新型コロナウイルスの影響はリーマン・ショック級!2020年のスイス時計輸出額、マイナス21.8%の衝撃

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2021.02.20

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

新型コロナウイルスが世界の時計業界にもたらした影響は、2大時計フェアの中止と、それに伴うオンライン化・デジタル化の進展に留まらない。2021年1月末、スイス時計協会から2020年におけるスイス時計の主要30カ国・地域への輸出額が発表された。今回はそのデータから2020年のスイス時計の輸出状況、そして日本の時計業界を振り返ってみたい。

スイス時計協会(FH)オフィシャルサイト(日本版)のトップページ。
http://www.fhs.jp/jpn/homepage.html
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
(2021年2月20日掲載記事)


2009年以来の大きな落ち込み

 新型コロナウイルスの影響で、スイスの時計産業、そして日本の時計ビジネスはどのくらいダメージを受けたのか?

 スイス時計協会(FH)が去る1月28日に発表した2020年1月~12月のスイス時計の輸出額のデータは、なかなかに衝撃的なものだった。腕時計に加えて時計の部品も含めた総輸出額は、対前年比マイナス21.8%。すなわち、2019年の総輸出額217億スイスフラン(約2兆5534億円:1スイスフラン=117.67円で換算)からマイナス21.8%の170億スイスフラン(約2兆3億円)へと大きく落ち込んだ。腕時計だけの総輸出額は、161億スイスフラン(約1兆8944億円)。こちらも金額ベースで対前年比マイナス21.4%、本数ベースで対前年比マイナス33.3%。

 FHのレポートは「総輸出額が2008年の水準に戻ってしまった」と記しているが、マイナスの割合もリーマン・ショック直後の2009年に迫る数字だ。現地や海外の関連記事は「時計産業にとって、2020年はこの80年間で最悪の年だ」と伝えている。

 筆者は今も2009年1月に開催されたSIHH(通称ジュネーブ・サロン)の、前年とは打って変わってひっそりとした会場の雰囲気を憶えている。おそらくスイスの時計業界は今、あのときと同じムードに包まれているのかもしれない。


中国だけはプラス20%!

 腕時計も部品も含んだ数字だが、2020年のスイス時計の年間輸出額を見ると、世界第2位の市場であるアメリカは対前年比マイナス17.5%、第4位の日本も対前年比マイナス26.1%、さらに第5位の英国と第6位のシンガポールもそれぞれマイナス24.6%、マイナス26.4%。ヨーロッパでもドイツはマイナス21.4%と20%台に踏みとどまったが、フランスやイタリア、スペインは軒並み30%を超える落ち込みという厳しい結果となっている。

 ところが主要市場の中で唯一、好景気に沸くところがある。スイス時計が最も売れている中国の市場だ。

 徹底的なPCR検査の実施と感染者の隔離、厳しいロックダウンで新型コロナウイルスの感染拡大を抑え込み、世界でもいち早く通常の経済活動を再開させた中国。ロックダウン中はもちろん大幅なマイナスであったが、それでも対前年(2019年)比プラス20.0%という数字は、経済活動を再開してから劇的にスイス時計が売れたから達成できたものだ。

 2020年12月だけを見ると、中国は対前年同月比でプラス45.2%という驚異的な数字である。上海など大都市ではロレックスが品薄、欠品状態だという。

2020年12月におけるスイス時計の国・地域ごとの輸出額ランキング。中国(香港を除く)だけが突出しており、他の主要国・地域が軒並み対前年同月比でマイナスなのに対し、中国のみがプラスで、しかも大きく伸びているのが見て取れる。

 リシュモン グループの2020年第半四半期に関する発表でも、中国を含むアジア・パシフィックと中東・アフリカが対前年比プラス20%を超える数字で、「アメリカ、日本、ヨーロッパの大幅な市場縮小を相殺した」と総括されている。

 昨年後半から中国向けと思われる新製品がビッグブランドに数多く見受けられるのは、この状況を考えれば当然のことだろう。


回復基調に向かう日本の時計市場

 では日本の時計市場、時計ビジネスはどうなっているのか?

