時計経済観測所/スイス時計輸出、2023年も最高更新。高級品ブーム続く

2024.03.30

2023年は、世界の富裕層を中心に、高級品消費が活発だった。高級時計も例外ではなく、昨年のスイス時計輸出額は3年連続で過去最高を更新したようだ。一方で、各国の金利引き上げによって、世界経済の鈍化を懸念する声もある。24年、高級時計需要はどうなっていくのか。気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が、主要国の動向から、今年の展望を分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]


スイス時計輸出、2023年も最高更新。高級品ブーム続く

 高級時計需要のバロメーターであるスイス時計の世界向け輸出額が2023年も過去最高を更新した模様だ。本稿執筆時点ではスイス時計協会(FH)の年間統計データはまだ公表されていないが、1月から11月までの累計が前年の年間輸出額に迫っており、12月分を加えると最高を更新するのは確実だ。米国を中心とする好景気によって高級時計など貴金属・宝飾品の需要が引き続き旺盛で、富裕層を中心とする世界的な消費拡大が続いている。

 スイス時計の輸出額は23年1月から11月までの累計で245億9570万スイスフラン(約4兆1878億円)と前年同期間に比べて7.7%増加した。22年の年間輸出額248億5910万スイスフランに、すでにほぼ肩を並べており、23年は年間でこれを大きく上回ったと見られる。スイス時計の輸出は19年に217億1770万スイスフランの過去最高を記録した後、新型コロナウイルスの蔓延による経済活動の凍結で20年には169億9970万スイスフランと一気に21.7%も落ち込んだ。これが21年には急回復して過去最高を更新、22年も前年を上回っていた。23年は3年連続で過去最高ということになる。

 輸出先のトップは米国。22年は空前の消費ブームでスイス時計の輸出も前年比26%増と大幅に増えた。23年は好景気と物価上昇を抑えるために、米FRB(連邦準備制度理事会)が政策金利を相次いで引き上げた影響で景気の減速が懸念されたが、高級品消費に関しては引き続き好調だった。11月までの累計では前年同期間に比べて6.6%増えた。

高級品消費に追い風

 米国のみならず、世界全体が高級品消費に沸いた。スイス時計の主要な輸出先25カ国・地域のうち、前年に比べてマイナスになったのは韓国とカタール、バーレーンの3カ国のみ。高級時計需要から見ると、世界経済は順調に推移しているように見える。国際通貨基金(IMF)の23年10月時点の予測では、22年に実質GDP(国内総生産)が3.5%の成長だった世界経済は、23年は3.0%程度の成長となり、24年は2.9%になるとしている。主要国の金利引き上げもあって世界経済は緩やかに鈍化していくという見方だが、実質約3%成長という底堅い伸びが続くとも言える。

 世界的に物価上昇が続いているが、これも高級品消費に引き続き追い風になりそうだ。欧米では物価上昇とともに賃金の引き上げも続いており、消費が失速する懸念は強くない。特に高額品を消費する富裕層の消費意欲は減退していない。賃金が増えない庶民は物価上昇で生活が厳しくなり消費を抑える行動に出ているが、富裕層はむしろ収入が増えている。

 また、物価上昇に伴って、株式や不動産などの資産価格が大幅に上昇しており、富裕層の資産はかつてない増加を見せている。貧富の格差拡大など社会問題は大きくなるものの、富裕層による高級品消費は24年以降もさらに盛り上がりを見せることになりそうだ。

高級品需要は底堅い中国市場

 最大の懸念だった中国のバブル崩壊に伴う景気失速も、高級品需要の観点からは底堅さが見えている。不動産会社の経営危機や、地方政府の財政悪化、若年層の失業の増加といった中国経済の根幹を揺るがす問題は解決していないものの、スイス時計輸出で見る限り、富裕層の消費は戻ってきているようだ。

 中国大陸向けスイス時計輸出は11月までの累計で7.8%増と、米国向けの6.6%増よりも率では上回っている。22年の落ち込みが大きかったため、21年の水準にはまだ達していないが、底割れが続くような状況にはない。習近平体制による富裕層の締め付け強化で、富裕層の資産が国外逃避していると言われてきたが、政府による締め付けがやや緩んでいる可能性もある。

 香港経済も持ち直してきた可能性がある。香港向けスイス時計の輸出額は11月までの累計で前年同期比24.0%の増加と大きく伸びている。国家安全維持法の施行による民主派勢力の一掃などが一段落したことで、中国大陸との商取引が再び活発になってきたと見ることもできる。高級時計を取り巻く経済環境は24年も追い風が吹く状況が続くと見て良さそうだ。


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