読者を招待して開催された、『クロノス日本版』創刊 20周年パーティー2日目。その様子をフリーライターの野島翼がレポートする。セイコーウオッチ株式会社協賛による豪華な企画やケンドーコバヤシさんのユーモアあふれるトーク、おいしいお酒で記念すべき節目を祝った瞬間は、筆者の心にも忘れがたい思い出として刻まれた。
撮影・編集:木田樹嵩
Photographs by Yu Mitamura
野島翼:文
Text by Tsubasa Nojima
[2025年12月XX日公開記事]
読者への感謝を込めて! 『クロノス日本版』創刊20周年パーティーを開催
2025年10月3日発売の11月号をもって、創刊20周年を迎えた『クロノス日本版』。この節目を記念する祝賀会「No Watch, No Life」が、11月6日と7日の2日間にわたって開催された。招待されたのは、初日がブランドや広告代理店、販売店など、発行元である株式会社シムサム・メディアの取引先であり、2日目が読者だ。この記事では、そのうち筆者が参加した2日目の様子をお届けしたい。なお、1日目のレポートはすでに掲載されているため、ぜひ確認されたし。
https://www.webchronos.net/features/146127/
祝賀会の会場となったのは、東京・紀尾井町の赤坂プリンスクラシックハウス。街の喧騒から少し離れた場所に位置する洋館だ。1930年に宮内庁御用達の職人によって建築され、現在では東京都指定有形文化財として、人々の特別な時間の舞台となっている。

〒102-0085 東京都千代田区紀尾井町1-2 東京ガーデンテラス紀尾井町内
エントランスを入り、長い廊下を抜けた先にある広々としたホワイエでは、創刊号から最新号までの『クロノス日本版』が展示されていた。20年という重みを視覚的に感じることのできる、圧巻の光景だ。ひとつひとつの表紙を眺めていくと、時計業界のトレンドや読者の興味がどのように移り変わっていったかをダイジェストで知ることができる。

緑のアーチをくぐると、メインのパーティールームとなる。丸テーブルをいくつか配置した立食パーティー形式のレイアウトであり、一番前には20周年を記念したロゴがあしらわれたステージが用意されていた。
そして何よりも見逃せないのが、ステージ向かって右手の壁沿いに広がる時計の展示スペースだ。今回の祝賀会は、セイコーウオッチ株式会社の協賛によるものであり、これによって同社ならではの特別な企画が多数準備されていた。そのひとつが、腕時計のタッチ&フィールだ。発売されたばかりの新作を含むグランドセイコーの現行モデルやヴィンテージモデル、そしてクレドールの現行モデルが展示され、誰でも自由に試着することができた。
グランドセイコーの現行モデルでは、ダイアルの造形に感動する声が多かった印象だ。型打ち模様や塗装、表面処理を巧みに使い分け、日本ならではの美意識や情景を表現したグランドセイコーのダイアルは、画像と実物で大きく見え方が異なる。その繊細で豊かな表現をダイレクトに味わうことのできる実物ならではの感動が、多くの参加者の心をつかんだのではないだろうか。ステンレススティールと遜色ない審美性も備えながらも軽量なブライトチタンなど、グランドセイコーには手にしてこそ分かる魅力があふれている。

店舗に行っても実物を見ることすらかなわない、幻のモデルも展示されていた。それが、コンスタントフォース・トゥールビヨンを搭載したグランドセイコー随一のコンプリケーションウォッチ、「マスターピースコレクション Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン」だ。夜明け前の薄明りを思わせる明るい色味のRef.SLGT005と、宵闇をモチーフとしたブラックカラーのRef.SLGT003の2種を見比べながら、その独特の動きや仕上げ、立体的な構造を手に取って楽しむことが可能であった。Kodoの開発チームも常駐しており、参加者が積極的に質問を投げかける様子も見られた。



ヴィンテージのグランドセイコーは、銀座の和光本店2階で取り扱われている「グランドセイコー ファイン ビンテージウオッチ」の個体だ。このサービスは、ヴィンテージモデルをグランドセイコーサービススタジオでリファインし販売するというものだが、さすがと言うべきか、その状態はすこぶる良い。針やダイアルに腐食は見られず、ケースのエッジもしっかりと立っている。劣化が見られやすいケースバックに至っては、メダリオンやその周囲の刻印がはっきりと残っている。世界に追い付け追い越せと情熱を燃やした、当時のセイコーの勢いを感じさせる時計たちであった。