2021年2月1日、日本のスイス時計協会が発表した2020年12月および2020年全体におけるスイス時計の日本への輸出状況のリポート。左下に示された過去3カ年(2018年~2020年)のスイス時計輸出額月別データの変遷を表した折れ線グラフに注目。
http://www.fhs.jp/jpn/2020_12_swiss_watch_export.html

 2020年のスイス時計輸出額を1年を通して見ると、日本のマイナス26.1%という落ち込みは世界全体の減少(マイナス21.8%)よりも悪い。だが、FHが公開している直近3年間(2018年~2020年)のスイスから日本への月別輸出額のグラフを見ると、昨年の日本の時計市場は、経済活動が再開すると共に11月以降はほぼ前年並みに戻ったと言っていいだろう。

 政府が最初の緊急事態宣言を出した4月に対前年同月比で約14%、つまりマイナス約86%にまで落ち込んだが、ここが底で、それ以降は右肩上がりに徐々に回復して、11月には前年と同額程度にまで回復している。

 客観的なデータはないが、筆者が一部の時計ブランドや専門店の方々にお尋ねすると「夏以降には危機的な状況は脱したのではないか。もちろん、厳しい状況に変わりはないが」というコメントが多い。

 2021年1月7日、政府が再び新型コロナウイルス感染症に関する「緊急事態宣言」を決定・発出したこともあり、2021年の時計の年間売上高が新型コロナウイルス危機以前の2019年のレベルにまで戻ることは、現時点では難しそうだ。

 ただ2020年末から2021年初めにかけて、ゼニスの新型エル・プリメロ搭載モデルやオメガ「スピードマスター」の完全リニューアルモデル、タグ・ホイヤーとポルシェのコラボレーションモデル、ヴァン クリーフ&アーペルの芸術的なオルゴール機能付きウォッチなど、危機を乗り越えようという時計ブランドの意欲的な新作が続々と登場している。このように、魅力的な時計は確実に増えているのだ。

 この商品力と新型コロナウイルスの適切な感染拡大防止策が成功すれば、経済も復調して2019年と同等にまで時計の売り上げが回復すると信じたい。


すべては新型コロナウイルス対策次第

 ただ、日本の新型コロナウイルス感染拡大防止策は世界的に見ると問題山積だ。

 ニュースが報じる公的機関が把握している感染者数こそ少ないものの、行政は経路不明の感染拡大の主役になっている無症状感染者の発見に必要不可欠な、大規模なPCR検査の実施になぜか消極的。そのため、感染拡大防止のために最も優先されるはずの「発見と隔離」が事実上、ほとんど行われていない。

 さらに専門治療の切り札である専門病院の整備も一向に進まない。

 このまま根本的な対策を打たずに緊急事態宣言が解除されると、本来なら即入院が望ましい感染者を自宅待機させたまま医療機関が逼迫している現状より、さらに悪い事態に陥る可能性も十分にある。

「現在の病床不足、医療機関の逼迫は、感染拡大の第一波が一段落した際の、第二波への準備が不足していたから。感染者、重症者が減少している今こそ、PCR検査の拡大と専門病院を整備しておくべきだ」と感染症の専門家の多くが警告している。

 スイスも、2020年12月22日から2021年2月末まで、日本における緊急事態宣言下以上に厳しい制限が課されている状態だ。時計工場こそ稼働しているが、レストランは全面営業停止で、5人以上の集会も禁止されている。

 また2月8日以降、日本からスイスへは、スイスの長期滞在許可所有者など一定の条件を満たし、例外的に承認された人しか入国できず、観光など短期滞在目的での入国は認められていない。

 この状況では4月にジュネーブで開催予定だった「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2021」が100%デジタルによるオンライン開催となったのは当然のことだろう。

「バーゼルワールド」の後継イベントである「アワーユニバース」も2月10日、開催時期を4月から今夏に延期すると発表した。

バーゼルワールドの後継イベントとなる時計フェア「アワーユニバース」。当初、2021年4月に開催を予定していた同フェアの延期が2月10日、オフィシャルサイトで告知された。
https://www.houruniverse.com/2021/02/the-show-is-preparing-to-open-in-summer-2021/

 日本でもスイスでも、最も大きな打撃を受けているのは飲食やレジャー関連などのサービス業で、時計産業などの製造業のダメージは幸いにも現状、生産においても販売においても心配されたほど大きくはなく、予想よりも少なくて済んでいる。

 未来を信じて前を向きたい。



渋谷ヤスヒト

渋谷ヤスヒト/しぶややすひと

モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。


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