ジェイコブ&コーが創業40周年を迎え、「ビリオネア ダブルトゥールビヨン エンジェルカット」を発表。絶妙な「かがやき」を得るために発明したエンジェルカットを施したダイヤモンドをセッティングしている。この腕時計は同ブランドのコンプリケーションウォッチへの情熱と、ジュエラーとしてのジェイコブのルーツを兼ね備えた、まさに40周年にふさわしいモデルだ。

Text by Daniela Pusch
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Originally published in WatchTime
Reprinted with permission.
[2026年3月31日掲載記事]
ジェイコブ&コー40周年記念モデルは超異例級の「特別」づくめ
それは2026年3月、極寒のアメリカ合衆国・ニューヨークでのある日のこと。数々のセレブリティな顧客たちの写真に囲まれたジェイコブ&コーの旗艦店では、とある「特別なジュエリーウォッチ」のお披露目会が開催されていたのであった。

この腕時計は超異例級の「特別」づくめであることがまずは説明された。第1に「特別な記念日」。そして、この腕時計のダイヤモンドに施された「カット」も、極めて特別だと言う。この「カット」を生み出すために2年の歳月を要し、さらには「特許」まで取得してしまったのだから、その「特別さ」がうかがい知れるはずだ。
そう、その腕時計こそが「ビリオネア ダブルトゥールビヨン エンジェルカット」である。一見するとあまりにも数多くの宝石で構成された、ジェイコブ&コーの「ビリオネア ダブルトゥールビヨン」のように見えるが、すぐに「この腕時計は他のモデルとは違う」と感じ取った。

手巻き(Cal.JCAM50)。58石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KWGケース(縦54×横40mm、厚さ11mm)。30m防水。世界限定18本。5億9840万円。
特別なかがやき「エンジェルカット」
それはまばゆいばかりだが独特の「かがやき」だ。多数のダイヤが配されてはいるのだが、光が散乱するのではなく「そろって」反射するのである。これが腕時計の持つ「特別」のうちのひとつ、ダイヤモンドに施された「エンジェルカット」だ。
5億円超えの特別な周年記念モデル
そしてもうひとつの「特別」は、ジェイコブ&コーが創業から40周年を迎えたということである。加えて、この腕時計の価格は、なんと5億9840万円。ある意味新作という言葉が陳腐化してしまった現在の時計界において、このすさまじいまでの高価格は記念すべき40周年にふさわしい、ゴージャスな存在と言えるのではないだろうか?
そもそもジェイコブ&コーとはどのようなブランドなのだろうか? 40周年を迎えたこのブランドの歩みをたどってみよう。
ジェイコブ&コー40年のあゆみ
ジェイコブ・アラボは1986年にニューヨークでジェイコブ&コーを設立。1990年代には、その派手なデザインにより、彼の宝石店はニューヨークのセレブリティたちにとってのステータスシンボルとなり、派手で、自信に満ち、一目でそれとわかる、圧倒的な高級感という、新世代のラグジュアリーの象徴となった。
圧倒的な奇想天外で時計業界で急成長
2000年代初頭、宝石店であったジェイコブ&コーは時計部門を設立。長い時間をかけ、発展させていったのだった。5つのクォーツムーブメントを搭載し世界各地の時間が瞬時に分かる「ファイブタイムゾーン」からデビュー。

クォーツ。完売モデル
そして「ツイン ターボ フューリアス」や「ブガッティ シロン トゥールビヨン」に代表される、スイス当地の職人も舌を巻くような技術的に複雑過ぎるオートオルロジュリーの本格的なプレーヤーへと成長を遂げた。昨年の「アストロノミア レボリューション」の4軸トゥールビヨンは、その最新の例だ。

Cal.JCAM54(手巻き)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約36時間。18KRGケース(直径47.00mm、厚さ27.00mm)。3気圧防水。世界限定18本。要価格問い合わせ。
不可能を腕時計という“可能”にするジェイコブ&コーの哲学
創業40周年にあたり、人気モデルを単にアップグレードするだけ、もしくは復刻版といった安易な方法論で祝うこともできただろう。だが、ジェイコブ&コーはそれを良しとは決してしない。わざわざ困難な道を選び、自らの原点と高度な時計製造技術を融合させた。創業者ジェイコブ・アラボの掲げる哲学「Inspired by the Impossible」(不可能に触発される)は、ここでも発揮されたのである。
愛妻の名と37年の軌跡が宿るファセット
「エンジェルカット」という名は、ジェイコブ・アラボの妻、アンジェラ(編集部注:アンジェラという名前はスペイン語などの「天使」の語がルーツ)に由来している。このカットは正確に計算された37面のファセット(カット面)を持っているが、これは夫婦が共に歩んだ37年という年月にちなんだ数字だ。

