤーのCEOに就任。そして、フレデリック・アルノー氏は「ウブロ」「ゼニス」「タグ・ホイヤー」の3つの時計専業ブランドを統括するLVMHグループ時計部門の責任者に就任した。

 つまり、フレデリック氏は29歳にして、LVMHウォッチ&ジュエリー部門のトップであるステファン・ビアンキ氏に次ぐこの部門のナンバー2となり、時計専業ブランドをひとりで統括することになったのだ。このポジションは、かつてのジャン-クロード・ビバー氏のポジションに近いと言えるだろう。

フレデリック・アルノー

LVMHグループ創業者であり、会長兼CEOのベルナール・アルノー氏の三男で、現在29歳のフレデリック・アルノー氏。2017年、スマートウォッチブランド「コネクテッド」の責任者としてタグ・ホイヤーに入社し、2020年7月1日、当時25歳でタグ・ホイヤーCEOに就任。2024年1月5日、LVMHグループ時計部門の責任者に抜擢される。今後、グループ内の高級時計専業ブランドであるウブロ、ゼニス、タグ・ホイヤーを統括する。

 2023年春、フレデリック氏が時計専業ブランドのタグ・ホイヤーのCEOから宝飾・時計メゾンのブルガリのCEOにスライドするという噂が時計業界でまことしやかに流れた。だが、これは誤報だったことになる。

 それにしても、これほど財力と実力があり、これほど若手のトップマネジメントは時計業界にはいない。何しろフレデリック氏はいち時計ブランドの後継者ではなく、世界No.1のラグジュアリーブランドグループの後継者のひとりなのだ。

 時計業界では2015年前後から、1990年代から続く「機械式時計復活→高級時計ブーム」を担ってきたカリスマ的な、だが高齢の経営者から若手の経営者への世代交代が続いている。だが、オーナーのファミリーによる事業継承は後継者不在で難しくなる一方だ。経営者の多くが「雇われ」で、ジョブ・ホッピング(転職によるキャリアアップ)は日常茶飯事。しかし、こうしたトップマネジメントの頻繁な交代は、長期的な経営戦略が不可欠な時計事業にとっては大きなマイナスだ。


ファミリービジネスだから可能な「長期的でブレない」経営戦略

 そして、高級時計はもはや「時を知る道具」ではなく、ラグジュアリーなファッションアイテムだ。だが、その製作には高度な設備と高度な人材が欠かせない。そのためには他のファッションアイテムとは比較にならないほどの長期的な視野での経営が必要になる。中価格帯以下の時計は、機械加工技術の進歩とIT化で昔のような「職人頼み」ではなく作れるようになったとはいえ、それでもやはり精密機械。さらに宝飾時計や複雑時計のようなよりラグジュアリーで高価な時計作りには、昔以上に高度なサヴォアフェール(芸術的な職人技)が求められるようになっている。

タグ・ホイヤーのブース

「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」でのタグ・ホイヤーのブースの様子。2020年7月にフレデリック・アルノー氏がタグ・ホイヤーのCEOに就任して以降、2020年から2023年までの約3年間でタグ・ホイヤーのブランド規模は約1.5倍に成長したとされる。同時に、ブランドが目に見えて“若返った”。これもフレデリック氏の業績であることは間違いない。

 高級時計ビジネスは、目先の利益ばかり追求するやり方をすると必ず失敗する。長期的で「ブレない」経営&投資戦略が絶対に必要だ。その意味ではファミリービジネス(一族経営)が有利な面がある。筆者は1990年代から現在までオーナーの投資失敗やラグジュアリーブランドグループによる買収で経営者がいきなり交代した結果、トップブランドから転落した時計ブランドをいくつも見てきた。

 この点、ベルナール・アルノー氏が率いるLVMHグループの時計事業ほど、経営&経営戦略において「ブレない」体制が実現可能な時計コングロマリット(多種の事業を営む企業連合)は他にない。


