挑戦のための挑戦。ノルケインが打ち立てる高級時計市場での成長戦略とは?

FEATUREその他
2025.06.06

近年の時計市場の潮流として、独立した経営をする新興ブランドへの注目度の高さが挙げられる。そんな“独立系ブランド”の中でも、大きな成功を収めているのがノルケインだ。景気減速が懸念される高級時計市場にあっても成長への勢いを見せる、同社の戦略とは? 副社長のトビアス・カッファーに話を聞いた。

岡村昌宏:写真
Photographs by Masahiro Okamura (CROSSOVER)
鶴岡智恵子(クロノス日本版):取材・文
Text by Chieko Tsuruoka(Chronos-Japan)
[2024年6月6日公開記事]


スイス・ノルケインの副社長、トビアス・カッファーが新作「ワイルドワン」とともに来日

 ノルケインは2018年、ベン・カッファーによって創業されたブランドだ。ふたつの「N」を並べたブランドロゴは、ノルケインが誕生したスイスアルプスの山の頂を表現しており、ブランド理念として「勇敢な登山家精神と共鳴する」ことを掲げる。その考え方はプロダクトにも表れており、「アドベンチャー」「フリーダム」、そして近年のノルケインウォッチの中心的な存在となっている「ワイルドワン」が属する「インディペンデンス」の3つを主軸に展開されるコレクションのすべてが、例えば登山のような過酷な環境でも使えるような堅牢性を備えたスポーツウォッチとなっている。

 このノルケインの副社長であり、創業者の実弟であるトビアス・カッファーが来日した。

トビアス・カッファー
1988年、スイス生まれ。スイスのノルケインで副社長を務め、セールスも担当する。2013年にルイ・エラールに入社。スイスのジュエリーメーカー、ギベルグでインターナショナルセールスディレクターを務めた後、2021年5月から現職。父は20年以上にわたってスイス時計協会(FH)の取締役会メンバーを務めるマーク・カッファー。

 今回の来日に当たり、トビアス・カッファーは、2025年の新作「ワイルドワン スケルトン 39mm」を携えてきた。この新作腕時計の詳細は別途webChronosで深掘りするが、本作の開発動機を聞くと、現在のノルケインの成功、そして難しい状況の現在の高級時計市場における、同社の成長戦略が見えてくる。

ワイルドワン スケルトン 39mm

ノルケイン「ワイルドワン スケルトン 39mm」
自動巻き(Cal.NO8S)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約41時間。ノルテックケース(直径39mm、厚さ11.75mm)。200m防水。ハイパーピンク、パープル アイス ブルー、スカイ ブルーは各92万4000円、世界限定400本のミント グリーンは93万5000円(いずれも税込み)。


挑戦こそ、ノルケインの戦略

 新しいワイルドワン スケルトン 39mmについて、そして経営について話を聞く中で、「挑戦」こそがノルケインの戦略であると感じた。

数々の挑戦によって実現した、新しいワイルドワン

 ワイルドワンは2022年に登場したコレクションだ。同年、ジャン-クロード・ビバーがノルケインに経営参画しており、ビバーとともにデザインおよびコンセプトを共同開発したものである。ワイルドワンの最大の特徴は、機械式腕時計でありながら、5000Gの耐衝撃テストをクリアしていることだ。この堅牢性を実現するのが、サンドイッチ構造のケースである。チタンを成形したコンテナでムーブメントを包み、そのコンテナをラバー製のショックアブソーバーとともにNORTEQ(ノルテック)という独自に開発したカーボン複合素材で出来たケージで挟んでおり、この構造によって耐衝撃性、そしてその堅牢性からは想像もつかないような軽量さを獲得している。

創業から一貫して、機械式時計の楽しさも追求してきたノルケイン。機械式時計というと、繊細に取り扱わなければならないという印象を持つユーザーも少なくないだろうが、そんな中でワイルドワンのような耐衝撃性を持ったモデルの存在は、初めて機械式を中心とした高級腕時計を所有するユーザーにとって、良い選択肢となる。

