ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2023現地リポート【ジャガー・ルクルト編】数は少なめだが、時計好きも納得&感心の逸品ぞろい。

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2023.04.09

2023年3月27日から4月2日までの7日間で、初のフルバージョンで開催された、今や唯一無二となったスイス時計フェア「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」。このwebChronosではすでに【2023年新作時計】と銘打って新作のスペシャルページが展開されている。

総覧的な新作紹介はそちらにお任せして、ブースの写真と共に筆者の注目、オススメモデルをご紹介しよう。今回はその第1弾とジャガー・ルクルトを取り上げる。特にブランドを象徴するモデルを選んだ。さあ、お立ち会い!

今年2023年は「レベルソの年」。そしてプレスカンファレンスでは、「黄金比」に基づくその成り立ちの話がメインストーリーに。©Yasuhito Shibuya 2023
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
(2023年4月9日掲載記事)


ついに出た「レベルソ」クロノグラフ最新版!

 今年、ジュウ渓谷随一の実力派ジャガー・ルクルトはメゾン最大のアイコン、1931年に誕生した角型反転式ケースの「レベルソ」にフォーカスして新作を発表した。最高峰の職人技と機械式メカニズムが融合した、ジャイロトゥールビヨンを搭載したハイエンドコレクション「レベルソ・ハイブリス・アーティスティカ キャリバー179」も「レベルソ・トリビュート・デュオ・トゥールビヨン」も素晴らしい。だが、個人的なイチ押しは「レベルソ・トリビュート・クロノグラフ」だ。

ジャガー・ルクルト「レベルソ・トリビュート・クロノグラフ」

ジャガー・ルクルト「レベルソ・トリビュート・クロノグラフ」
2組の時分針を反対方向に動かすことで、ケースの表裏、両方の文字盤で時分針による時刻表示を実現。手巻き(Cal.860)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約52時間。SSケース(縦49.4×横29.9mm、厚さ11.14mm)。30m防水。321万2000円(税込み)。

 なぜ、イチ押しなのか。それはこのモデルの開発の背景、製品のインスピレーションの源になったという、1996年に500本限定で発売された、レトログレード式の30分クロノグラフカウンター付き、ダブルフェイスのクロノグラフモデルにある。レベルソ初のクロノグラフムーブメント「キャリバー829」を搭載した同モデルは、1991年にスタートしたジャガー・ルクルトというメゾンの偉大さを強烈にアピールした「レベルソ・コンプリカシオン」シリーズのひとつで、時計愛好家の間では今も人気の伝説的な傑作だ。

 このシリーズでジャガー・ルクルトは時計業界における本来のポジション「偉大なマニュファクチュール」として再生したと言っても過言ではない。筆者は1990年代後半のある年の冬、ジャガー・ルクルト本社を取材した。そのときジュネーブまで、自ら愛車チェロキーのハンドルを握って筆者を送迎してくれたのが、当時の社長、アンリ-ジョン・ベルモンと共に同社を立て直したセールス担当のジャン-マルク・ケラー副社長だった。「1980年代には、このホテルからも現金払いを要求されたほど信用がなかったけれど、このシリーズで一気に評価が高まった。ツケが利くようになったよ」とディナーで上機嫌で語ってくれたのを思い出す。

 2001年にこのムーブメントを簡略化した「キャリバー859」を、少し丸みがあり、スクエア気味にした「グランスポール」ケースに搭載した「レベルソ グランスポール クロノグラフ」が登場したことを覚えている人もいるだろう。残念ながら日本では人気がなかったため、ほとんど見かけない。だが日本以外では2010年代まで製造されて人気を博していた。

2000年のバーゼル・フェアでのジャガー・ルクルトのブース。この年、同社はリシュモン グループ傘下となるが、この年はまだバーゼル・フェアに出展していた。翌2001年からはジュネーブのSIHHに新作発表の場を移す。©Yasuhito Shibuya 2023

 新作「レベルソ・トリビュート・クロノグラフ」は、1996年の「レベルソ・クロノグラフ」を現代的なサイズで、でもクラシックな「トリビュート」スタイルで、しかもケースの表裏の両方に時分針があるデュオフェイスを、新開発ムーブメント「キャリバー860」で実現してくれた新レギュラーモデルである。しかもブルーのサンレイ仕上げの表文字盤はあくまでシンプル。クロノグラフボタンの存在感も控えめで、こちら側だけ見たらクロノグラフに見えないという“奥ゆかしさ”も洒落ている。

 そのうえステンレススティールモデルなら300万円台前半という価格も、このモデルが生まれるまでのこうした歴史やメカニズムの進化を考えれば納得できるもの。クロノグラフは、時計ブランドの努力と製造技術の進化で、今では「普通の時計の次に複雑なもの」程度に認識されている。でも実はクロノグラフは、パーペチュアルカレンダーやトゥールビヨンなどと変わらないハイレベルの複雑時計だ。

今回の技術的なハイライトはケースの表裏両面に時分針を配置する機構。だが1996年の「キャリバー829」を引き継ぐ、裏面6時位置のレトログラード式のクロノグラフ30分積算計のメカニズムにも注目したい。キャリバー829の開発では、この積算計が技術的ハイライトのひとつだったという。©Yasuhito Shibuya 2023

 ジャガー・ルクルトの技術部門のトップを務める浜口尚大氏は今回、ジャガー・ルクルトのブースで新作を自ら解説してくださった。そのとき「クロノグラフは実は、とても大変なコンプリケーションなんですけれどね」とボヤいていたが、それは当然のことだろう。

 しかも、この原型となった1996年の「レベルソ・クロノグラフ」に搭載されたキャリバー829は、同じリシュモン グループのA.ランゲ&ゾーネが1999年に発表した「ダトグラフ」に先駆けて、クォーツ危機後に初めてゼロから設計された画期的なクロノグラフムーブメントだという主張もある。これは2022年10月7日に公開された時計ウェブマガジン「MONOCHROME」の「ザ・コレクターズ・コーナー」という記事(https://monochrome-watches.com/)において、ジャガー・ルクルトのプロダクト&ヘリテージディレクターのマシュー・ソーレ(Matthieu Sauret)と同社でムーブメント設計を担当するフィリップ・ヴァンデル(Philippe Vandel)とのインタビューでそう語られているのだ。

 つまり新作「レベルソ・トリビュート・クロノグラフ」に搭載されたキャリバー860は、この記念すべきムーブメントを、27年の時を超えてさらに劇的に進化させたものなのだ。そう考えると、この新作がいかに素晴らしいものであるか、webChronosの読者の方なら、きっとご理解いただけると思う。


ジャガー・ルクルトの魅力を解説。コレクションとおすすめ6選

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2023年 ジャガー・ルクルトの新作時計まとめ

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