ここ数年でにわかに盛り上がりを見せるのが、クレドールだ。今回のタッチ&フィールにおいても、薄型ウォッチの名機を復刻した「ゴールドフェザー」や、伝説のウォッチデザイナー、ジェラルド・ジェンタの手による「ロコモティブ」、緩やかな時の流れを体現したフォルムが特徴の「クオン」、さらには究極のシンプルウォッチである「叡智Ⅱ」など、ブランドを象徴する錚々たるラインナップが、国産ドレスウォッチの現在地を知らしめていた。


時計オタクに刺さるイベントが盛りだくさん!
会場内の展示だけでもだいぶ豪華だが、そのほかにも数々の催し物が用意されていた。恐らく誰しもが時計を身に着けているにもかかわらず、その全員が時間を忘れていたことだろう。それほどまでに充実した時間であった。
そんな2日目のMCを務めたのは、フリーアナウンサーやナレーターとしても活躍する山田真衣さん。落ち着きのあるはっきりとした声質が、会場に心地よく響いていた。

セイコーウオッチ代表取締役社長、内藤昭男氏のスピーチ
『クロノス日本版』編集長・広田雅将の挨拶に続いて行われたのが、祝賀会に協賛するセイコーウオッチ株式会社の代表取締役社長、内藤昭男氏によるスピーチだ。まずは『クロノス日本版』20周年に対する祝辞から始まり、時計メディアが日本の時計業界に果たしてきた役割について、業界の第一線で指揮を執る内藤社長の経験を踏まえ語られていた。


そして話のテーマは、同社の今後の展望へと移る。ダイアル上のロゴの一本化やコレクションの整理、販路の拡大を経てグローバルブランドへと成長したグランドセイコーは、同社の戦略が芯をとらえたものであったことを証明した。次なる一手として内藤社長が語ったのは、クレドールをグローバルでハイエンドなポジションのブランドへ育成していくとの想いであった。現在計画している2026年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブへのクレドール出展を皮切りに、目の肥えた時計愛好家をターゲットとして職人技を凝らした腕時計を販売していくとのことだ。先述のゴールドフェザーやロコモティブなどの新作をきっかけに、クレドールの存在感は徐々に大きくなりつつある。しかし、それだけで終わりにさせまいとする、国産の最高級ドレスウォッチブランドとして、さらなる飛躍を予感させるスピーチであった。

あの「Kodo」を開発した川内谷卓磨氏×広田雅将のスペシャルステージ
コンスタントフォース・トゥールビヨンを搭載したグランドセイコー、Kodoの開発者である川内谷卓磨氏と広田によるトークイベントでは、Kodoの開発に至るまでのエピソードについて、当事者ならではの視点から披露された。
川内谷氏は、現代の名工にも選定されたセイコーウオッチ株式会社の技術者だ。Kodoに搭載されているCal.9ST1を設計し、さらに1/100~2/100mm単位での微調整を加え、組み立てまでを担う、まさにKodo開発における立役者である。しかし、川内谷氏は最初から時計職人を目指していたわけではなかった。もともとミュージシャンとして活動していたものの、所属していたバンドが解散となり、ふとした母のひと言をきっかけとして時計学校に入学し時計職人を目指すこととなったのだ。

2010年に当時のセイコーインスツル株式会社に就職した川内谷氏は、持ち前の手先の器用さと探求心の強さも手伝い、技術者としての腕をメキメキと上達させていった。そんな川内谷氏が、現状に甘んじることなくグランドセイコーのさらなる進化を望んだのも自然な流れだっただろう。これまでにない時計を考えることを目的とした特命プロジェクトのリーダーへ任命された川内谷氏は、コンスタントフォースとトゥールビヨンというふたつの複雑機構を一体化させることを思いつき、その実現に向けて奔走。コンセプトムーブメントCal.T0を経て、その努力はKodoへと結実した。
興味深いのは、コンスタントフォース機構と脱進機が織りなす16ビートのようなリズミカルな音までも、Kodoの魅力として昇華させたことだろう。ミュージシャンとしての日々があったからこその視点であり、Kodoには川内谷氏の技術だけではなく、歩んできた道程も込められているのである。
トークイベントの締めくくりで川内谷氏は、Kodoを超えるようなワクワクする時計を作ることに全力投球していきたいと今後の意気込みを語った。これからもグランドセイコーからは目が離せなさそうだ。

