2026年3月上旬、ブルガリ ホテル 東京40階に位置する「Sushi Hōseki」にて、福井県の老舗酒蔵「黒龍酒造」を迎えた、特別感あふれるペアリングディナーが開催された。鮨職人・清水拓郎氏と、8代目蔵元の水野直人氏による見事な饗宴。この日のために考案された鮨のお品書きに合わせる日本酒の秀逸さはもちろんのこと、御二方のトークもそのひと時をより豊かなものにしてくれた。フードジャーナリストであり、『クロノス日本版』巻頭コラム「この世ならぬ美味のクリエイター」を連載する外川ゆいが、その全貌を紹介する。

Photographs & Text by Yui Togawa
[2026年4月3日公開記事]
最高峰の鮨と日本酒。ブルガリ ホテル 東京での饗宴

ブルガリ ホテルズ & リゾーツのコレクション 8番目のホテルとして、2023年4月に、東京駅の目の前に位置する東京ミッドタウン八重洲の40~45階に開業したブルガリ ホテル 東京。その40階に誕生した鮨屋「Sushi Hōseki」は、料理長の清水拓郎氏が腕を振るう一軒。店名の“Hōseki(宝石)“は、ブルガリのDNAにちなんだもの。日本の伝統技術を、エレガントな空間で存分に堪能することができる。
「黒龍酒造」は、1804年(文化元年)に、初代蔵元・石田屋二左衛門氏によって福井県の永平寺町松岡の地に創業。「黒龍」や「九頭龍」を醸し、日本全国、そして海外へも名を馳せる、日本を代表する酒蔵のひとつだ。8代目蔵元である水野直人氏は、日本酒の可能性や価値を高めることにも注力。福井と北陸の豊かな文化を、お酒を通じて伝える複合施設「ESHIKOTO」を開業し、ショップ、レストラン、オーベルジュなどを展開している。そのような魅力あるふたつの饗宴とは、聞くだけでも心が躍る。
「Sushi Hōseki」×「黒龍酒造」のペアリングコースの全貌をご紹介

東京駅の目の前という好立地のブルガリ ホテル 東京だが、一歩中へと入れば、高揚感あふれる凛とした空気に包まれる。ブランドのフィロソフィーに触れるようにアートを眺めつつ、海を彷彿させる藍染めの暖簾をくぐると「Sushi Hōseki」の贅沢な空間が広がる。樹齢180年の奈良檜を使用したカウンターには8席がL字型に並び、日本の伝統美とイタリアンコンテンポラリーデザインが共存している。
席に着くとウェルカムドリンクとして「KOKURYU AWA 序」が注がれた。こちらは「黒龍」ブランド初のスパークリング日本酒で、シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵によって造られたもの。福井県産の「五百万石」という酒米で醸しており、泡の軽やかな中にも日本酒ならではの豊かな風味を存分に感じることができる。「序」という名の通り、これから始まるディナーにより期待が高まるような、華やかな口当たりだ。


最初の一皿は、この時期の福井と言えばという食材、越前蟹が運ばれた。「越前蟹は市場で手に入るのが3月20日頃までと確認していたので、本日3月6日に間に合いました。季節の終わりが近い、その名残惜しさも込めて使わせてもらいました」と清水氏。合わせるお酒は「黒龍 しずく」。多くの日本酒は機械によってプレスされるのだが、こちらは酒袋からポトポト落ちるしずくを集めるという、かつて採用されていた手法によって完成することに名前を由来する。
「黒龍 しずく」は、雑味がなく透き通るような味わいで、2品目の皮目を炙ったきんきにも好相性。「大根そのものは福井産ではないのですが、福井でいただいた『越前おろしそば』がとても印象に残っていまして。辛味大根をかけて食べるあのそばの味わいが忘れられず、そのまま『きんき』に合わせました」と清水氏。このようなこぼれ話が聞けるのもスペシャルなペアリングディナーならではのこと。

