日本の独立時計師が語るジャパンテクノロジー(菊野昌宏編)

FEATURE本誌記事
2019.09.12

日本製品に対する世界の印象を総括すれば、だいたい“ハイクォリティ”というあたりに落ち着く。これはようやく世界展開の緒に就いた国産腕時計にも同様だが、それが“高級時計”と認識されるには、まだまだ時間が必要だろう。こうした中で、日本流の美意識と技術を世界に向けて発信しているふたりの独立時計師。彼らの最新の取り組みと、彼らの周囲にある国内の各種製造業から、誇るべきジャパンテクノロジーの姿を浮き彫りにしてみたい。

吉江正倫:写真 Photographs by Masanori Yoshie
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2015年1月号初出]

世界に評価されはじめたジャパンブランド

 過日、各トロフィーが決定した2014年度のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリで、グランドセイコーの「ハイビート 36000 GMT」が、新設された〝プチ・エギーユ〞賞を獲得した。本格的な世界進出を目するGSにとって、受賞それ自体は喜ばしいことだが、〝小さな針〞を意味するこのプライズは、実質的には〝ミドルクラス〞の比喩表現に過ぎない。GSは国産腕時計における最高峰カテゴリーのひとつであり、その〝品質〞に関しては、各国の著名ジャーナリストも絶大なる信頼を寄せている。しかしGSがオートオルロジュリ=高級時計として正しく世界市場に認識されているかと言えば、まだ十分な名声が確立されているとは言い難い。

 もう一方の雄であるシチズンが国内向けに展開する機械式ムーブメントの最上位機種「キャリバー09系」も、コストコントロールの観点から考えれば存続を再検討せねばならない時期に差し掛かっていると予想できるし、また国産時計メーカー向けに軸受宝石(受け石)を生産していたアダマンド工業は、14年に国内での生産を打ち切っている。GSの世界進出やシチズンによるラ・ジュー・ペレ吸収劇など、ジャパンブランドの名が世界に届こうというこの時期、その裏では国内インフラの弱体化も見え隠れしてくるのだ。こうした状況の中、AHCI(アカデミー/独立時計師協会)に籍を置くふたりの日本人独立時計師には、本人たちにその意識があるかどうかは別として、日本の高級時計作りの担い手として大きな期待を寄せたくなる。彼らが取り組んでいるのは、スイスとは異なる〝ジャパンテクノロジーの実践〞に他ならないからだ。

ミナセ

ミナセ HiZシリーズ ディヴァイド

ミナセ HiZシリーズ ディヴァイド
エスペラント語で“分割”を意味するディヴァイド。ケース上下とラグのすべてを分割したマルチレイヤー構造のケースは、秋田の皆瀬工場による。自動巻き(Cal.ETA2824ベース)。25石。2万8800振動/時。SS(直径40.5mm)。46万円。問協和精工☎04-7157-4649

平面と2次曲面を複雑に組み合わせたディヴァイドのケース構造。デザインに3次曲面を一切用いないのは、すべての面に“ザラツ研磨”を施すため。

(左)ザラツ盤を用いた研磨の様子。なお“ザラツ”はスイスの工具メーカーが由来。
(右)ミナセの母体となるのは、工具メーカーである協和精工。写真は工具磨きの様子。自社製工具のテストも兼ねて、優れた切削技術を備えるこうした工場は比較的多い。

優れた切削技術を物語るケース・イン・ケース構造。ダイアル面と一体化されたミドルケースとインデックス部、バックプレートで、インナーケースを形成する。図は「ファイブウィンドウズ」のものだが基本は同一。ブレスレットは永続的なメンテナンスを可能とする“MORE構造”。構成パーツのすべてが分解可能だ。