松山猛の台湾発見/東方美人・包種茶

2019.01.05
松山猛・著『ちゃあい』より(1995年、風塵社刊)
同じ茶葉でもその発酵の度合いや製茶法によって、さまざまな茶に変身するのがおもしろい世界だ。台北の北東の坪林の地で作られる包種茶は発酵の度合いが軽く、そしてあまり揉捻されない形をしている。同じように揉捻は軽いが発酵度合いが高い東方美人は、稲につくウンカという虫が茶葉に着き、その影響で摘み取る前に樹上で発酵するという変わり種だ。


東方美人(オリエンタル・ビューティー)

台中で人気を集めている「宮原眼科」。かつて日本人医師の宮原武熊の眼科だった建物も名前もそのままに、スイーツ店として再利用したユニークな場所だ。写真は宮原眼科のドリンクコーナーで、さまざまな種類の茶を楽しむことができる。


 台湾産の中国茶にもいろいろあって、どれが好みですかと聞かれて、返答に困ることがある。包種茶、鉄観音、烏龍とそれぞれに独特の良さがあって、どれかひとつとは言いにくい。
 その年の気候に左右される農作物だし、ワインのヴィンテージに似て、同じ畑で作られているのに、その年、その季節によって旨さはぜんぜんちがう。
 茶を評定するのに、専門家たちは官能試験をして、同じ条件でいれた茶を、その色、香気、味をもって判断する。ダイアモンドの4Cといって、色(カラー)、透明度(クラリティー)、研磨(カット)、大きさ(カラット)で、基準づけられるのにそれは似ていなくもない。宝石の場合とちがうのは、その味が人間の官能で決められるところにある。
 台湾の「東方美人」という茶も、実においしい。半発酵茶のなかでも、古典的なスタイルの茶で、発酵度数がかなり高く、むしろ紅茶に近い味わい、香気、色にいれることができる茶種だ。
 この茶との最初の出合いは、もう10年も前のことだ。台湾の茶に夢中になり、いろいろと調べたいと思っていたとき、取材に出かけた、日本の農林水産省にあたる省の台湾の人が、来台の記念にとくださったのがこの「東方美人」だった。
 それは見馴れていたどの茶とも異なる、色、かたちの茶で、縮れながらも自然に乾燥したような形状、赤みがかった美しい茶褐色をベースに、少し緑色の残るところ、そしてうぶ毛がはえた新芽の部分の銀白色が混じる。
 日本に帰っていれてみると、実にまろやかな味なのにおどろいたが、それに加えて香りが良い。とてもフローラルなのである。茶杯から立ちのぼる香りは、さながら花園にいるようなのだった。
 11月、僕は久しぶりに台湾の地方都市新竹へ向かった。さらにバスを乗り継いで竹東という小さな町の郊外で、茶商をしている影さんに会いに出かけた。
 いろいろと珍しい茶、今年の良くできた茶を試飲させてもらっていて、ふとショーケースを見ると、今年開かれた、新竹県のコンテストで特別賞をとったすごい「東方美人」茶が、缶に入っていた。
 聞けばコンテストに出品した茶と同じ畑の葉で、同じ入選者が作った品もあると言う。さっそくそれを分けてもらって、毎日のように飲んでいる。このあいだインドから来た人に、これが台湾の良いお茶といって飲ませたら、素晴らしい味と香りだと感激していた。「東方美人」という名前のひびきも良いし、昔の人の茶に対する気持ちがこめられていておもしろい。その名に負けぬ茶の女王らしい茶だと言えよう。