このように伝記的な意味合いと技術的な仕様を結びつけるのは巧みな手法であり、技術的なクオリティを少しも損なうことなく、このカットにエモーショナルな深みを与えている。というのも、エンジェルカットが成し遂げたことは、宝石学的に見て実に特筆すべきものだからだ。
ダイヤモンド史における古き難題への挑戦
その開発においてジェイコブ&コーが直面した根本的な問いは、ダイヤモンドのカッティングの歴史における最も古い難題のひとつであった。
すなわち、ステップカットの発展系であるアッシャーカットやエメラルドカットに連なる、あの長方形のエレガントで落ち着いた美しさを保ちながら、構造上の「控えめなかがやき」という代償をいかにして克服するか、ということである。
それは言い換えれば、先人たちが築き上げた長方形の美しいシルエットをリスペクトしつつ、そこにいかにして別次元の豊かな光を融合させるかという挑戦であった。
幾何学による光の変調と立体的な輝き
エンジェルカットは、この矛盾を「幾何学」によって解決しようと試みている。その最大の特徴は、角を落とした階段状の長方形の輪郭のなかに、ひし形のテーブル(上面)が配置されている点だ。

この珍しい組み合わせが、石の内部における光の通り道を変える。直線的な反射パターンの代わりに、立体的な発光領域が生まれ、光をただ静かに集めるのではなく、変調させて跳ね返すのである。
クラウン(宝石上部)の高さ、深さ、そしてファセットの向きは緻密に計算されており、例えば石が密に敷き詰められたセッティングの中など、光の差し込む条件が限られた状況下であっても、上部に向かって豊かな光を放つことができる。
閃光ではなく、内から湧き上がる光
37面というファセット数は、従来の多くのブリリアントカットと比べると明らかに少ないが、これは意図的なものだ。ひとつひとつのファセットが、明確に定義された光学的な役割を担っているのである。いわば「数は少なく、その分より精密に」ということだ。
完成した実物を見れば、この説明が決して大げさではないことがわかる。エンジェルカットの輝きには、どこか建築的な美しさがある。攻撃的にギラギラと閃光を放つのではなく、絶え間なく続くような、内側から湧き上がる光を放つ。
このカットが特許を取得していることは、安易な模倣からジェイコブ&コーを守るだけでなく、彼らが既存のパターンの表面的なリブランディングなどではなく、「真の宝石学」を追求しているという自負を裏付けるものとなっている。
79カラットものダイヤモンドを「ビリオネア」へ
ジェイコブ&コーはこの新しいカットをどのタイムピースに導入したのだろうか? それは、2015年以来同メゾンのフラッグシップとなっている「ビリオネア」コレクションであった。

セットされた多数のダイヤモンドには直線的なエメラルドカットが施されている。ブリリアントカットのような乱反射するかがやきではなく、より落ち着いたかがやきだ。手巻き(Cal.JCAM50)。58石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KWGケース(縦54×横40mm、厚さ11mm)。30m防水。世界限定18本。4億1817万6000円 (税込み)。
これまでのビリオネアのモデルは、このコレクション特有の「継ぎ目のない光の面」を生み出すために、エメラルドカットやアッシャーカットを採用してきた。今回、エンジェルカットがその役割を引き継ぐことになったのだが、そのデビューを飾る舞台は、想像を絶するほど豪奢なものである。
想像を絶する豪奢なケースと装飾
18Kホワイトゴールド製のケースは縦54×横41mm、厚さ13.2mm。ベゼルとケースサイドだけでも98個のエンジェルカット・ダイヤモンドがセッティングされ、総計51.13カラットに達するという豪華さ。その中には、並外れて大きなシングルストーンも含まれている。

