SHIGEtei (神楽坂) / この世ならぬ美味のクリエイター

2019.07.26

心地よく食する穏やかな時間

神楽坂という街を象徴する石畳が続く細い路地に、2018年末ひっそりと誕生した「SHIGEtei」。上質な食材を独自の感性で仕立てる料理の数々が、食べ手を和ませる。

外川ゆい:取材・文 Text by Yui Togawa
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura

St.Thomas( セントトーマス)
ボンベイサファイアをベースにした陽気なカクテル。パイナップル、青臭さを残さないよ
う皮を剥いた胡瓜、レモングラスなどを使った自家製のジュースを合わせている。仕上げにアブサンをスプレーし、火をつけて香り豊かに。きめ細やかな泡の上にディルを添えて提供する。優美な形状の錫の酒器は、「Nagae+」による錫製猪口。1700円。

 神楽坂の石畳。しかも、人がすれ違いできるかどうかの細い路地。情緒を感じつつ進み、小さなガラスに「SHIGEtei」の文字を見つけていただきたい。扉を開けると、カウンターに行儀よく箸が置かれた折敷が並び、日本料理を連想させられるが、ポップなイラストやシェフの店主のコックパンツなどからは、洋食のニュアンスも感じられる。美しく活けられた花は、流儀にとらわれず和と洋が共存。そんな空間が醸し出すテイストは、料理にも重なっていく。

 カウンターに立ち、ひとりで店を切り盛りする長野成宏氏。「妥協はしないが、遊び心もある」。これは、「ほそ川」の細川敦史氏と「天てんぷら うち津」の内津貴久氏から学んだ料理に対する姿勢で、現在にも大きく反映されている。最高峰の食材を使用し、組み合わせや技において自由な感性を存分に発揮。ゆえに、クラシックな料理であっても「SHIGEtei」の料理となる。

 料理は、季節と共に変化していくが、通年用意しているのが、ヒレカツだ。まずは、小さなカットをそのまま味わう。なんとも軽やか続いて、自身でパンに挟んでいただく。自家製のマヨネーズやマスタード、カルピスバターが相まって旨さを増す。「卵のコクと酒粕のお酢が決め手。パンを添えるのは、2度楽しめるから」。

 ちょうどヒレカツやご飯物などを出す食事の終盤から、ゲストとの会話が徐々に増えていく。もちろん最初から料理の説明は丁寧だが、料理も酒もひとりで対応するため、程よい距離でもてなす印象を受ける。人見知りなのでと言うが、物足りなさは決してない。それは、言葉以上に饒舌な一皿が、作り手と食べ手の間に存在しているからだろう。

「SHIGEtei」は、自宅で友人を招いていた時の名前に由来。舞台を神楽坂に移しても、料理で人を喜ばせたいという思いは変わらない。13品前後の充実したコースもいいが、アラカルトを用意するのもゲストへの心遣いあってこそ。「今夜は、好きなお酒を片手に、いくつかの旬をつまみたい……」、そんなシンプルな欲を満たしてくれる。だからまた、自然と足が向く。


長野成宏 Shigehiro Nagano
1981年、福井県生まれ。美容師として2年働いた後、鉄板焼きでの仕事を機に料理人の道を志す。スペインバルで3年働いた後、鮨屋へ。韓国の日本料理屋で腕を振るい、帰国後は多彩な業態を経験。神楽坂「ほそ川」を経て、2018年12月に「SHIGEtei」を開業。

目を引く大きなジョール・ホランド氏の作品からは、枠にとらわれない食の楽しさが伝わってくる。コの字型のカウンターには10脚の椅子が並ぶが、基本的には1日6~8名まで。貸し切りの場合は応相談。


SHIGEtei
東京都新宿区神楽坂4-2-27
☎ 080-7053-0077
不定休
18:00~23:00 おまかせコース1万円、
アラカルト700円~(消費税、サービス料5%別)