カシオの代表取締役社長 CEO交代人事の意味を読み解く! 時計事業はさらに盤石かつ魅力的に!

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2023.03.05

リストギア戦略からリストウォッチ戦略を主導

 日本市場において、1980年代はアメリカ市場のような人気を得られなかったG-SHOCK。だが1990年代に入るとハリウッド映画「スピード」でクローズアップされたこともあり、日本でもブームの逆輸入というかたちでG-SHOCK人気が爆発する。

 だが、どんなブームにも終わりがある。そして、盛り上がればその落ち込みも大きい。そしてこの頃までカシオは、G-SHOCKを「時計ではなくリストギア」として企画・開発・製造してきた。だが、リストギアというコンセプトでの機能やデザインは、この頃すでにひとつの「限界」に達していた。ではG-SHOCK、さらに時計事業のその先をどうするのか? 増田氏が出した答えが「リストギアからリストウォッチへ」という新戦略であり、「デジタル技術を使った、カシオだから作れるアナログウォッチ」という新たな製品コンセプトであった。

 そしてG-SHOCKでこのコンセプトにフィットしたのが、1996年に第1号が誕生したフルメタルモデルの「MR-G」と、1998年に誕生したメタルと樹脂のハイブリッドモデル「MT-G」のふたつのコレクションである。そしてG-SHOCKとは別に立ち上げられた「エディフィス」(2000年〜)と「オシアナス」(2004年〜)というフルメタルの新ウォッチコレクションだった。

筆者が所有する2004年11月に発売された「オシアナス」のファーストモデル「OCW-500TDJ-1AJF」。チタンケース&ブレスレットのソーラー電波腕時計である。当時6万3000円で、ドイツ代表も務めたサッカー選手ピエール・リトバルスキーがCMキャラクターを務めた。

 この新戦略がカシオ社内ですんなり受け入れられたとは思えない。何しろ「リストウォッチとして」販売するためには、ケースやブレスレット、文字盤の仕上げまですべてをグレードアップさせなければならない。ライバルは高級腕時計。それまで家電量販店や百貨店が中心だった流通経路もまったく新たに開拓する必要がある。特に高級化したモデルは時計専門店でなければ顧客とのマッチングは難しい。

 だが、増田氏が率いる時計事業部はこの「リストギアからリストウォッチへの高級化」を製品作りでもマーケティングでも販売チャンネルの開拓でも成し遂げた。2000年代半ば、筆者はあるケースメーカーでG-SHOCKのフルメタルモデルのケースの仕上げ工程を偶然目にしたことがある。それがカシオのG-SHOCKのケースであると知って、時計作りに対するカシオの本気度を知った。

 2010年代後半に入ると、カシオのメタル系モデルのケースやブレスレットや文字盤は、スイス製や国産の高級腕時計と品質で肩を並べるばかりでなく、素材でも仕上げでも独自の世界に到達する。

 販売チャンネルも大きく変わった。スイス製の高級機械式腕時計を主力として販売する全国の時計専門店が、「MT-G」「MR-G」のメタル系高級モデルを中心に販売する「G-SHOCK コンセプトショップ EDGE」や「G-SHOCKコーナー」を展開。G-SHOCKはデジタルガジェットから「無類のタフネスを備えたオンリーワンの腕時計」に、また「エディフィス」と「オシアナス」も、独自の電子技術に裏打ちされた「独自の美学を持つオンリーワンの腕時計」として時計愛好家からも認知されることになる。


トップ人事は極めて順当

 こうした一連の「オンリーワン」戦略を立案して指揮し、時計事業をカシオのNo.1事業に成長させたのが今回、新代表取締役社長 CEOに就任する増田裕一氏その人である。また、増田氏が時計事業部の部下たちから厚い信頼を寄せられていることを、取材の際にたびたび感じる。この業績や人望を考えれば、創業家以外で初のトップ就任は、極めて順当な当然の人事と言えるだろう。

増田裕一氏は1954年生まれ。1978年3月に慶應義塾大学工学部を卒業後、同4月にカシオ計算機に入社。2006年6月に同社執行役員 開発本部時計統轄部長に就任以来、時計事業を率いてきた。「G-SHOCKの生みの親」である伊部菊雄氏の2年後輩であり、初代G-SHOCKの企画担当者でもある

 増田氏は商品企画の出身だが、テクノロジーのトレンドを極めて冷静に評価している。今回の人事に関する記者会見で語られた、筆者の質問に対する時計事業や今後の事業展開についての事業戦略も、とてもクールで納得できるものだった。そのひとつがスマートウォッチとの適切な距離の取り方だ。

 世界の時計ブランド、中でもクォーツ腕時計をメインに製品展開する時計ブランドは、スマートウォッチが確実に普及しているという状況にどう対応するかに苦慮している。最近ではフォッシルのように、スマートウォッチに前のめりになって失敗し、従来路線に戻ったケースもある。

 だが、増田氏は2018年にIT専門メディアとのインタビューで「私たちはスマートウォッチとスポーツウォッチの中間を目指す」と語っている。そしてG-SHOCKやPRO TREKなどの製品の一部にはGoogleのWear OS by Googleを使ったモデルもあるが、スマートフォンの専用アプリケーションを使って連携するコネクテッドウォッチをメインに製品を展開してきた。

 今回の記者会見でも筆者の「今後のスマートウォッチに関する方針は?」という質問に対して、OSが自社製ではないスマートウォッチでは「オンリーワン」な製品作りが難しいという判断から、開発自体は否定しないものの、適切な距離を取ると明言している。

 今後もG-SHOCKに象徴される「オンリーワンの価値」を追求することで実現してきた、カシオの強みである市場創造力と市場変革力を活かし、時計や教育機器、電子楽器の高付加価値化による収益力を強化。さらに別の分野でも「オンリーワンの価値」を持つ新商品の開発に取り組むとしている。

 時計に関しては基本的な方針転換はなく、今後も独自の価値を持つさらに高級で魅力的な腕時計が登場することは間違いないだろう。すでに今年誕生40周年を迎えたG-SHOCKのアニバーサリーモデルの展開が始まっている。特にハイエンドなMR-Gでどんな新作が登場するのか、まずは楽しみにしたい。


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