2025年に発表された新作時計の中から、時計のプロがベスト5を選ぶ年末恒例企画。時計ジャーナリストの菅原茂は、トレンドが語れないというほどに多種多様な時計が発表された2025年の時計から「シンプル×ワザあり」の5本を選出。複雑機構をミニマルデザインに落とし込んだパルミジャーニ・フルリエ「トリック パーペチュアルカレンダー」や、今年復活したエルメスの「アルソー タンシュスポンデュ」が挙げられた。

1位:パルミジャーニ・フルリエ「トリック パーペチュアルカレンダー」
「シンプル×ワザあり」を最も象徴するモデル。複雑機構の永久カレンダーをミニマムデザインに落とし込み、エレガントなスタイリングに仕立てたセンスは秀逸。“クワイエットラグジュアリー”のまさに見本。

手巻き(Cal.PF733)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。Ptケース(直径40.6mm、厚さ10.9mm)。30m防水。世界限定50本。9万2000スイスフラン。
2位:エルメス「アルソー タンシュスポンデュ」
2011年の誕生から頻繁に紹介記事を書いた記憶がある、あの個人的に偏愛する名作が復活。時刻表示を止めたり、再開したりできるという「ありえない」を「ありえる」に変えたエルメス。一段と洗練されたデザインもいい。

自動巻き(Cal.H1837)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KPGケース(直径42mm)。3気圧防水。予価576万1800円(税込み)。
3位:ブレゲ「クラシック 7225」
一連の創業250周年モデルの中でロジカルなストーリー性が際立つ逸品。1802年のトゥールビヨンを模した歴史的デザインと、マグネティック・ピボット&10Hz(=7万2000振動/時)の高振動という現代ブレゲのテクノロジーとを見事に融合。

手巻き(Cal.74SC)。54石。7万2000振動/時。パワーリザーブ約60時間。18Kブレゲゴールドケース(直径41mm、厚さ10.7mm)。3気圧防水。1261万7000円(税込み)。
4位:ダニエル・ロート「トゥールビヨン プラチナ」
ラ・ファブリック・デュ・タン ルイ・ヴィトンによって2023年に復活したモデルがシックなプラチナ仕様で登場。再構築されたトゥールビヨンムーブメントやオリジナルと同じケースサイズ、細部まで行きわたる上質な仕上げが素晴らしい。

手巻き(Cal.DR001)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。Ptケース(縦38.6×横35.5mm、厚さ9.2mm)。30m防水。要国内価格問い合わせ。
5位:ローラン・フェリエ「クラシック・オリジン ベージュ」
創業15周年の今年、5Nレッドゴールドのケースと新色のベージュカラーダイアルを組み合わせた手巻きの「クラシック・オリジン」を発表。前作よりも優美さの点で一段と洗練度が増し、時計愛好家を魅了する。

手巻き(Cal.LF 116.01)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KRGケース(直径40mm、厚さ10.7mm)。30m防水。ピンバックルモデル:851万4000円、フォールディングバックルモデル:910万8000円(いずれも税込み)。
総評
2025年もまた、複雑時計からシンプルウォッチまで百花繚乱、トレンドを語るのも困難なほどだ。引きも切らさず登場する高度な、あるいは奇抜な複雑時計は興味深くあるものの、オーバースペックにはデッドエンドの印象がしていささかストレスを感じた。逆に、個人的に好ましく思えたのが「シンプル×ワザあり」。シンプルなデザインながら、そこに優れた技術を潜ませた時計だ。そう、クロノスに対してカイロスに通じるセンスが光るモデルと言えるだろう。煩雑な表示になりがちな永久カレンダーをミニマリズムのデザインに仕立てたパルミジャーニ・フルリエ、時刻表示の有無をあくまでもオーナー主体で決められるエルメスの新作などは筆頭だろう。歴史的なトゥールビヨンのデザインを採用しながら、トゥールビヨンを用いずにその意味の再解釈に挑んだブレゲにもそれは見て取れる。「シンプル×ワザあり」のワザにはまた、デザインやメカニズム以外に仕上げがある。今や高級時計の愛好家は以前より格段に目が肥えていて、外装やムーブメントの仕上げに施された職人の手仕事も評価ポイントにもなってきた。実際に手に取って見た中で秀逸に思えたものをふたつだけあげると、ダニエル・ロートとローラン・フェリエだ。これらは時計の形をした一種の芸術作品なのだと改めて実感した次第である。
菅原茂のプロフィール

1954年生まれ。時計ジャーナリスト。1980年代にファッション誌やジュエリー専門誌でフランスやイタリアを取材。1990年代より時計に専念し、スイスで毎年開催されていた時計の見本市を25年以上にわたって取材。『クロノス日本版』などの時計専門誌や一般誌に多数の記事を執筆・発表。時計専門書の翻訳も手掛ける。



