精密加工の基準で作り上げた、驚くべきアナログプレーヤー

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2020.08.01

一部の時計好きには知られる精密部品加工、装置設計開発のメーカーが由紀精密だ。2020年6月、同社はまったく新しいコンシューマープロダクト「AP-0」(エーピーゼロ)を発表した。これは、精密部品加工の技術を投じて生まれた、類を見ないアナログプレーヤーだ。

AP-0

 神奈川県の由紀精密は、その名の通り、超精密な部品を製造するメーカーである。今や航空宇宙関連部品や医療機器関連部品の試作・量産を行うほか、フランスなどにも子会社を設ける同社は、日本の製造業が向かうべき方向性のひとつを指し示している。

 2020年6月、由紀精密は新しいコンシューマープロダクトを完成させた。知られているのはスイス型自動盤で製造した「SEIMITSU COMA」。続く新作はやはり精密だが、まったく予想外の物だった。アナログプレーヤー、つまりレコードプレイヤーのAP-0である。プレスリリースにはこうある。

AP-0

機械式時計、人工衛星や航空機のエンジン部品なども製造可能な由紀精密。同社の製作するアナログプレーヤーがAP-0だ。独立式により、33,45,78回転ごとの個別のピッチ調整、ピッチ設定の保管が可能。縦560×高さ209×幅353mm(突起部含む)、総重量は27.4kg。200万円(税別)、参考納期は3ヶ月。
https://audio-yukiseimitsu.com/

「機械設計エンジニアが構想し精密旋削加工技術にこだわり抜いて生まれたピュアオーディオ向けアナログプレーヤーの受注を開始」。

 由紀精密が扱う工作機械と、音響機器には共通点がある。できるだけ振動を与えないことだ。もちろん、音響機器も振動を抑えるための工夫を凝らしているが、工作機械とはレベルが異なる。

 開発を指揮したのは、技術開発事業部の永松純氏だ。

「技術開発事業部はお客様の開発支援が主な業務ですが、何かを発信できないかは考え続けていました。いくつかのアイデアの中で、回転体には高精度な旋盤加工が活用できること、また私がオーディオ好き、社長も音楽好き、ということから、旋削の生きるアナログプレーヤーの開発がぴたりと定まったんです」。

 オーディオ機器の中でも、アナログプレーヤーははっきり機械装置と呼べる存在、と永松氏は語る。そのため、装置一般の設計で、考慮すべき部分に忠実であることを心がけたという。必要な部位には適切な剛性を持たせること、回転体は重心バランスを保ち、不要な負荷を与えないこと、無駄な振動は発生させないか減衰させること、電気的に浮いた部分を作らないこと、外的なノイズはシールドすること、などだ。

 計画が始まったのは2017年の秋。開発メンバーを永松氏の自宅に呼んで、アナログプレーヤーの音を聴いてもらい、由紀精密でこれを開発してみたいということと、その意義について説明した。その後、様々なプレーヤーの研究を行い、約1年かけて秘密で原理試作を行ったという。原理試作を大坪社長に見せたのは2019年1月30日のこと。ほとんど仕様は決まっていたが、主要部の動作検証も兼ねたという。その後、細部の設計を始め、1年半後に完成となった。永松氏曰く「リスクのある設計を大幅に修正した」とのこと。

AP-0

アルミ削りだしの筐体を持つAP-0。精密な加工を得意とする同社だけあって、機械式時計のケースのような仕上がりを持つ。

 完成したアナログプレーヤーは、レコードを支える土台「プラッター」に重量バランスの取れた削り出しを採用。また、できるだけプラッターの慣性モーメントを大きくすることで、回転を阻害する急激なノイズに対して、プラッターを鈍く反応させたという。これ自体は、アナログプレーヤーで広く見られる設計思想だ。

 独走的なのは、プラッターを支える軸受けである。軸受けはラジアル方向、つまり垂直方向をマグネットで浮かせ、重さをセラミックスベアリングの点接触だけで受けている。これによりボールベアリングやすべり軸受けから発生するわずかな振動を排除したという。「これだけの重量物を1点で受け、あとは浮いているので制振性に大きく寄与している」とのこと。

 もっとも、軸受けの製造はかなり難しいらしい。マグネットでラジアル荷重を支えているため、重心と軸位置がずれると容易に偏心するとのこと。ここが加工の腕の見せ所のようで、永松氏は今でも加工部門と協議を続けている。

 振動を抑えるために、制振材は使っているが、それ以上に、設計で制振を押さえる配慮が際立っている。一例が、アナログプレーヤーを支える脚だ。フラットに見えるが、内部には点接触を実現する機構が内蔵されており、ハウリング防止に一役買っているとのこと。しかし、永松氏はさらに改良を加えた足回りを開発中だという。

AP-0の多くな特徴が、シンメトリーレイアウト糸ドライブ。テンションをかけたケブラー製の糸で支えることで、回転動力のみをプラッターに伝えている。また、水平方向に連結した2本のシャフトが、ドライブ糸から受けるテンションバランスを取っている。

 また、モーターからの駆動伝達にはベルトではなく、ケブラー製糸を用い、シンメトリーに固定することでプラッターの回転を均等化した。永松氏曰く「ベルトドライブを使うとベルトの張力計算と実物に乖離が出来る懸念がある。またシンメトリーにしなければ、浮遊したプラッターにラジアル荷重がかかってしまうのが気になっていた」とのこと。

 こういった配慮は、トーンアームにも見て取れる。トーンアームのサポートには防振材を使用し、筐体と振動のやりとりをシャットアウトした。面白いのはアームの形状だ。永松氏は「賛否両論はある」としたうえで、ストレートアームを採用した。

「ストレートだと再生エリアの中央に力がかかってしまうんです。外側(再生開始の方)だとインサイドフォースが、内側(再生終了の方)だとアウトサイドフォースがかかります。私たちも違う設計を検討しましたが、バランスと剛性を重視してストレートとしました。賛否あるので、セカンドアームも設置できるスペースを確保した構成としました」。好みに応じて変えてください、ということだ。また、カンチレバーの振動を正確に伝えるため、独自のブレーキを採用したとのこと。アームに無駄な首振りをさせないことが重要だった、と永松氏は語る。なお、このブレーキは、アナログプレーヤーではない他の機構に触発されたものという。

 日本の精密機器メーカーが、そのノウハウを投じて作り上げたアナログプレーヤー。正直価格は安くない。しかし、その手間と驚くべき完成度を考えれば、価格は妥当だろう。ご興味のある方は、ぜひ由紀精密にアプローチされたし。


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