まだまだ数の少ない、女性用の機械式時計。理由は、多くの女性のライフスタイルに「機械式」時計が合いにくいためだ。しかしいくつかのメーカーは、十分使える機械式の“エンジン”を作るようになった。今年ブルガリが加えたのは、女性用新型自動巻きの「BVS100 レディ ソロテンポ」。ひょっとしてこれは多くの女性に、機械式時計への扉を開くきっかけとなるかもしれない。
Photographs by Senta Murayama
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[2025年6月17日公開記事]
そもそも、なぜ女性用の機械式腕時計は少ないのか?
2025年にブルガリがリリースした新型自動巻きムーブメント「BVS100 レディ ソロテンポ」を搭載したモデル。ほかにもブレスレットの巻き数が1連の、より実用的なモデルもある。自動巻き(Cal.BVS100 レディ ソロテンポ)。28石。パワーリザーブ約50時間。18KPGケース(直径35mm)。30m防水。808万5000円(税込み)。
女性用の腕時計に機械式が少ない理由はいくつもある。まずは主ゼンマイがほどけるとすぐ止まってしまうこと。そしてそのたびにリュウズを引っ張り出して時間を合わせる手間のかかること。加えてクォーツに比べて複雑なため、価格も安くないこと。純粋な実用品として考えると、機械式ではくクォーツに軍配が上がるのは間違いない。
現在、多くの機械式時計は、ローター(半円状の重り)が回って主ゼンマイを巻き上げる自動巻きムーブメントを採用する。巻き上げるには、腕を振ってローターを回す必要があるが、デスクワーク中心のユーザーなどが使うと、ローターが十分回らず巻き上げが不足しがちだ。最近の自動巻きでは起こりにくくなったが、ちゃんと腕を振らないと巻き上がらないのは今なお自動巻きの弱点だ。加えてサイズが小さく、ローターを大きく重くできない女性用の自動巻きは、主ゼンマイの巻き上げがいっそう不足したのである。
と考えれば、各メーカーが女性用自動巻きの開発におよび腰だったのは当然だろう。仮に女性用の機械式時計を作るにしても、男性用モデルの見た目を変えて、お茶を濁すのがせいぜいだったのである。筆者が見るに、かつて女性用の自動巻きムーブメントで実用できたのは、ロレックスやブレゲ、ブランパンやハリー・ウィンストン程度しかなかったのではないか。しかし時代は変わった。今やオメガやシャネル、そしてショパールなども、小径にもかかわらず、よく巻き上がる自動巻きムーブメントを採用するようになったのである。そして今年は、そこにブルガリも加わった。今やブルガリは自社製ムーブメントを作るマニュファクチュールとなったが、まさか難易度の高い女性用自動巻きを作るとは、誰が想像しただろう?
ブルガリの新しい自動巻きムーブメント「BVS100 レディ ソロテンポ」

今年、ブルガリが発表した「BVS100 レディ ソロテンポ」は、広く使われることを前提とした全く新しい自動巻きムーブメントだ。デザイン統括のファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニは「ムーブメントの設計にあたっては、まず(主ゼンマイを納める)香箱のサイズから考えた」と説明する。理由は、できるだけ長い主ゼンマイでパワーリザーブを伸ばすため。直径19mm、厚さ3.9mmという小さなサイズにもかかわらず、パワーリザーブはなんと約50時間もある。普通、このサイズの女性用ムーブメントはせいぜい40時間程度のパワーリザーブしか持てない。しかしブルガリは、週末放っておいても止まらないだけの長い駆動時間を与えたのである。
もうひとつのポイントは大きな「心臓」だ。機械式時計の正確さを決める大きな要因に、テンプといわれる部品がある。これは大きいほど正確に時を刻むが、大きすぎるとエネルギーのロスが大きくなる。しかし設計を見直し、部品の抵抗を減らすことで、BVS100 レディ ソロテンポはムーブメントの約半分を占めるほど大きなテンプを持てるようになったのである。そして、テンプを上から支える部品(受けという)を、左右でサポートする形に改めることで、耐衝撃性も高めている。

自動巻き機構も新しい。現在、多くの女性用自動巻きは、ローターの片方向回転で主ゼンマイを巻き上げる片方向巻き上げ式を採用している。これは巻き上げ効率が高い反面、主ゼンマイを巻かない方向ではローターが空転して、不快な振動や音が生じてしまう。今の自動巻きでは押さえられているものの、根治は難しい。感触を考えると理想はローターの両回転で主ゼンマイを巻き上げる両方向巻き上げ式だが、採用は一部のメーカーに限られる。事実、女性用の小さな自動巻きで、両方向巻き上げ式を採用するのは、ロレックス、オメガ、グランドセイコー、そしてシャネルぐらいしかないのである。今回ブルガリが採用したのは、なんとその両方向自動巻きだ。
小さなムーブメントに両方向巻き上げ自動巻きを合わせるのは、技術的に難しいとされている。主ゼンマイを巻き上げるローターを重くすれば採用は可能だが、そもそも小さな女性用ムーブメントには合わせにくい。仮に載せられても、どうしても厚みが増して、時計として不格好になってしまうだろう。対してブルガリは重いタングステン合金でローターを作り、それを一体成形することで、薄くて小さなBVS100に、両方向巻き上げ自動巻きを加えることに成功した。ブルガリのCEOであるジャン-クリストフ・ババンが「薄く見せるような設計を心がけた」と自慢したのも、薄いローターを見れば納得だ。
またこのムーブメントには、機械式時計に不慣れなユーザーでも壊さないような配慮が加えられた。そのひとつが、時間を合わせるための針合わせ機構だ。オシドリやカンヌキと言われる部品は、ムーブメントのサイズに対して明らかに大きい。そのため仮にリュウズを乱暴に引っ張り出しても、ムーブメントへのダメージは少ないだろう。また簡単に回せるよう、リュウズの角も丁寧に落とされている。女性用の時計を作り慣れた、ブルガリらしい配慮だ。
新時代の女性用自動巻きと呼ぶにふさわしいBVS100 レディ ソロテンポ。しかもこのムーブメントはブルガリ専用ではないのである。同社の説明によると「将来的にこのムーブメントは(同じグループ会社の)ゼニスで生産される」とのこと。つまりブルガリと同じLVMHグループに属する、ゼニスやウブロ、そしてタグ・ホイヤーやティファニーなどもBVS100 レディ ソロテンポを使う可能性があるわけだ。あくまで可能性があるというだけだが、仮にLVMH グループの各社がこの優れた自動巻きムーブメントを使うようにると、女性にも機械式時計が一気に普及するかもしれない。密かにリリースされたBVS100 レディ ソロテンポだが、実のところ、それぐらいの可能性に満ちたムーブメントなのである。
自動巻きを搭載するセルペンティ セドゥットーリ。ブルガリの本気を示すかのように、一挙になんと7モデルもリリースされた。自動巻き(Cal.BVS100 レディ ソロテンポ)。28石。パワーリザーブ約50時間。SS(左)、18KYG(右)ケース(直径34mm)。30m防水。(左から)157万3000円、569万8000円(いずれも税込み)。
女性用機械式ムーブメントを変える可能性に満ちた新型ムーブメント
女性用らしからぬ高性能を持つ、新型自動巻きのBVS100 レディ ソロテンポ。仮に普及したら、女性用機械式腕時計のあり方は大きく変わるかもしれない。それぐらいに、このムーブメントは将来的な可能性に満ちている。