時計宝飾事業を最重視している!? LVMH会長兼CEOベルナール・アルノー氏

 しかも、LVMHグループの会長兼CEOで、フレデリック・アルノー氏の父であるベルナール・アルノー氏は、ワイン&スピリッツ、ファッション&レザーグッズ、パフューム&コスメティクス、ウォッチ&ジュエリー、セレクティブ・リテーリングという5つの事業カテゴリーの中で、ウォッチ&ジュエリーの将来に期待しているのだと筆者は考えている。

 グループのトップであるベルナール・アルノー氏には四男一女、5人の子供たちがいて、彼らは全員、フランスでも最高のエリート校、グランゼコールの中でもNo.1の高等教育研究機関エコール・ポリテクニークを卒業した父と同じかそれに近い最高峰クラスの厳しい教育を受け、全員がLVMHグループ傘下の75メゾンのトップか、それに近い地位に就いている。この子供たちへの「帝王教育」も大きな話題だ。その中でも、ベルナール氏は5人の子供のうち、三男のフレデリック・アルノー氏と四男のジャン・アルノー氏、つまりふたりも時計事業に関わらせている。

ベルナール・アルノー氏の末っ子の四男にして、ルイ・ヴィトン ウォッチ部門ディレクターのジャン・アルノー氏。大学卒業後にルイ・ヴィトン ウォッチ部門のマーケティングおよびプロダクト・ディベロップメント・ディレクターに就任。2022年10月より現職。2023年7月には、パリのオルセー美術館において新生「タンブール」を発表し、ラグジュアリー業界の注目を集めた。

 タグ・ホイヤーでの成功を受けて今回、LVMHグループ傘下の時計専業ブランド3つを率いることになった三男フレデリック氏に加え、四男ジャン・アルノー氏も2021年8月にルイ・ヴィトンのウォッチ部門のマーケティング&製品開発ディレクターとして、並々ならぬ手腕を発揮している。ルイ・ヴィトンの複雑時計の製造と開発を担うウォッチメイキングアトリエ「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」を率いる伝説の時計師ミッシェル・ナバス氏らとともに複雑時計やラグジュアリースポーツウォッチの新生「タンブール」など、最新&最先端の機械式時計を続々と開発・発売してきた。

 また「ジェラルド・ジェンタ」「ダニエル・ロート」ブランドの復活プロジェクト、さらに、時計作りにおける革新を目指して時計業界におけるトップクリエーターの独立時計師を支援するアワード「ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズ」も創設した。

 実は筆者が直接インタビューした際にわかったのだが、現在25歳のジャン氏はアルノー家の中でも間違いなくNo.1の“時計オタク”。なにしろ子供の頃、最初に時計に興味を持った時計は父と一緒に訪れたパリのブルガリ ブティックで見た「ダニエル・ロート」ブランドのオートマタウォッチだそう。

 アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で数理ファイナンスの修士号を持つジャン氏だが、その前にロンドンのインペリアル・カレッジ・オブ・ロンドンの大学院で機械工学を学んだという、筋金入りのメカ好きでもあるのだ。

 三男フレデリック氏と四男ジャン氏は、LVMHグループを率いる父親のベルナール氏が5人の子供たちの中でも特に期待をかけている存在だという。一方、LVMHグループの2022年の投資家向け発表資料を見ると、グループの時計宝飾事業における純利益の比率は約10%。そんなふたりを時計事業に関わらせているのは、利益率の高い時計宝飾事業、中でも時計事業が今後、グループの未来を担う最重要事業だと考えているからだろう。


時計業界の未来はフレデリック&ジャン兄弟にあり!

 これはあくまで筆者の個人的な推測だが、ごく近い将来、三男フレデリック・アルノー氏と四男ジャン・アルノー氏のふたりがLVMHグループの時計宝飾事業を統括・指揮することは間違いない。そして、LVMHグループの時計宝飾事業は、リシュモン グループやスウォッチ グループ、ロレックスを凌駕する存在になる可能性が充分にある。

 さらに、このコラムをお読みの時計愛好家の皆さんは、特に“時計オタク”の四男ジャン・アルノー氏と、彼が関わる時計ブランドから目を離さない方がいい。絶対に。


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