パネライ/ルミノール 1950

FEATUREアイコニックピースの肖像
2019.08.13

ドンツェ・ボームにおいて“エッジ”という符丁で呼ばれる「ルミノール 1950 スリーデイズ-47MM」のミドルケース。その由来は、ケースサイドからケースコーナーにかけて入れられた特徴的な一筋のエッジにあることは言うまでもない。

ルミノール 1950のケースが出来るまで

かつて、確かに存在したラジオミールを思わせるフォルムを持ったルミノール。そのオールドピースのケース形状を受け継いで誕生した、ルミノールにして、ラジオミールの要素を併せ持ったモデル。果たして、この特異なモデルはいかにして生み出されたのか? その真相を探るべく、リシュモン グループ傘下のケースメーカー、ドンツェ・ボームを訪ねた。

[鍛造]
ルミノールのミドルケースは鍛造と切削によって成形される。これは鍛造の工程。鍛造は最終的な形が出来るまで9回繰り返される。そのうち2回は切り出し、4回は成形、3回が修正である。

[切削]
これは、鍛造によって成形されたケースに、鍛造では不可能な細かく複雑な形状を成形する切削の工程。切削は、旋盤加工(加工物が回転)の後に、フライス加工(刃物が回転)が行われる。

 2011年に、パネライが発表した「ルミノール 1950 スリーデイズ-47MM」。この時計のハイライトは、同社が開発した4番目の自社製ムーブメント、キャリバーP.3000を搭載していることだけではない。パネライいわく「1940年代後半、今日、『ラジオミール』という名で呼ばれているクラシカルなクッションケースの強度と防水性を向上させる必要から登場した『ルミノール』のケース。このモデルのケースは、そのようなラジオミールからルミノールへの過渡期にあった歴史的ケースを初めて再現したものです」。

 この表明にあるように、ルミノール 1959 スリーデイズ-47MMのケースは、一見、明らかにルミノールであるが、よくよくケースのディテールを観察すると、ラジオミールの特徴である厚みのあるケースを4つの角に向かって研ぎ出すようにして成形された、やや丸みを帯びた尖ったクッションケースのエッジを見つけることができる。そして、そのケースに連なるラグも、従来のフォルムとは異なり、頑強さを残しつつ、先端に向かって絞り込まれ、ゆるやかにラウンドしている。まるで、ラジオミールのもうひとつの特徴であるワイヤーラグをなぞるかのように。

 パネライが明かすように、ラジオミールからルミノールへの変遷の過程を形にしたという、この新作のケースフォルムは、いかにして開発されたのか? 果たして、歴史的に、ラジオミールからルミノールへの進化のリンクは存在したのか? その真相を知るために、パネライのケースを製造するリシュモン グループ傘下のケースメーカー、ドンツェ・ボームを訪れた。

 1858年に創業されたドンツェ・ボームは、スイスに現存する最も古いケースメーカーのひとつである。創業以来、家族経営を続けてきた、高級時計ブランドのケースを手掛けるサプライヤーとしては最大規模の会社であった。だが、2007年11月、同社はリシュモン グループの傘下に加わることを決断した。4代目の元社長、ジェラルド・ドンツェ氏の時代だ。パネライとドンツェ・ボームとの出会いに大きく関わったのも、このジェラルド・ドンツェ氏その人だ。

 さかのぼることさらに10年。パネライがヴァンドーム グループ(現リシュモン グループ)に加わった1997年のことであった。当時、現パネライCEOであるアンジェロ・ボナーティ氏は、ありとあらゆるケースメーカーを訪ねて回っていた。目的は、パネライのケースを製造するためであった。それは、オリジナルの現物を携えた交渉の旅であった。ただ、あまりにも独創的なそのフォルムを前に、ほとんどのメーカーはたじろいでしまった。その難しさをチャンスと考えたのが、ジェラルド・ドンツェ氏であった。彼は、パネライのケース製造を引き受け、見事、チャンスをサクセスに変えた。

[フライス加工後の検査]
切削工程では、工程ごとに厳密な検査が行われる。許容値は2/100㎜。これは、フライス加工後にミドルケースを検査する様子。切削部分が許容値に収まっているか検査器でチェックされる。

[エッジの切削前後]
すでに製造工程に乗っていた「ルミノール 1950 スリーデイズ-47MM」のミドルケース。左は鍛造されただけの状態。右は、切削によって特徴であるシャープなエッジが成形された状態。

 実は、ルミノール 1950 スリーデイズ- 47MMのケース開発に際して、この出会いのエピソードに似たストーリーが繰り返された。すでに、ドンツェ・ボームにジェラルド・ドンツェ氏はいないが、彼がパネライとの間に築いた信頼関係は現在まで続く。ドンツェ ・ボームの開発部門では、毎月のようにパネライと技術的なミーティングが設けられる。エンジニア同士が開発の初期段階から関わることで、これまでクォリティの高いケースやブレスレットを開発・製造してきたのだ。

 かつて、ボナーティ氏がオリジナルのパネライケースを同社に持ち込んだように、今回もあるオールドピースが同社に持ち込まれた。ただし、時代の変遷を反映してか、それは実物ではなく、パネライ本社にふたつしか現存しないというミュージアムピースの画像が送られてきたという。ドンツェ・ボームの開発責任者は言う。

 「新しいケースの開発にあたって、パネライからはオールドピースの写真とそれを3D化した図面が送られてきました。私たちは、それをスキャンして解析後、データ上でパーツに分解して、すべての寸法を出しました」

 その数値をもとに、プロトタイプを製造し、ドンツェ・ボームにおいて、パネライのエンジニアと何度も協議を重ねたという。

 「デザインは100%ブランド側が決めます。ステンレススティール製のプロトタイプを作り、パネライの希望する形とすり合わせ、OKが出るまで何度も修正します。どのモデルであれ、あくまで、イタリアのデザインをスイスの技術で作るのが大切なのです」

 調整を繰り返した後、最終的に許可が出てから、初めて設計図に起こすという。

 「私たちは、このケースを〝エッジ〟と呼んでいます。社内における符丁のようなものです。その名称が示すように、新しいケースに特徴的なこのケースサイドのエッジを出すのが特に難しいのです」