時計経済観測所/世界経済の混乱を示すスイス時計輸出の苦戦

2026.03.18

ドナルド・トランプが第47代米国大統領に就任してから約1年が経過した。2026年早々にベネズエラを軍事攻撃するなど、トランプ大統領は強引な手口によって自身の政策を押し通しており、世界経済の秩序は脅かされている。この影響は高級時計市場にも大きく及んでおり、ついには右肩上がりを続けてきた米国市場も、陰りを見せることになった。一方、日本市場は好調を維持しており、ますます存在感を示している。なぜ日本では高級時計が売れるのか? この上昇気流は続いていくのか? 気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析する。

磯山友幸

磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/
磯山友幸:取材・文
Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト
Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2026年3月号掲載記事]


世界経済の混乱を示すスイス時計輸出の苦戦

 世界はドナルド・トランプ米大統領に振り回され続けている。2026年は年明け早々にベネズエラに軍を送り、ニコラス・マドゥロ大統領を拘束して米国に連行するなど、世界を震撼させた。その後も、グリーンランドの領有を主張して欧州諸国の反発を買っている。また、トランプ大統領の政策に抵抗する国には、容赦なく関税の引き上げなどを打ち出し、経済を人質に取った強引な手法を繰り出している。

 世界経済がトランプ大統領に振り回されるのは、2025年1月の就任以来ずっとで、特に高率の関税をぶち上げるやり方は、金融市場だけでなく、貿易による物の動きにも大きく影響を与えている。それは高級時計の世界でも顕著で、スイス時計の輸出は混乱を極めている。

 スイス時計協会FHがまとめているスイス時計の輸出額は、2023年の267億4830万スイスフラン(約5兆3700億円)をピークに2024年は259億9310万スイスフラン(約5兆2160億円)と4年ぶりに前年比で減少したが、どうやら2025年も減少傾向が続いた模様だ。原稿執筆時点で公表されている1月から11月までの累計は234億4330万スイスフラン(約4兆6700万円)で、前年同期間と比べて2.2%下落した。また、輸出先上位10カ国・地域のうち8カ国・地域で前年同期比マイナスになった。

中国へのスイス時計輸出が大きく減少

 最も減少が大きいのは中国本土向けの12.7%減で、中国経済の大幅な悪化を映している。特に不動産バブルの崩壊で、消費が一気に落ち込んでおり、富裕層の高額品購入も不振が続いている。

 中国の2025年の消費者物価指数は前の年に比べて0.0%で、リーマンショックの影響でマイナスを記録した2009年以来の低さとなった。消費の低迷によって中国ではデフレ懸念が強まっている。デフレ下では資産価格の上昇も見込みにくいことから、投資先としての高級時計需要が大幅に落ち込んでいる。また、政府や企業の幹部などに贈答用として使われることも、習近平政権の汚職追及によってすっかり影を潜めた。スイス時計輸出はピークの2021年と比べると約4割減ったと見られる。

 一方、かつては自由貿易都市として、中国大陸への玄関口だった香港へのスイス時計輸出も、2010年をピークに大きく減少している。スイス時計輸出先として長年首位を保っていたが、すっかりその影はなく、今は4位に甘んじている。

米国向け輸出が急減速、日本向け輸出が中国を上回る

 年末にかけての大きな変化は、好調を持続してきた米国向けが急減速していることだ。11月単月の米国向けスイス時計輸出は前年同月比52.3%も減少した。トランプ氏が発動した関税の影響が大きかったと見られる。1月から11月までの累計では2.1%減とマイナスに転落、年間でもマイナスになる公算が大きい。

 この結果、1月から11月の累計では大きな変化が起きている。さすがにスイス時計の輸出先として米国の首位は揺らいでいないものの、中国の激減によって、2位だった中国を日本向けが上回っている。このまま年間でも日本が2位になれば、スイス時計にとって重要度が増すことになる。

日本旅行ブームでインバウンド消費が増加

 背景には日本旅行ブームがある。日本への旅行客数は過去最多を更新中で、こうした旅行者による消費、いわゆるインバウンド消費が大きく盛り上がっている。時計は旅行者が免税で購入するケースが多く、インバウンド消費の目玉のひとつになっている。

 こうしたことを踏まえて、今後、スイス高級宝飾品ブランドの日本国内での直営店出店などが増える可能性がありそうだ。

 一方で、中国政府は高市早苗首相による台湾問題に関する発言を機に、日本との対立を深めており、日本への旅行自粛を呼びかけている。団体旅行などは大きく減少する兆しもあるが、富裕層を中心とした日本旅行へのニーズは引き続き高い。時計消費を支えている中国人旅行者数が今後どうなっていくのか。単に旅行者の人数だけでなく、中国人富裕層の来日にどう影響するかが高級時計の日本での売り上げを左右しそうだ。

 株高によって、国内富裕層の保有資産の価値が上昇するなど、いわゆる資産効果も引き続きあることから、日本国内での高級時計需要には追い風が吹き続けると見られる。


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