復刻モデルの純度と手法

FEATURE本誌記事
2020.10.07

加工技術の進化とドーム型風防

マテリアルの変化が生み出すデザインのアプローチ
復古調の時計に欠かせないアクセントがドーム型風防である。しかし今、ドーム型風防を採用することに、かつてのような機能上の理由を見いだすことは難しい。現在、ドーム型風防を採用した時計があるなら、それは明らかに復古調の意匠を強調するためと言えるだろう。ドーム型風防の歴史と現在を見ていくことにしよう。

プレキシグラス製のドーム型風防

プレキシグラス製のドーム型風防

パネライに備えられたプレキシグラス製のドーム型風防。独特な光の揺らぎはプラスティック素材に固有のものだが、少なくとも機能的な必然性はすでに失われている。復刻、または復古調のデザインに必要なのは形状のほうであり、素材それ自体ではないはずだ。

 1930年代後半、プラスティック製(あるいはアクリル製)の風防が現れた。これは従来までのミネラルガラスを駆逐するように普及していった。粘りのあるプラスティックはミネラルガラスよりも割れにくく、腕時計の風防として使うにはうってつけだったのである。

 割れにくさが特徴のプラスティック風防。これをより丈夫にするには、素材の厚みを増し、丸く成形して、応力を分散させればよい。やがてプラスティック製の風防が、厚みと丸みを増していった理由である。風防が丸みを帯び、厚さを増すにつれ、保持するベゼルも厚くなり、それは腕時計に固有の形を与えるようになった。アンティークウォッチ固有のスタイルは、プラスティック製のドーム型風防がもたらしたものといって、過言ではないだろう。

 しかし風防の素材がサファイアクリスタルに変わると、その形状は平たくなった。当時の時計産業はサファイアクリスタルをドーム型に加工する技術を持っていなかったためであり、そもそも応力を分散させずとも、サファイアは割れにくかったためでもある。

 サファイアをドーム状に成形するという試みはいつから始まったのか? 筆者の知る限り、初めて手がけたのはロレックスである。しかし同社のドーム型風防は、肩を落としただけのものであった。

 本当の意味での初出は、おそらくオメガだろう。94年の「ルネサンス」は30ミリキャリバーを載せた、正真の復刻版であった。オメガはこのモデルに、かつてのドーム型プラスティック風防を思わせる、盛り上がったサファイア製風防を採用したのである。限定モデルであればこその試みといえるが、以降のスウォッチグループは、スピードマスターなどにもドーム型サファイア風防を搭載するようになっていった。

 対してスウォッチ グループ以外の各社は、サファイアをドーム型に成形できるサプライヤーを見つけられなかった。他社が高純度の復刻モデルを出したくとも、容易に製作できなかった理由であり、あるいは今ある復刻モデルの多くが、プレキシグラス、つまりプラスティック製の風防を採用した一因である。

 仮にそういったサプライヤーを見つけたとしても、サファイアをドーム型とするには、かなりコストを要した。事実スイスを代表する風防メーカーのステットラー社は「風防をドーム型に変えると、コストは3倍以上になる」と説明する。サファイアを平たく成形するには、ダイヤモンドカッターで輪切りにすればよい。しかしドーム型とするには多軸のCNCが必要であり、しかもその加工時間は、ステンレスケースの比にならない。

 ただしドーム型のサファイアに対するハードルは、今後ぐっと低くなるだろう。いくつかのサプライヤーは、ドーム型風防の製作に適した工作機械を導入したと聞くし、筆者もステットラー社が、ドーム型風防の製作に適した5軸のCNCを導入したことを実際に確認している。つまりドーム型サファイアの製造コストは従来よりも大きく下がるはずで、それはドーム型風防を持つ、復刻モデルのリリースを多く促すことに繋がるだろう。少なくともパネライやジャガー・ルクルトの復刻モデルは、遠からぬうちにすべて、サファイア製の風防に置き換わるのではないだろうか。風防という観点から見ると、復刻モデルの歴史は、まさに始まったばかりなのである。    (広田雅将)