続いては、烏賊、アラ、甘海老と握りが3貫。「福井の塩は、海の塩として力強さがあるので、烏賊にすだちと合わせて使いました」。清水氏のシャリは、赤酢を含む数種をブレンドしており、口へと運ぶと上質なネタとともにはらりとほどけるようで、豊かな余韻が印象的だ。合わせるのは「黒龍 火いら寿」。通年出回る多くのお酒が火入れ殺菌をしているものだが、寒い季節にだけ、火入れをしていない生酒を出荷している。「酒名は、火を入れていないという打消しの意味なのですが、先代が、新酒ができておめでたいという意味を込めて『寿』の字を当てました」と水野氏。黒龍酒造が手掛ける日本酒は、瓶やラベルもさることながら、専用箱も優美なデザインなので特別な贈り物にも最適だ。
他のジャンルの料理と異なり、鮨は1種類のつまみや握りのポーションが小さいため、一般的な1皿に1杯というペアリングスタイルではなく、2~4種類で1杯を合わせるようなイメージで進んでいく。前後のお酒と飲み比べをするのも新たな発見があり楽しいところ。


若狭湾の甘鯛を温かく仕立てた一皿には、福井県で江戸時代から栽培されている伝統野菜「勝山水菜」を使用。さらに、豆皿に福井県の伝統薬味である「山うに」を添えて。「見た目が雲丹のようなので、海の雲丹に対して、山の雲丹というのが由来だそうです」と清水氏が教えてくれた。今回のペアリングディナーのため、事前に福井を訪れた清水氏。「黒龍酒造のほか、伝統工芸の越前漆や刃物店などを巡り、また、現地の食材に触れてきました。地元のものを口にして、その風景を見て、九頭竜川の流れや街の空気に触れるうちに、地元を大切にされている酒蔵、黒龍さんのお酒を使うのであれば、やはり福井の食材をもっと取り入れたい、という思いが一層強くなりました。そのためスタッフには少し無理を言ってしまったのですが、ぎりぎりのスケジュールの中でさまざまな食材を手配してもらいました。大変だったと思いますが、何とか間に合わせてくれました。今回初めて使ったのは、汐うに、山うに、それから勝山水菜です」。
愛らしい徳利には「九頭龍 純米」の燗酒が入っている。「提供時はかなり熱々ですが、燗冷ましで、徐々に温度が下がってくると、実はアルコールも飛んで飲みやすくなります。酒器は持参したもので、石川県の山代温泉 総湯近くにある九谷焼の窯元、須田菁華(すだせいか)のもの。魯山人が若い頃に修行した窯元として有名です」と水野氏。福井だけでなく北陸すべての文化を大切にしていることが伝わってきた。
「九頭龍 純米」の温度が少し下がったところで登場したのが、菜花と酢味噌を添えたホタルイカ。春を思わせるようなカラスミが、お酒の温度で優しく溶けていく。燗酒は身体になじむような飲み心地で、つい飲みすぎてしまいそうだ。

続いて、黒龍酒造の屋号を冠した「石田屋」が登場。「お酒は面白いもので、同じ醪(もろみ)でも搾るタイミングによって味わいが異なります。最初に自然と流れ出てくる部分を『荒走り』、少しプレスして出てくる部分を『中取り』──鮪でいうとトロみたいな部分ですね、さらに圧力をかけて最後に出てくる部分を『責め』と呼びます。毎年11月に限定発売される『石田屋』は、それぞれをブレンドして『石田屋』にふさわしいものを厳選し、2年間熟成させることで丸みのある味わいとなります」(水野氏)。
こちらに合わせるのは、鮪の赤身、トロ、小肌、車海老といった鮨の花形といえる握り。伝統的な職人技が1貫1貫に宿っている。ちなみに、横を見ると異なる向きで握りが並んでいた。隣のゲストが左利きだったからだ。聞けば、箸で食べるか、手で食べるかでも握りの形を変えているという。わずか8席とはいえ、8人ものゲストを同時にもてなす技の随所にホスピタリティーを感じる。「“お客様それぞれの無言の声”をどう受け止めるかを大切にしています」と清水氏は語る。


