スポーツウォッチだけじゃない。海外オークショニアが「複雑系」と「ドレスウォッチ」に注目するワケ

FEATUREオークション
2023.03.31

海外への渡航が緩和された今、時計業界にも変化が訪れている。今回は、老舗オークションハウス「ボナムズ香港」時計部門のディレクターを務めるシャロン・チャンが、人気のスポーツウォッチだけではない、今注目すべき「複雑系」と「ドレスウォッチ」を分析する。

ボナムズ香港

シャロン・チャン(ボナムズ香港):文
Text by Sharon Chan(Bonhams Hong Kong)
(2023年3月31日掲載記事)


“アフターコロナ”の勝者たち

 香港を訪れる観光客やビジネスマンが増え、経済もようやく“ポスト・エピデミック”時代の日の目を見る態勢が整いつつある。多くの経済学や貿易学の研究では、2023年を目処に香港の経済が成長を取り戻すとされている。

 これは時計小売業界にとってはありがたいことで、専門店がたった数店しかないというジレンマがようやく解消されている。この変化に伴い、どの時計の相場が上昇傾向にあり、買う価値があるかを見極めるのが、オークショニアとコレクター、双方にとって重要な課題となってきた。

 新型コロナウイルスの感染防止対策が緩和されたことで、海外の消費者は店頭で時計を手に取り、そのまま購入できるようになっただけでなく、何よりお金の流れが自由になった。

 私が知る、あるコレクターの話をしよう。彼は、人気ブランドの相場が上がっていた頃はほとんど時計の購買意欲がなく、コレクションの出入りもほとんどなかったそうだ。しかし、行動制限が緩和されてから数ヶ月の間で、パテック フィリップのミニッツリピーター搭載モデルを4本も購入して「リベンジ」を果たした。

《アドバンストリサーチ》フォルティッシモ 5750P

パテック フィリップは複雑系の開発力に定評がある。写真は2022年に発表された「《アドバンストリサーチ》フォルティッシモ 5750P」。蓄音機の仕組みを応用し、美しい音を増幅させる構造を組み込んだ1本だ。

 では、なぜ同じブランドの高価格帯のモデルを複数本も購入するのか? パテック フィリップのミニッツリピーターを搭載するモデルは、受注から納品までおよそ6~10ヶ月かかることが多く、製作・組み立てを担当する時計師が15人以下であるため、年間生産量が極端に少なく、市場や需要が高い水準に保たれている。

 2022年半ばには、「ノーチラス」や「アクアノート」といった人気の高いスポーツモデルの市場も、さまざまな環境要因で落ち込んでいた。一方、ミニッツリピーターを搭載する高価格帯のモデルは下落幅が小さく、一般的な環境に左右されにくい価値を持つことから、徐々にコレクターの注目を集めるようになってきているようだ。

パテック フィリップ

パテック フィリップのミニッツリピーターを手に入れられるのは、ほんのひと握りのコレクターのみ。生産本数も限られ、こういった時計がオークションに出品されることも珍しい。

 パテック フィリップだけではなく、ドイツのA.ランゲ&ゾーネも、時計愛好家の間で注目されている。ここ3年ほどの間に関心が高まってきており、約2年の間にボナムズのオークションで80カ国以上から落札されるようになった。

 このような人気の高まりの一因は、SNSにおける時計の露出度の高さにある。パテック フィリップやブレゲ、フレデリック・コンスタントといったブランドに比べて、A.ランゲ&ゾーネの所有者が自身のコレクションを公にすることに積極的なようで、当然、より多くの人に見られるようになってきた。

ツァイトヴェルク

ランゲ&ゾーネ「ツァイトヴェルク」
2015年頃に製作された、18Kピンクゴールド製のツァイトヴェルク。特徴的なデジタル表示のジャンピングアワーとミニッツリピーター、パワーリザーブ表示をもつ。ボナムス香港が開催した「エレガント ファインアート オンラインオークション」において、45万香港ドルで落札された。

 もちろん、A.ランゲ&ゾーネの品質も非常に高い。ムーブメントに注目すると、プレートにサテン仕上げ、ポリッシュ仕上げ、ストライプ仕上げが施されており、側面でもポリッシュとつや消しに分けられている。マニュファクチュールのエングレーバーによって、テンプ受けがひとつひとつ手彫りされていることは、それぞれの時計が少しずつ異なり、ひとつとして同じものが存在しないことを意味する。

 A.ランゲ&ゾーネは、主要な競合他社に比べて年間の生産本数が非常に少ないため、需要は常に不足しており、中古市場での価値はさらに高まってゆくはずだ。

 時計市場では、現在もスポーツウォッチが圧倒的なシェアを誇っているが、パテック フィリップのミニッツリピーターやA.ランゲ&ゾーネのドレスウォッチなど、スポーツウォッチ以外のモデルも需要が高まっているため、早く注目してタイミングよく市場に参入するのが、先見の明と言えるだろう。


著者「シャロン・チャン」プロフィール

 シャロン・チャンは、アジアにおけるボナムズ時計部門のディレクターである。香港を拠点に、アジア太平洋地域の事務所と密接に連携し、同部門が年に10回開催するオークションの監督を務めている。

シャロン・チャン

シャロン・チャン/ボナムズ香港 時計部門ディレクター
2017から18年、オークション事業に復帰し、ボナムズに入社する前にはプロフェッショナルとしてのキャリアを広げ、プライベートウォッチビジネスとクライアントコンサルティングを運営した。その豊富な経験から、世界中のコレクターとの強いコネクションを持ち、アジアにおける時計市場の拡大に重要な役割を担っている。

 これまで多くの国際的なオークションハウスでのジュエリーと時計のオークションビジネスにおいて、17年以上の経験を積み、2011年から2016年にかけては、香港で時計オークションを指揮。売り上げを年々強化し、2013年にはアジアでの時計販売で最高額を達成した。また、世界最大級のプライベートウォッチコレクションの監督責任者を務め、2015年のオークションで600万USドルという新記録を打ち立てた。


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