時計修理の現場から/フランク ミュラー「トノウ カーベックス」のゼンマイを入れ替える(第3回)

FEATUREその他
2020.03.17

『クロノスファム』の編集長が所有するフランク ミュラー「トノウ カーベックス」(手巻きムーブメント、キャリバーETA7001を搭載)が、ゼンマイ切れを起こした。分解洗浄、ゼンマイ交換に引き、最終回の今回は組み立てと外装仕上げをリポートする。

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分解したパーツ入りのバスケットがセットされた超音波洗浄機。洗浄機は東京に本社を置くヴェルヴォクリーア社製の国産。


ムーブメントを組み立てる

 洗浄機から取り外し、乾燥させた部品を組み立てていく。まずキチ車とツヅミ車に注油をしながら巻き真をセット。ちなみにキチ車は、巻き真と丸穴車を連結する部品。リュウズを巻き上げる力は丸穴車から角穴車を経て香箱内の主ゼンマイを巻き上げ、エネルギーとして蓄積され表輪列に作用していく。ツヅミ車はリューズを回すことで小鉄車やキチ車へ力を伝える部品。

表輪列の丸穴車を組んでいる様子。ムーブメントのケーシング後は見ることができないが、このキャリバーETA7001のムーブメントの地板は、表輪列にはコート・ド・ジュネーブ、裏輪列にはペルラージュ装飾が施されている。

 腕時計のムーブメントを組み立てる時には、主に3本のピンセットを使い分けるという山本さん。写真のように輪列などを組み立てる際に最も多く使うのは銅のピンセット、通称ザラピン。ザラピン以外で使う2本はいずれも鉄製で、太さが異なる。ゼロ番と呼ぶ太いものは大きな力をかけなければならない時に使う。5番ピンと呼ぶ細い方は、ヒゲゼンマイなど繊細なパーツに用いる。

裏輪列を組み立てた後、リュウズを回して部品の噛み合わせを確認する。

 裏輪列が組み込まれた後、リュウズを引いたり戻したりして部品の噛み合わせを確認する。また表輪列を組み立てた後にはリュウズを回して、歯車とカナが正しく連結しているかを確認する。歯車がすべてスムーズに回転し、かつガンギ車は停止する直前に少し逆回転する程度になるということが、回転の際に何の抵抗も受けずにいる証ということであり、理想的な動きのだという。

(左)針回しを確認した際に筒カナと2番車との食いつきが弱い感覚があったため、筒カナのくぼみ部分に少し力を加えることで2番車のホゾへの食いつきを強くする。(右)かしめた筒カナを2番車に圧入。左手に持つ機器はもともと穴石調整器だったものを、山本さんが独自に改造したもの。筒カナを組み入れる際に、隣り合わせる日の裏車と接触しお互いが傷つくのを避けるために使用。時計修理工房では、時計師が自分に合ったオリジナルの工具を製作したり、こうして工具に改良を加えたりという場面を多く見かける。


歩度測定

歩度測定器として大きなシェアを誇るのは、スイス・ウィッチブランドのタイムグラファー。ディスプレイ左上に日差が3秒と、その右に振り角が表示されている。

 タイムグラファーを使って、正しく時間が刻まれているかをチェック。タイムグラファーにムーブメントをセットし、医師の聴診器のように刻音を拾ってグラフに表示する。テンプの「振り角」が300°程度あることと、テンプの振りの左右バランスの偏り「片振り」が無いこと、それから時の進み遅れを示す「歩度」を細かくチェックし、不調があればその都度、修正を施す。歩度のみの問題であれば「緩急針」のみで対処できるが、そうでなければヒゲ持ちを可動させるなど細かく調整する。腕の方向で時間の刻み方に差異が出る「姿勢差」が出ぬよう、水平、垂直、文字盤上、文字盤下などさまざまな向きで確認。タイムグラファーに示される2本の線が水平に歪みなく重なればOK。
 ちなみに主な刻音は、振り石がアンクルに当たるとき、アンクル爪とガンギ車が衝突するとき、アンクル竿が竿の振れ幅を制限する「ドテピン」に当たるときに発する。


外装を磨く

(左)18Kホワイトゴールドのケース風防をバフ掛けする様子。削り粉が出るので、このあと超音波洗浄機にて洗浄。(右)艶々と光る外装部品。

 ケースと風防、裏蓋、中枠、尾錠、リュウズ、ツク棒を、紙やすりやバフ、磨き粉を使って小傷を取り、磨き上げる。さらに、ヘアラインや鏡面仕上げを施し、新品のようによみがえらせる(新品仕上げ)。


組み立て完了

洗浄を行った後はエアコンプレッサーで水滴を飛ばし乾燥させる。いよいよ最終段階のケーシングへ。

 ケース内や文字盤上にホコリがないか十分に確認し、ケースにムーブメントを収める。ワールド通商では、作業者、検品者2名の3重確認を行うという。ケーシングはワールド通商では、作業者、検品者2名の3重確認を行うという。によって分業を行う工房もあるが、フランク ミュラー ウォッチランド東京は今回の山本さんのように、担当者がすべての工程を担当する。


防水確認

日本企業ハムロン・テック製の防水試験器。空気加圧により防水性を確認する。

 最後に防水チェックを施す。それによって、新しく取り換えたゴムパッキンがしっかりと効き、ケーシングがきちんと行われたことを確認する。ブレスレットを取り付け、全工程が完了。しばらく工房で時計を動かし続け、時間経過の様子を確認した後、持ち主に完了連絡が取られる。
 
 今回は一連の分解組み立てから、ゼンマイ交換までを行って、料金は6万6000円(税別)。

 分解から組み立てまで、すべての工程を公開してくださったワールド通商テクニカルサービス部の山本宜充さん、ありがとうございました。

 フランク ミュラー ウォッチランド東京の工房は、スイスのウォッチランド本社に倣った内装に設えられる。工房内には採光の良い明るい木目調の空間が広がる。時折、顧客限定で工房見学を実施するということなので、参加できるラッキーな方はぜひ満喫してほしい。

第3回(最終回)を読む
https://www.webchronos.net/features/22024/


修理工房情報

フランク ミュラー ウォッチランド東京(日本輸入総代理店/ワールド通商)
住所:東京都中央区銀座5-11-14
電話:03-3549-1949
HP :https://franckmuller-japan.com/
今回の修理担当:山本宜充さん/ワールド通商(テクニカルサービス部)