東方美人(オリエンタル・ビューティー)
台湾産の中国茶にもいろいろあって、どれが好みですかと聞かれて、返答に困ることがある。包種茶、鉄観音、烏龍とそれぞれに独特の良さがあって、どれかひとつとは言いにくい。
その年の気候に左右される農作物だし、ワインのヴィンテージに似て、同じ畑で作られているのに、その年、その季節によって旨さはぜんぜんちがう。
茶を評定するのに、専門家たちは官能試験をして、同じ条件でいれた茶を、その色、香気、味をもって判断する。ダイアモンドの4Cといって、色(カラー)、透明度(クラリティー)、研磨(カット)、大きさ(カラット)で、基準づけられるのにそれは似ていなくもない。宝石の場合とちがうのは、その味が人間の官能で決められるところにある。
台湾の「東方美人」という茶も、実においしい。半発酵茶のなかでも、古典的なスタイルの茶で、発酵度数がかなり高く、むしろ紅茶に近い味わい、香気、色にいれることができる茶種だ。
この茶との最初の出合いは、もう10年も前のことだ。台湾の茶に夢中になり、いろいろと調べたいと思っていたとき、取材に出かけた、日本の農林水産省にあたる省の台湾の人が、来台の記念にとくださったのがこの「東方美人」だった。
それは見馴れていたどの茶とも異なる、色、かたちの茶で、縮れながらも自然に乾燥したような形状、赤みがかった美しい茶褐色をベースに、少し緑色の残るところ、そしてうぶ毛がはえた新芽の部分の銀白色が混じる。
日本に帰っていれてみると、実にまろやかな味なのにおどろいたが、それに加えて香りが良い。とてもフローラルなのである。茶杯から立ちのぼる香りは、さながら花園にいるようなのだった。
11月、僕は久しぶりに台湾の地方都市新竹へ向かった。さらにバスを乗り継いで竹東という小さな町の郊外で、茶商をしている影さんに会いに出かけた。
いろいろと珍しい茶、今年の良くできた茶を試飲させてもらっていて、ふとショーケースを見ると、今年開かれた、新竹県のコンテストで特別賞をとったすごい「東方美人」茶が、缶に入っていた。
聞けばコンテストに出品した茶と同じ畑の葉で、同じ入選者が作った品もあると言う。さっそくそれを分けてもらって、毎日のように飲んでいる。このあいだインドから来た人に、これが台湾の良いお茶といって飲ませたら、素晴らしい味と香りだと感激していた。「東方美人」という名前のひびきも良いし、昔の人の茶に対する気持ちがこめられていておもしろい。その名に負けぬ茶の女王らしい茶だと言えよう。