 このケースおよび素材は、BIWIというメーカーが開発した。なお、BIWIは、ビバーが大ヒットへと導いたウブロの「ビッグ・バン」の、最初のモデルを手掛けたメーカーだ。

 そんなワイルドワンから、今回初めてリリースされた直径39mmの小径モデル。小径化が時計業界のトレンドである現在、人気コレクションからアンダー40mm径のケースを持った新作モデルを打ち出すというのは、マーケティングとしては手堅く、安全だ。もちろんそういった、市場のニーズを見据えてのこともあっただろう。しかし特殊なケースを持つワイルドワンの小径化は決して簡単ではなく、新サイズの投入には、同社の攻めの姿勢が表れていた。

インタビュー時のトビアス・カッファーの手首からは、2024年発表の「ワイルドワン スケルトン 42MM ゴールド」がのぞく。このモデルは18Kレッドゴールド製ケース(ケーストップはPX impact®ゴールド)でありながらも、5000Gの耐衝撃性を維持している。

「ケースを小さくしたのは、『挑戦』したかったからです。結論としては、技術的欲求なんです。ワイルドワンのケースは全部で25のコンポーネントで出来ているので複雑です。また、このケースを切削するためのツーリング(工作機械の主軸と切削工具を接続するための接続機器=アダプターのこと)は13個必要です。一般的に腕時計のケースを製造する際に必要なツーリングは、ひとつかふたつです。今回39mmサイズにするだけで、13個すべてのツーリングを設計し直して、新しいものにしました。また、42mm径のモデルと同様の耐衝撃性能を実現するために、一から構造を見直さなくてはならなかったことも、技術的に大きなハードルとなりました。ムーブメントを包むチタン製コンテナも、そのコンテナに噛ませるショックアブソーバーの位置やサイズも、すべて新設計なんですよ」

 なお、小経化に伴い、軽量化も実現しているという。NORTEQの採用によって、もともと42mm径モデルも78gと、機械式腕時計としては極めて軽量であったが、39mm径モデルは64g(ショートストラップを備えたモデルだと55g)となった。

「私たちが目指しているのは『アルティメートメカニカルスポーツウォッチ(究極の機械式腕時計)の頂点』ですからね。どんな衝撃にも耐えられて、どんなスポーツにも使えるのであれば、軽ければ軽いに越したことはありません。自分たちは今後も、もっともっと挑戦して、もっともっと技術を追い込んでいきますよ」

4本発売されたワイルドワン スケルトン 39mmのうち、「ワイルドワン スケルトン 39mm ミント グリーン」のみ400本の限定生産となる。ほかのモデルとの違いは、ブラックルテニウム仕上げのムーブメントを搭載していることである。

「挑戦」のために重要視する、つくり手とのパートナーシップ

 トビアス・カッファーは「挑戦」のためには、つくり手とのパートナーシップがとても大切であることも強調した。

 ノルケインはすべてのサプライヤーを公開している稀有なブランドだ。ケースや素材の開発を行うBIWI、そのケースの組み立てやコンテナ製造を担うMRP、ムーブメントの開発・製造を担当するセリタといったように、どの工程にどのサプライヤーが関わっているか、ユーザーは知ることができる。ノルケインのこのやり方は、ユーザーに対して透明性を約束するのみならず、サプライヤーに敬意を払うことにもつながっているのだと、彼の話から感じられた。

「透明性をとても重要視しています。どこで製造しているのかをユーザーにオープンにしているという前提で(サプライヤーとの)関係性について語っています。この点は、他の時計ブランドと大きく異なります。また、我々の本社(ビール/ビエンヌ)はサプライヤーの工場と距離が近いことが強みです。なぜなら情熱を完全に共有できるためです。もちろん、情報もすべて共有しますよ。例えば普通のメーカーとサプライヤーであれば、『メーカーはつくりたい製品の仕様を伝えて、サプライヤーは値段を伝えて、納品する』といった関係になります。しかし我々は、すべての製造工程、そして我々の製品への思いを共有します」

