膨大な現行腕時計コレクションの多様性は、それ自体が眺めて楽しい世界だ。しかし、時代の層に埋もれたヴィンテージウォッチをひとつひとつ掘り起こす行為には、現行品にはない深い魅力がある。この記事では、そんな“古き良き時代”を象徴する5本のヴィンテージウォッチを紹介する。
時を超えてよみがえる、名作の記憶
膨大な現行腕時計コレクションの数々。その豊かすぎるバラエティさは見ているだけでも楽しいはずだ。他方、幾重にも重なる時間のひだに刻まれたヴィンテージウォッチの数々を探し当てることは、また別の魅力がある。
この記事では古き良き時代にスポットを当て、時代を象徴する5本の異なるヴィンテージウォッチを紹介。いずれもかつてのオーナーに大切に扱われ、現在は個人コレクションに収蔵されているが、この記事のために特別に集められたものだ。
ロレックス「オイスター パーペチュアル デイデイト」Ref.1803

自動巻き(Cal.1556)。18KYGケース(36mm)。
ロレックス「オイスター パーペチュアル デイデイト」Ref.1803が現行モデルと大きく異なる点は、パイ-パンダイアル(パイ-パンとはパイ皿の意味)を採用しているところだ。
ヴィンテージのオメガ「コンステレーション」ほど強調されてはいないが、ダイアルに奥行きを与えている。この1976年製のデイデイトはイエローゴールド製だが、赤みがかった温かみのある色調が特徴で、当時の合金に含まれる銅の比率がやや高かったことを示している。
特筆すべきはダイアルで、“ゴーストダイアル”と呼ばれる白いプリントが文字盤とほとんど同化し、見る角度によって文字が見えにくくなる。ムーブメントはCal.1556を搭載しており、曜日・日付ともに早送り機構は搭載されていない。
そのため収集家の間では、便利な機能を持つ後継機に人気が集まるが、これはまさにアストンマーティンのDB2/4マーク3にパワーステアリングがないのと同様、クラシックゆえの魅力とも言える。
ピアジェ Cal.12P搭載クル・ド・パリ装飾モデル

装飾や形状などから Ref.13104と思われる。自動巻き(Cal.12P)。18KYGケース(約34mm)。
1960年、ピアジェは自動巻きムーブメントCal.12Pで世界を驚かせた。厚さわずか2.3mmという、当時としては世界最薄の自動巻きムーブメントである。
この開発には、1957年に発表された手巻きの超薄型ムーブメントCal.9Pの技術が活かされた。Cal.12Pは24Kゴールド製のマイクロローターによって駆動され、デザイナーにかつてない自由度をもたらした。
ケース、ベゼル、ダイアルには、クル・ド・パリが施されており、針はダイアルに接着されているかのように低くセットされている。全体を極限まで薄く仕上げるため、インデックスは一般的なバー(棒)の形状ではなく、へこみで表現する手法が採られ、視覚的な立体感が演出されている。
IWC「ダ・ヴィンチ」

自動巻き(Cal.79261)。18KYGケース。
IWCは1985年、「ダ・ヴィンチ」の発表によって、クォーツ式ムーブメントの登場による時計業界の大波乱を脱した。クルト・クラウスが開発を手がけ、信頼性の高いバルジュー Cal.7750自動巻きクロノグラフをベースに、パーペチュアルカレンダーを追加。
ケース側面のプッシュボタンを排し、リュウズのみで簡単に操作できるのが特徴だ。うるう年インジケーターはなく、8時下に4桁の西暦表示がある。
1995年には誕生10周年を記念し、10本目の針を備えた「ラトラパンテ」(スプリットセコンド)仕様が登場。開発は、クラウスとともにIWCで働いた名技術者リヒャルト・ハブリンクが担当した。フード型ラグと複雑機構の融合により、いまなお屈指の存在感を放つ1本である。
ルクルト「ギャラクシー」
SSケース。
ときに星々が交差するようにして、魔法のような腕時計が生まれる。ルクルトの「ギャラクシー・ミステリー・ダイアル」もそのひとつだ。第二次世界大戦後、アメリカでは経済が急成長し、ラグジュアリーな腕時計への需要が急増した。
中でもミステリーウォッチは人気を博し、その中でもこのモデルは傑作だ。文字盤に針はなく、代わりにふたつのダイヤモンドが時刻を示す。ひとつはプラチナにセッティングされてセンターで回転し、もうひとつは透明なヘサライト製ディスクの上に浮かぶように設置されている。
インデックスにもブリリアントカットのダイヤモンドが使われており、名前のギャラクシーにふさわしい輝きを放つ。
当時はメンズウォッチとして販売された。控えめな装飾とミステリーダイアルの遊び心によって、今なおタイムレスなエレガンスを備えている。
オメガ Ref.2420 ティファニーとのダブルネームモデル

自動巻き(Cal. 28.10)。17石。SSケース(約33mm)。
このオメガRef.2420は、ブランド初期のバンパー式自動巻きの好例であると同時に、ティファニーによって販売された稀少なモデルでもある。細いフォントで記されたTIFFANY & CO.の名が文字盤に並ぶのはかなり珍しく、コレクターには特別な魅力がある。直径はわずか33mmだが、個性と存在感に満ちている。
14Kゴールド製のケースに加え、審美的に優れた形状のラグ、そしてブルーの秒針に対応する青いミニッツトラックなど、細部の造形にも優れる。
搭載するCal.28.10のバンパー式自動巻きは、ローターが一方向に回転せず、左右に“跳ね返る”ように振れて小さなスプリングに当たる構造で、着用時にわずかな反動を感じることもある。この特有の感触が、ヴィンテージウォッチならではの楽しさをもたらしてくれる。
アストンマーティン「DB2/4マーク3」

今回の5本の撮影の背景を飾るのは、おそらく現在最も過小評価されているアストンマーティン、DB2/4マーク3である。1957年から1959年にかけて製造されたこのモデルは、DB2/4マーク2の進化形であり、初めて“アストンらしい”フロントグリルの形状が導入された車でもある。
優雅で力強いラインとともに、性能面でも魅力を備えている。搭載されるのはW.O.ベントレー設計による2.9リッター直列6気筒のラゴンダ製エンジンで、標準仕様で162馬力を発揮。
グランドツーリングカーとしての資質を十分に備えていた。フロントフェンダーをよく見れば、現代のDB11との意匠の共通点も見えてくる。なお、映画で有名になる前の007原作小説『ゴールドフィンガー』において、イアン・フレミングがボンドの愛車に選んだのもこのモデルだった。総生産台数はおよそ551台。そのうち、左ハンドル仕様はわずか60台のみだ。