スピニカーのハイエンドシリーズに位置付けられる「テセイ」の限定モデルである「テセイ フォージド カーボン オートマチック」をインプレッションする。トピックスは、その名の通り、フォージドカーボンをベゼルインサートと文字盤に採用している点と、蓄光塗料が時計全体に施されている点で、フォージドカーボン特有のテクスチャーを「澄み渡った冬の高原に見られるようなフロスト(霜)」に見立ててデザインコンセプトとしている。本作の奇抜なデザインと手堅い仕上がりについて詳しく見てゆこう。
自動巻き(Cal.NH35)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約41時間。SSケース(直径43mm、厚さ16.5mm)。300m防水。世界限定200本。9万3500円(税込み)。
Text and Photographs by Shin-ichi Sato
[2025年5月20日公開記事]
フォージドカーボンを採用したスピニカーのハイエンドシリーズ「テセイ」
今回インプレッションするのは、スピニカーのハイエンドシリーズに位置付けられる「テセイ」の限定モデルである「テセイ フォージド カーボン オートマチック」だ。スピニカーはイタリア発のブランドで、ヨットやフリーダイビングなどのマリンスポーツをテーマとしたスポーツウォッチをラインナップに並べる点が特徴だ。2019年に日本上陸を果たしている。
いずれのモデルもトラディショナルなダイバーズウォッチのデザインに根差しながら、1970年代テイストを取り入れた「デュマ」、モダンな「ハス」、コンプレッサーケースへのオマージュである「ブラッドナー」、筆者が以前インプレッションした550m防水と大型かつドーム型風防がアイコンの「ピカール」等の、ひとひねりのあるモデルの他、『クロノス日本版』編集部の大橋洋介が自身で購入したネッシーをテーマとするモデルといった、ポップでユーモラスなモデルもそろっている。
本作のトピックスは、フォージドカーボンを採用している点と、蓄光塗料が時計全体に施されている点である。そして、デザインコンセプトは「澄み渡った冬の高原に見られるようなフロスト(霜)」だ。一見、関連性のなさそうなそれぞれのポイントについて紹介してゆこう。
フォージドカーボンの歴史と特徴
“鍛造されたカーボン”を意味するフォージドカーボンは、炭素繊維と樹脂を混合して、高温高圧でプレスしながら成型して作られるものである。時計業界では、2007年にオーデマ ピゲが「ロイヤル オーク オフショア」シリーズに用いたのが初期とされており、これは他業界を見回してもかなり早い。というのも、カーボン素材を積極的に採用するランボルギーニであっても、「フォージドコンポジット」の名でフォージドカーボン製モノコックシェルを「アヴェンタドール LP700-4」に採用したのが2011年であるからだ。
フォージドカーボンよりも古くから用いられており、“カーボン”と聞いて一般的にイメージされる“繊維の織目が見える素材”は炭素繊維強化プラスチック(CFRP)と呼ばれるものである。見た目の通り、長い炭素繊維を並べてシート状に織った上で、樹脂によって固めて成型される。この製造工程の都合により、厚い部品を製作するにはシートを積層する必要があり、これがデザインの制約となることがある。
これに対してフォージドカーボンは、短く砕いたカーボンファイバーに樹脂を含侵させて成型するため、厚さのある複雑な形状の部品を製造しやすいことが特徴だ。また、機械加工性に優れる点もメリットである。カーボンファイバーを砕いてランダムに配置する製造方法により、金属結晶や鉱石のようなマーブルパターンが生まれることが外観上の特徴で、これがCFRPと大きく異なるものとして注目されている。
テセイに採用されたフォージドカーボン
スピニカーは、フォージドカーボン特有のマーブルパターンの魅力に着目し、それを際立たせるようにテセイ フォージド カーボン オートマチックへ採用している。フォージドカーボンが用いられているのは、ベゼルインサートと、文字盤およびインデックスを配したリング部品である。
ベゼルインサート部には、蓄光塗料を含むホワイトの樹脂を混ぜ込んでおり、マーブルパターンを強調した仕上がりとなっている。また、暗所では発光して“ゆらぎ”のような模様が浮き出る様が見て取れる。
文字盤部はカーボンらしいブラックの色調がベースとなっており、室内灯の環境ではわずかにカーボンのテクスチャーが見て取れる仕上がりである。印象が変わるのが晴れた日に屋外に出た時で、平坦に見えていた文字盤表面に、カーボンの断片が立体的に重なっている様が浮かび上がっていた。そして、ここにも蓄光塗料が混ぜ込まれており、塗料が発光するとカーボンのテクスチャーが際立つ仕上がりとなっている。
これらのカーボンの断片と発光する蓄光塗料の様を、本作では「澄み渡った冬の高原に見られるようなフロスト(霜)」に見立て、デザインコンセプトとしている。
蓄光塗料をストラップにも採用
このようなデザインコンセプトを反映し、ストック状態で組み合わされるホワイトのラバーストラップにも蓄光塗料が混ぜ込まれている。ストラップにも蓄光を施す手法は、ロジェ・デュブイが採用したことがあると記憶するが、採用事例が少ないのは間違いない。
面白いと感じたのが蓄光の混ぜ込み方で、均一ではなくて濃淡をつけることでフロストのようなきらめきを生み出している。単純な濃淡なのか、蓄光塗料の粒が埋まっている深さの差なのか分からなかったが、明るく発光する部分と、それよりも控えめに発光する部分で奥行きを感じ取れ、立体感につながっていた。