ケンドーコバヤシさんが登場! 広田とのトークイベント
大きな盛り上がりを見せていたのが、芸人ケンドーコバヤシさんと広田のトークイベントだ。ケンドーコバヤシさんと言えば、TOKYO FMのラジオ番組「BEST ISHIDA Presents クロノス日本版 Tick Tock Talk♪」に出演し、そのマニアックな時計遍歴を披露した生粋の時計愛好家である。今回のトークイベントでも、昼間に行っていたロケについて触れ、祝賀会との雰囲気のギャップで会場の笑いを誘うなど、好調な滑り出しを見せた。

トーク自体は軽快であるものの、語られるエピソードは非常に濃厚であった。周りと同じであることを避け、王道をあえて外してきたケンドーコバヤシさんは、当時あまり注目されていなかったロレックス「GMTマスターⅡ」で高級時計の世界に踏み込み、その後も世間がロレックス「エクスプローラー」に熱狂する中ではチューダー「レンジャー」を選ぶなど、独自の考えで次々と時計を手にしていった。そのマニアックぶりが色濃く表れたのが、ロードエルジンの通称「鉄仮面」を愛用しているという話だろう。会場では、ギャラリーが笑い声を漏らす様子と、感心したようにゆっくりとうなずく様子が繰り返された。

グランドセイコーウオッチデザイナー 酒井清隆氏によるデザインスケッチ
タッチ&フィールのコーナーに挟まれた机の周囲には、真剣な眼差しで机上を見つけるギャラリーの姿があった。視線の先には、セイコーウオッチ株式会社のウォッチデザイナーである酒井清隆氏。酒井氏は、セイコーやグランドセイコーのアイコニックなモデルたちを多くデザインしてきた、同社を代表するデザイナーだ。グランドセイコーの新しいデザイン文法である、「エボリューション9スタイル」を完成させた本人でもある。

そんな酒井氏がペンを片手にグランドセイコーのデザインスケッチを描くとなれば、注目が集まるのも当然のことだろう。しかし、多くの視線を受けながらも酒井氏の手は、エボリューション9スタイルのスラリとしたラインを迷いなく描き、プロフェッショナルとしての並外れた集中力と表現力を見せた。終始賑やかな会場であったが、この一角には凛とした空気が流れていた。

これからの10年も楽しみな『クロノス日本版』
創刊20周年を迎えた『クロノス日本版』。しかし、これはあくまで通過点に過ぎない。ここからまたさらに、30周年、40周年と、『クロノス日本版』は時代を超えて愛されていくはずだ。そう思わせるのは、雑誌としてのコンテンツの魅力に加え、編集部が持ち続ける“感謝の心”によるところが大きい。この祝賀会においても、これまで支えてきた読者への感謝を伝える言葉がいくつもちりばめられていた。形だけを見れば、雑誌は一方向に情報を伝えるものだ。しかし、リアルなイベントを企画することで、またはSNSなどを用いることで直接読者とのコミュニケーションを図り、その意見に真摯に耳を傾ける姿勢こそ、ここまでファンを増やすことができた秘訣なのではないだろうか。

読者だけではなく、ブランドとの信頼関係を大切にしていることも大きいだろう。広田を師匠と呼び慕うセイコーウオッチ株式会社の内藤社長も、グランドセイコーのブランディングにあたって、『クロノス日本版』から重要な気付きを得たと語っていた。ブランド、読者、編集部のそれぞれの立場で業界を盛り上げ、ともに時計文化を築き上げていきたい。そんな純粋な利他の思いが根底にあるからこそ、『クロノス日本版』は多くの人を魅了しているのだ。
今後、『クロノス日本版』はどのような形で時計愛好家をワクワクさせてくれるのだろうか。筆者は読者として楽しみに感じる一方、ライターとしてはその期待を裏切らぬようにしなければならないと、改めて気を引き締めていく思いだ。