リュウズには1カラットのローズカット・ダイヤモンドが1石あしらわれている。文字盤もまた完全にパヴェセッティングされており、88個のエンジェルカット・ダイヤモンド(約11カラット)と80個のバゲットカット・ダイヤモンド(約1.14カラット)が、ふたつのトゥールビヨンの開口部を縁取っているという構成だ。
ブルーのアリゲーターレザーストラップのバックルには、さらに30個のエンジェルカット・ダイヤモンド(約15.72カラット)がセットされている。
圧倒的な輝きを支える高度な職人技
全体を見ると、ホワイトダイヤモンドは298個、約79カラットにのぼる。これらの数字だけでも十分に圧倒的だ。しかし決定的に重要なのは、インビジブルセッティングによって「石と石の間に金属の爪(地金)が見えず、光の面が途切れない」という基本原則が貫かれていることである。
これほど複雑な形状のケースにおいてそれを実現するには、ハイジュエリーの世界でもごくわずかなブランドしか持ち合わせていない、極めて高度な職人技が必要とされるのだ。
460個ものパーツから構成されるムーブメント
このまばゆいばかりの光の海の底で鼓動するのは、460個のパーツからなる手巻きのマニュファクチュールムーブメントCal.JCAM50だ。その最大の特徴は、12時位置と6時位置に配置されたふたつのフライング・ワンミニッツ・トゥールビヨンだ。

この対称的な配置は機械的な軸対称性を生み出し、その上にあるダイヤモンドセッティングの視覚的な対称性と見事に呼応している。上部に広がる光と、下部に潜むメカニズム。そのどちらもが同じひとつの秩序に従っているのである。
真のマニュファクチュールであることの証明
Cal.JCAM50は約72時間のパワーリザーブを備え、毎時2万1600振動で駆動する。サファイアクリスタルのケースバックからは、スケルトン加工が施されたムーブメントの建築を思わせる構造を鑑賞することができる。
このムーブメントが完全な自社開発であることは、この腕時計の立ち位置を考える上で決して付随的な要素ではない。「ビリオネア」というモデルは常に、ジェイコブ&コーが他社製ムーブメントを搭載する単なるケースメーカーではなく、真の「時計マニュファクチュール」としての確固たる地位を主張するための象徴であり続けているのだ。
究極の主張と、貫かれた独自の哲学
5億円超えという価格。この数字は単独で評価されるべきものではなく、同価格帯の他のブランドが提供する作品と比較されるべきものである。ジェイコブ&コーがここで提示しているのは、既存の時計を派手に装飾しただけのものではない。それは根本的に異なる哲学、すなわち「最大の密度、最大の主張、そして『控えめさ』は一切なし」という哲学だ。
ジェイコブ&コーはこれまで、決して謙虚さを装うことはなかった。40年にわたってこの路線を貫き通してきたその圧倒的な一貫性は、たとえ好みが違う人からであっても、少なくとも敬意を払われるべきだろう。
職人技の限界としての「限定18本」
この価格帯において「世界限定18本」という数字は、単なる商業的な稀少性アピールの戦略ではない。それは職人技の物理的な現実なのだ。これほどの大きさと複雑さを持つケースに、何百個ものエンジェルカット・ダイヤモンドをインビジブルセッティングで隙間なく敷き詰めること。そのための石の調達と途方もない作業は、単純に量産できるようなものでは決してない。
宝石学への真摯な貢献と、真価を問う入場券
「ビリオネア ダブルトゥールビヨン エンジェルカット」は、中立的な立場で語れるようなモデルではない。ジェイコブ&コーは見る者に明確なスタンスを求めており、それこそが彼らの意図ではないだろうか?

このタイムピースを単なる権威付けのオブジェと決定的に区別しているのは、エンジェルカットが宝石学にもたらした真摯で実質的な貢献である。約2年間の開発期間、独自の特許取得、そして長方形の宝石における「光の建築」に対する論理的で一貫したアプローチ。これらは疑いようのない、説得力のある「仕事」である。
この新しいカットが業界に永続的な影響を与えるのか、あるいはこの初期生産の18本に留まるのかは、時が経てばわかるだろう。超高級ジュエリーウォッチの競争において、ジェイコブ&コーは本作によって「ただ最も高価なだけでなく、技術的に最も独自性のあるタイムピースを創り出すメゾン」としての地位を確立した。
それこそが彼らの矜持である。5億円超えという価格は、その真髄を自身の目で検証するための入場券なのだ。



