ルモントワールとコンスタントフォース概論(前編)

FEATURE本誌記事
2019.11.07

ルモントワールの歴史と意義、そして構造

第一線の時計関係者でさえしばしば混同するルモントワールとコンスタントフォース。
クロック用のルモントワールから始まった定力装置は、どのような経緯で進化を遂げ、やがてコンスタントフォースへと分かれていったのか?
本邦きっての“時計理論家”である菊池悠介氏が、その長い歴史と主なバリエーションを記す。

ルモントワールとコンスタントフォースを副動力の種類とその巻き上げ量に従って分類し、さらに副動力のロックと解除を司る部品の形状により詳細分類を作成した。この表から現代の腕時計ルモントワールの源流が18~19世紀のクロックにあることがわかる。

1990年代の後半にフランソワ-ポール・ジュルヌは、複雑機構のルモントワールを搭載した「トゥールビヨン・スヴラン」を発表した。この時計は2004年のジュネーブウォッチグランプリで、最高賞である〝金の針賞(エギーユドール)〞を勝ち取り、以降A.ランゲ&ゾーネ、ラング&ハイネ、IWCなどがこぞってルモントワール付きの時計を発表するようになった。いまやルモントワールの開発は、時計業界の魅力的なテーマのひとつとなっている。


 そもそもルモントワールとはどのような機構なのか? 大雑把に言うと〝ししおどし〞のようなものだろう。香箱から供給されるトルクは時間とともに減少するが、ルモントワール機構はししおどしの竹筒のように、一定のトルクを溜め込んでテンプに伝える。そのため主ゼンマイのトルク変動からテンプを切り離すことができ、テンワの振り角は大幅に安定する。テンワの振り角が重要な理由は、機械式時計の精度を決める大きな要素だからである。


 理由を説明したい。時計に誤差をもたらす要因には大きくふたつある。脱進機が存在する以上、決してなくすことのできない誤差を「脱進機誤差」と呼ぶ。またヒゲゼンマイの材質や形状が完璧ではないために引き起こされる誤差を、「平等時性誤差」という。通常このふたつの誤差はテンワの振り角に応じて変動するため、振り角が高い時も低い時も、高精度になるような調整を与えることは非常に難しい。しかしルモントワール機構を搭載すれば、テンワの振り角をほぼ一定に保つことが可能になる。その結果、脱進機誤差と平等時性誤差も安定するため、常に時計が高精度となるような調整を与えられるようになる。


 そもそも時計の歴史において、力を一定にする〝定力装置〞はルモントワールに限らなかった。その歴史は非常に古く、最も原始的なものは、紀元前の水時計に採用された「コンスタントフロー機構」にまで遡れる。水時計とは、容器下の筒から出る水の量で時間を測る時計である。しかし、容器中の水位によって出る水量が変わるため、正しい時間を計測できない。そこで生まれたのが、容器内の一定の高さに穴をあけ、容器中の水位を保つコンスタントフローであった。水位を保つことで、筒から出る水量は一定となる。構造は単純だが、概念としては現代のルモントワールに通じるだろう。このような機構が紀元前に存在していたのは驚くべきことだ。コンスタントフローの採用により、水時計は1000年以上もの間、世界中で広く用いられた。


 14世紀になると重い錘(おもり)を動力源とする重錘時計がようやく登場する。重錘にはたらく重力が時計を駆動するため、これも立派な定力機構といえるだろう。続く15世紀には主ゼンマイが発明され、時計の小型化、携帯化を可能にした。しかし当時の主ゼンマイは材質が悪く、トルクの変動が非常に大きかった。これを解決するために、「スタックフリード」と「フュジー」というふたつの機構が発明された。前者は香箱の回転に応じて主ゼンマイに抵抗を与え、トルクを均一に近づける機構である。対して後者はチェーンとフュジー車と呼ばれる複雑な形状の部品からなるものだ。フュジーは変速ギアに組み合わされた自転車のチェーンに喩えられよう。主ゼンマイの力が強い時はギアが重く、主ゼンマイの力が弱まるにつれてどんどんギアが軽くなっていく。こうして伝わる力を一定に近づけることができるのだ。

スタックフリード機構

スタックフリード機構
端的に言えば、香箱に抵抗をかけることでトルクを一定に近づけようとしたものである。多くのエネルギーを香箱との摩擦に消費してしまうため非効率な機構と言わざるを得ない。
フュジー機構

フュジー機構
香箱から伸びる鎖の回転半径をゼンマイのトルクに合わせて変えることで一定に近いトルク供給を可能にした。19世紀まではマリンクロノメーターなどに広く用いられた。

 ルモントワールが登場するのは16世紀末であり、最初に用いたのは、ドイツの時計師ヨスト・ビュルギとされている。彼がヘッセン=カッセル方伯ヴィルヘルム4世のために製作したクロックは、3カ月ものパワーリザーブを持っていたため、主ゼンマイの強烈なトルク変動をルモントワールによって抑え込む必要があった。初期のルモントワールは主ゼンマイの近くに配置されることが多かったが、時代を経るにつれて、時計師たちはその位置を調速機に近づけるようになっていく。


 ルモントワールを限界まで調速機に近づけたものを「コンスタントフォース」と呼ぶ。中でも脱進機と定力装置が融合したものを「コンスタントフォース脱進機」と呼ぶ場合もある。初めてコンスタントフォース脱進機を備えた時計を製作したのは、イギリスの時計師トーマス・マッジだった。1755年のことである。そしてアブラアン-ルイ・ブレゲらがマッジに続いた。


 現代では主ゼンマイのトルクを安定させる手法として、ルモントワールやコンスタントフォースではなく、マルチバレルが採用されることが多い。これは主ゼンマイを複数配置してパワーリザーブを延ばすことで、時間あたりのトルク変動幅を小さくする仕組みだ。トルクが一定になるわけではないので、厳密には定力機構と呼べないが、等時性が高い現在のテンプと組み合わせることで、十分実用に堪える精度を出せる。

テンプに伝達されるトルク変化

ルモントワールを備えた時計、コンスタントフォースを備えた時計、通常の脱進機を持つ時計の3種類について、テンプに伝達されるトルク変化を比較した図。縦軸がトルク、横軸は時間を表す。コンスタントフォースが最も一定に近いトルクを供給できることが分かる。



 では現在、ルモントワールを時計に組み込むことに、どんな意義があるのか。その答えは、ルモントワールとコンスタントフォースの4世紀にわたる変遷の中に隠されている。