「皆様に福が訪れますように……」と水野氏がセレクトしてくれたのは「黒龍 福ボトル」。「福」の漢字の成り立ちには、神に酒樽を供えて幸福を祈ったという説があり、書家・吉川壽一(よしかわ じゅいち)揮毫による、縁起物の「百福図」を大吟醸酒に。シャリの上に赤むつの焼きものを添えた一皿や、芳醇な雲丹とも引き立て合いながら、しっかりと寄り添う重層的なアロマを感じる。清水氏が手渡してくれた穴子は、熱々で山椒がアクセントととなり、目を見開くようなインパクト。「穴子に合わせた三年子(さんねんご)らっきょうも、福井で食べて面白いと感じた食材です。実は自分自身は、らっきょうがそこまで得意なほうではないのですが、シャリにかやくとして刻んだガリを入れることもありますので、その延長の感覚で使いました」。そして、蛤と筍のお吸い物でほっとひと息。


日本酒をより美味しく味わう方法や新たなアレンジも

デザートは、水羊羹。季節外れのように感じるが、実は福井では冬に水羊羹を食べる。もともと寒天なので冬しか固まらず、丁稚奉公の子どもが里帰りする際に持たせたのが始まりで、現在もその文化が残っているそう。ご用意くださったのは、水野氏がお好きだという福井県大野市に位置する老舗「美濃喜」の水羊羹。2切れあるうちの1切れはそのままいただき、もう1切れには「九頭龍 貴醸酒」を注いでくれた。「日本酒は仕込み水を使って造るのですが、貴醸酒は仕込み水の代わりにお酒で造ります」と水野氏。貴醸酒は、デザートワインのように甘い風味なので、水羊羹をより贅沢に味わうソースのような感覚だ。
「Sushi Hōseki」では、お茶を出す際に使っていた着物の端切れでリメイクしたコースターを、丁寧に包んでお土産にしてくれる。食事の余韻を持ち帰ることができるような粋な計らいだ。

ディナーのなかで、水野氏が日本酒にまつわる楽しいお話を色々と聞かせてくれたが、特に印象的だったのは、日本酒と人間のポテンシャルを最大に引き出す話。「本日は10℃くらいで提供しておりますが、お酒が持つ本来の風味をしっかりと感じることができるのは15℃です。冷たすぎる場合、注がれたグラスを手のひらで温めるようにすると味わいも変化していきます。ちなみに、人間の舌が一番敏感だとされているのが午前10時なので、蔵ではその時間帯に利き酒を一気にします」と教えてくれた。テイスティングも仕事のひとつだとは分かりながらも、朝10時から堂々とお酒を味わうことができるとはうらやましい限り。
清水氏は今回のコラボディナーについてこう振り返る。「越前蟹とアカムツ以外の食材については、実際に福井を訪れてから使うことを決めました。結局、自分の手を動かすのは、理屈ではなく、心に残った土地の記憶なのだと思います」。そんな作り手の言葉は、食べ手の私に強く響いた。
「Sushi Hōseki」と「黒龍酒造」のペアリングを体験するだけでも非常に価値あることだが、清水氏と水野氏の想いが伝わる語りによって、一層豊かな掛け替えのない時間となった。「Sushi Hōseki」では「黒龍 石田屋」「黒龍 しずく」「黒龍 福ボトル」が数量限定で用意されているので、ぜひ訪れていただきたい。
店舗概要
「Sushi Hōseki」
住所:東京都中央区八重洲2-2-1 ブルガリ ホテル 東京 40F
TEL:03-6262-6624
営業時間:12:00〜14:00(木曜を除く)、18:00~20:00、20:30~22:30
定休:火曜、水曜
URL:https://www.bulgarihotels.com/ja_JP/tokyo/dining/sushi-hoseki
外川ゆい氏のプロフィール

フードジャーナリスト。つくり手のストーリーや思いを伝えることを信条に、レストラン、ホテル、スイーツ、お酒など、食にまつわる記事を執筆する。『クロノス日本版』巻頭連載IN THE LIFEにて「この世ならぬ美味のクリエイター」を担当。