ブランドとサプライヤーという関係性のみならず、人と人としての付き合いを大切にしているということを、楽しそうに話してくれたトビアス・カッファー。4月に開催されたウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブのノルケインのブースには、ユーザーやメディアのみならず、多くのサプライヤーが頻繁に訪れて、会話を楽しんだという。

 ブランドとサプライヤーの物理的な距離が近いだけでなく、ビジネスにおけるお互いのマインドの距離も近い。

「パートナーのサプライヤーは、ノルケインと同じく独立企業です。また、私とCEOである兄のベンと同世代の経営者も多く、共に“ネクストジェネレーション”として、同じ目標や志を共有しているのです」

ノルケインが確信する成長

 景気後退が懸念される現在の高級時計市場。あまりチャレンジングなことをせず、手堅い施策によって舵取りしている時計ブランドは少なくない。しかしトビアス・カッファーは、「厳しい外的要因はあります」と前置きしつつも、挑戦をやめない姿勢を語った。

「昨年の売り上げは、前年比で40%のプラスとなりました。2025年の四半期時点で、同じくらいのペースで成長しています。確かに現在のマーケットに厳しい外的要因はあります。しかし、我々のような独立系ブランドへの注目度が高まっていることが追い風になっています。ユーザーはメジャーなものよりユニークなものを、そしてほかにはない価値を求めていると感じます。この機運に乗るため、そして挑戦していくために、今後もイノベーティブなプロダクトをつくっていきたいです。加えて、我々は腕時計そのものだけではなく、ノルケインの背景にあるストーリーや生き方を伝えてきました。もちろんプロダクトそのものが重要ですが、(ノルケイン製品の)購入者はいわば我々の“ファミリー”で、“ファミリー”としてこういった我々のスピリットに共感してくれているので、(現在の高級時計市場に対して)懸念はしていません」

 市場の動向を見て、減産したり増産したりするといったことも考えていないという。

「短期間での目標は設定していないんです。独立企業だから、株主からのプレッシャーもありませんしね。ただ、長期戦略としての目標、つまり何に挑戦するかは決めていますよ。2027年に発表する予定のモデルも、すでに計画しています。何を出すかは教えられないけど(笑)」

ノルケイン「インディペンデンス・スケルトン・クロノ 42mm パープル」Ref.NNT3200C/P320/322CHPR.20TN
今回のインタビューでは、今年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで発表された、フライバッククロノグラフを搭載した「インディペンデンス・スケルトン・クロノ」も見ることができた。自動巻き(Cal.NK24/1)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約62時間。Tiケース(直径42mm、厚さ13.9mm)。100m防水。116万6000円(税込み)。

今回のインタビューの様子を撮影してくれたフォトグラファーの岡村昌宏氏と、帰り道で「トビアス・カッファーはとてもアグレッシブで、情熱を感じる人でしたね」という話題になった。経営顧問のジャン-クロード・ビバーからも「ものすごいパワー、パッション。昔の自分を見ているようだ」と言われるらしい。


今後の展開を楽しみにさせるインタビュー

 ノルケインの副社長、トビアス・カッファーをインタビューした。

 高級時計市場の成長鈍化が懸念される中にあっても「追い風が吹いている」として、挑戦の手を止めない彼のブランド戦略は、プロダクトそのものと併せて、他社にはないユニークなキャラクターとなっている。こういった独創性を貫けるのは、自社製品、そしてそれらをつくり上げるサプライヤーというパートナーへの信頼に支えられているからだ。

 ノルケインのようなやり方は、市場が成熟し、ユーザーの多様化が進むこれからの時計業界において、ひとつのロールモデルとなるだろう。ユニークな選択肢が増えるのは、ユーザーにとっては望むところだ。ノルケインは独立系ブランドのリーディングカンパニーとして、今後もさまざまな「挑戦」を見せてくれることだろう。



Contact info: ノルケインジャパン Tel.03-6864-3876


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