フランク ミュラー「カサブランカ」にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する

FEATURE時計にまつわるお名前事典
2022.07.13

 そうして生まれたのが、縦・横・斜めのすべての方向に曲線を描き、それらの曲線が1点に集約する、球体から切り出したような3次元曲線フォルムのトノウ カーベックスケースだ。

 なお、従来の平面的なトノウ型ケースとは根本的に異なるため、欧米では「トノウ カーベックス」ではなく「サントレ(湾曲)カーベックス」と呼ぶのが正式とされる。

 そして、完成したモデルを1986年のビチェンツァの見本市に出品。するとトノウ カーベックスケースが大評判となり、当初はワンオフのつもりであったのが、その後も製作されることになったのだ。

 さて、そんなトノウ カーベックスケースを用いたモデルで、ことさら特別なのが「カサブランカ」である。

「カサブランカ」は1994年に発表された。名前の由来は1942年の映画「カサブランカ」だ。

「カサブランカ」は、この映画で描かれた1940年代のフランス領モロッコのカサブランカをイメージし、当時のヨーロッパ人の多くが抱いていた彼の地への憧憬を表現した、旅の時計としてつくられた。

 最大の特徴は、それまでゴールドケースのみであったのを、初めてステンレススティールケースを採用したこと。だが、複雑な3次元曲線フォルムのトノウ カーベックスケースを硬度の高いステンレススティールで完璧に製造するのは非常に困難であった。それを可能としたのが、第一の特別な点だ。

 ダイアルのクリアラッカーを省き、あえて日に焼けやすくして、経年変化を楽しめるようにしたのも特別な点。そんな時計は前代未聞であり、いまもおそらくほかにはないだろう。

 ストラップも使うほどに味の出るナチュラルカラーのカーフを使用。白の手縫いのステッチを配し、ヴィンテージ風に仕立てているのも洒脱だ。さらに、ステンレススティールのブレスレットがラインナップされたのも特筆すべき点である。

 ほかにも、ダイアルのギヨシェ模様を廃したこと、ビザン数字インデックスに夜光塗料を施したことなど、随所にこれまでのフランク ミュラーと大きく違う点が見られる。「カサブランカ」はまさに特別なのだ。

 そしてさらに、もうひとつ。ここからは筆者の個人的な思いだが、「カサブランカ」の本当の特別さは、やはりその名前にあるように感じるのだ。

 というのも「カサブランカ」といえば、いまの若者にはどうか分からないが、ある年齢以上の世代には飛び切り特別な映画である。筆者は時計師のフランク・ミュラーと誕生した年が1年しか違わないので分かるのだが、我々の世代にとって、「カサブランカ」は最高の名作映画のひとつ。主演のハンフリー・ボガートは最高に格好いい男だ。物語も最高、衣装も最高、舞台も最高、しかも恋人役はイングリッド・バーグマン。そして、あの台詞だ。

「昨日はどこに?」「そんな昔のことは覚えていない」「今夜会える?」「そんな先のことは分からない」

「君の瞳に乾杯」

 そんな誰もがよく知っていて、一度は言ってみたくて、でもキザすぎて言うことのできない、名台詞がずらりと並ぶ。その世界観で「カサブランカ」はつくられた。実際、フランク・ミュラーは「パリのエレガントな香り、モロッコの砂漠の色合い、ダンディズム、お洒落感……、映画を見てもらうとよく分かりますが、その雰囲気が時計に合致したのです」と語っている。

 だから「カサブランカ」はステンレススティールケースであっても、最高のドレスウォッチである。なにしろ最高にエレガントでダンディ、お洒落で格好いい男のボギーのイメージでつくられたのだからだ。

 ということで、いつかは白のディナージャケットに黒のボウタイで「カサブランカ」を着けこなしたい。あ、アクアスキュータムのトレンチコートも買っておかないと。ボルサリーノはいくつも持っているから大丈夫だ。

 ところで映画「カサブランカ」の劇中でボギーが着けていた時計はロンジンだと言われている。だが、ロンジンのスイス本国は「『カサブランカ』でハンフリー・ボガートはロンジンを着用していない」と言ってもいる。ちなみに、ロンジンのミュージアムにはボガートの愛用したロンジンのモデルが展示されていて、これが誤解の元になった可能性が高い。このあたりは再度よく調べていくと面白そうだ。

 と、まぁ、とにかく、このところ改めて「カサブランカ」の魅力に引き込まれている。これを腕に、思いっきりキザを気取るのも楽しそうだ。


カサブランカ 5850

カサブランカ 5850 第4世代
カサブランカの現行モデルが、2014年頃から生産されているカサブランカの第4世代。ひとつ前の第3世代からインデックスがより大きくなったが、第4世代ではさらにボールドなインデックスになった。フランク ミュラー ウォッチランド グループの垂直統合が進んだことにより、第3世代以降、時計としての完成度は一層高まり、ケースの製造工程において切削を多用するようになった結果、鏡面磨きなど、仕上がりはさらに良くなった。自動巻き(ETA2892A2)。21石。2万8800振動/時。SS(縦45×横32mm)。3気圧防水。


福田 豊/ふくだ・ゆたか
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。

Contact info: フランク ミュラー ウォッチランド東京 Tel.03-3549-1949


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