そしてさらに特徴的であるのが、付属する交換用のナイロンストラップも全面が蓄光仕様となっている点である。全面が蓄光仕様のナイロンストラップというのは記憶にない(蓄光のラインが施されたものは見たことがある)し、標準のストラップと付属のストラップの両方が蓄光仕様というのは世界初ではないか? と筆者は予想するが、それを確認する術はなさそうだ。
特徴となる発光の様子は、意外にもジェントル
筆者は、本作を受け取って何気なくテーブルに置き、室内の蛍光灯の灯りの下にしばらく放置した後に室内の灯りを消した時、驚いた。暗闇に発光したストラップが明るく浮かび上がっていたのだ。それぐらいにストラップの発光ははっきりとしていて分かりやすい。ベゼルインサートに刻まれた分スケールの発光も明確で、視認性を確保してくれる。このスケールの彫り込みはキレがあって見栄えも良かった。フォージドカーボンの加工性の良さが反映されているだろう。
一方、室内灯レベルの照度での蓄光では、文字盤部はカーボンの断片を浮かび上がらせながらぼんやりと発光する程度と控えめである。文字盤部が発光することで、視認性を助けるという意見と、インデックスや針とのコントラストが低下するという意見が上がると予想されるが、筆者は本作に対しては視認性を助けてくれると感じた。希望を述べれば、針とインデックスは、もう少し蓄光性能を高めてくれた方がうれしいところだ。
インプレッションを行ったのが5月初旬であり、これから強くなる陽射しにさらされた時にどうなるかは未知数である。ただし、しばらく使ってみた感想から、視認性が極端に低下するような本作特有の困りごとは生じないのではないか? と予想する。例外としては、快晴の夏場に本作を着用して映画館に入った際には、スマートフォンをオフするのと同時に本作をバッグに入れた方が良いかもしれない。
視認性を高めるテセイ独自の文字盤デザイン
文字盤デザインに再度注目してみる。インデックスの高さがあり、時針はインデックスの天面よりも低いところを周回している。そして、分針はインデックス天面の上ぎりぎりを周回する構造となっている。これらにより、時針は文字盤に近い低い位置となり、しかもインデックスと対向することで視認性を高めており、分針はインデックスと高さが近くなって、こちらも視認性を高めて読み取り誤差を小さく抑えている。
当初、他の時計とは見え方が異なるという何かしらの違和感を覚えつつ、時間の読み取りやすさを感じていた。他の時計と見比べる中で、その理由がこのインデックスと針の高低差にあると気が付いた。ダイバーズウォッチを得意とする他社のデザインを改めて見直すと、インデックスと針を近づける取り組みは見られるものの、近年のモデルで本作と全く同じものは見当たらず、これはスピニカーとテセイのオリジナリティーと評価して良いだろう。
ストラップの仕上がりの良さによって着用感は合格点
ケース径は43mm、時計仕上がり厚さは16.5mmである。ミドルケースを薄手に仕立てて、ややクラシカルな印象のあるシルエットとしているためか、数値よりも薄く見える。装着してみると、ラバーストラップは柔軟でフィット感が良く、サラッとした肌触りで快適だ。ストラップの裏側には波形の凹凸が設けられており、これがグリップするのか、それなりに大きな時計本体をしっかりと保持してくれるように感じた。ラバーストラップ採用による軽量化も着用感の向上に寄与していそうだ。一方で、ミドルケースが薄くてケースバックの飛び出しが大きく、ラグの下方向への曲げも少ないため、ラグ部にやや浮きが生じた。
以上を総合して、着用感は合格点だが優良とは言えないレベルであり、手首の細い方には試着を強く推奨すると評価したい。ナイロンストラップに交換することで、フィット感は向上するものの腰高になる傾向もあるため、手に入れたオーナーは色々と試してみると面白いだろう。
手堅い仕立てと基本性能
ケースサイドの面、および面の境界の稜線は整っており、見栄えが良い。回転ベゼルの遊びは少なく、回すとカチカチと明確なクリック感とともに回転する。ベゼルエッジの刻みは肌触りが柔らかくて優しさがあり、筆者の好みであった。また、本作は300mの高い防水性能を備えるほか、9時位置にはヘリウムエスケープバルブを備えて、飽和潜水に対応している。
搭載する自動巻きムーブメントはセイコー製のCal.NH35であり、その信頼性の高さには定評がある。パワーリザーブは約41時間と、現代基準では長いとは言えないが必要十分だと感じたし、巻き上げ効率が高いのか、思ったよりも長時間にわたって稼働を続けてくれた。
本作のオリジナリティーと満足度のバランス
本作は9万3500円(税込み)で、世界限定200本となる。フォージドカーボンを採用していること、奇抜と言ってよい蓄光塗料を全面採用したデザイン、手堅い仕立てを考えると、この価格は魅力的であると感じた。そう感じた理由には、パッケージングが魅力的である点も含まれる。本作は防水性と耐衝撃性の高そうなハードケースに収められてオーナーの手元に届き、このケースの質感が高くて、長く活用できそうであったのだ。

筆者は、先日のピカールのインプレッションで、「(スピニカーは)こういうモデルがひとつぐらいあっても良いじゃないか、と楽しみながら、(中略)完成させたのではなかろうか」と述べた。本作にもそれは当てはまり、フォージドカーボンと蓄光塗料の組み合わせと、“フロスト”を結び付け、商品コンセプトにうまく落とし込んでいるし、実用的で手頃な価格のツールウォッチという軸を外していない点が魅力であった。スピニカーの魅力は、このバランス感覚と実直な物作りであると筆者は確信したのであった。