ブルガリ/ブルガリ・ブルガリ

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.04.11

ブルガリムーブメント開発小史
巻き上げ機構と仕上げの進化

2000年以降、急速に生産体制の垂直統合を進めたブルガリ。外装に始まったその取り組みは、やがて自社製ムーブメントの開発に行き着いた。2010年の「Cal.BVL168」、そして2013年に発表された「Cal.BVL191(現Cal.ソロテンポ)」である。如何にしてブルガリは、初の自社製自動巻きを完成に導いたのか? その改良の記録は、時計メーカーとしての熟成の足跡に他ならない。

Cal.ソロテンポ

2013年に発表されたCal.ソロテンポ。ベースは第4世代のBVL168とされる。基本は右の個体に同じだが、スイッチングロッカーに噛み合う中間車が肉抜きされている。理由はおそらく自動巻き機構の慣性低減だろう。理論上は良好な精度と、大トルクによる高い安定性を誇るはずだ。

 ウォッチメイキングの分野での大成功にも係わらず、ブルガリは長年、自社製のベースキャリバーを持たなかった。たしかに複雑時計は、傘下のダニエル・ロートとジェラルド・ジェンタ(現在はブルガリに統合)で開発していた。しかしそれ以外は一貫して、汎用エボーシュであった。同社が用いたETAやフレデリック・ピゲの精度と安定性を考えれば、強いて自社製に固執する必要はなかっただろう。

 しかし、いわゆる〝2010問題〟が表面化して以降、ブルガリは製造工程の垂直統合を、さらに推し進めることになる。05年には、文字盤メーカーのカドラン・デザインとブレスレットメーカーのプレステージ・ド・オールを買収。07年にはケースメーカーのフィンガーを傘下に収めた。残った課題は、言うまでもなく、ベースキャリバーの製造体制を確立することだった。

 07年末に始まった、ヌーシャテルのブルガリ・タイムを中心とした自社製ムーブメントの開発計画は、まずレトログラード・デイトのモジュールとして結実。次いで発表されたのが、10年の自動巻きムーブメント「キャリバーBVL168」であった。

 BVL168の開発にあたって、ブルガリは4つの条件を立てている。①ブルガリ初の自社製自動巻きベースキャリバーであること。②デザインと設計は、精度を満たすものであること。③その設計は大規模製造と生産に対応できるものであること。また最も厳密な工業水準を満たすものであること。④そのムーブメントは多様な複雑モジュールを駆動するために、十分かつ強いトルクを持つこと。

 実際に完成したBVL168は、直径25.6㎜、厚さ4.75㎜という分厚いムーブメントであった。モジュールを載せるなら、ムーブメントは薄いほうが望ましい。しかしブルガリは初の自社製ムーブメントに、薄さよりも頑強さを求めたのである。

Cal.BVL191

2013年のブルガリ・ブルガリに搭載されたCal.BVL191。Cal.BVL168の最終型に同じく、スイッチングロッカー式の自動巻き機構(ローターの右上に見える3枚の歯車がそれ)を搭載。しかし仕上げなどが大きく異なる。今後のブルガリを担う新基幹ムーブメントである。
Cal.BVL168

新旧のCal.BVL168。上はおそらく第1世代のプロトタイプ。肉抜きされた軽量なリバーサーが特徴である。下は第2世代のCal.BVL168。ETA2824などに通じるコンベンショナルな設計と、緻密なペルラージュ仕上げを持つ。

 こうした同社の開発姿勢は、とりわけ巻き上げ機構に見て取れよう。ブルガリが選んだのは、汎用エボーシュが好むリバーサー式の両方向巻き上げ機構。加えて自動巻きと手巻き機構の間にクラッチを挟み込み、両者の連結を完全にカットした。石橋を叩いて渡るような構成だが、その分、信頼性は高かった。

 もっともブルガリは、このムーブメントの機構が汎用品に似ないようにするために、十分な配慮を加えている。地板と受けには高級ムーブメントに相応しい洋銀を採用。地板にペルラージュを刻むことで、高級機らしい緻密な外観を得た。しかし、鳴り物入りで登場したBVL168には、それ以降も量産化に向けた、継続的な改良が加えられ続けた。

 12年、ブルガリは新コレクションの「ブルガリ オクト」を発表。多くの関係者は、この新作が自社製ムーブメントのお披露目になると踏んでいた。しかし予想に反して、搭載されていたのはヴォーシェ製の自動巻きであった。なぜ自社製を発表しないのか? 現在ブルガリのPRシニアマネージャーを務めるパスカル・ブラント氏に直接たずねたことがある。このとき彼は、ヴォーシェの利点をひと通り語った後に「2013年を楽しみにしていて下さい」と付け加えた。果たせるかな、13年にフルリニューアルされた新しいブルガリ・ブルガリには、ついに自社製自動巻きが搭載された。キャリバー名は「ソロテンポ」。関係者によると、自社製ムーブメントの開発に時間を要した理由は、巻き上げ機構そのものにあったという。安定性を重視するため、ブルガリは自動巻きにコンベンショナルな構成を選んだ。設計はこなれているし、計算上の巻き上げ効率も良かったはずである。しかし、ほとんどの新型ムーブメントがそうであるように、設計と実際は違っていた。

 一般論を言うと、巻き上げ機構が大きいほど耐久性は上がる。しかし大きくなると巻き上げ機構自体の慣性が増えて、巻き上げ効率は落ちる。自動巻きの設計は、大きさと重さという二律背反を、どう両立させるかにある。

 ブルガリもこのセオリーを理解していたようで、プロトタイプのBVL168は、肉抜きされた大ぶりなリバーサーを載せていた。しかし巻き上げ効率を改善するためか、第2世代機ではよりコンパクトなリバーサーに改められている。以降もBVL168は、巻き上げ機構で試行錯誤を続けた。結局BVL168が完成に至ったのは、巻き上げ機構がリバーサーからスイッチングロッカーに一新された、第4世代機であった。高級自動巻きの象徴とも言えるスイッチングロッカー。耐久性はあるものの、巻き上げ効率はリバーサーに劣るというのが定説である。しかし第4世代機は十分なパフォーマンスを示した。ブルガリはこれをBVL168の完成版としてリリースし、ごく少数を製造。加えてその設計を活かした、新型自動巻きも発表している。つまりソロテンポである。

 しかし、多くのコンポーネンツを共有するにもかかわらず、ソロテンポと、最初期型のBVL168はほとんど別物である。自動巻きがスイッチングロッカーに変わっただけでなく、ローターがネジ留めからベアリング支持に変更されたためだろう。しかし、設計は当初のBVL168より洗練されているし、耐久性も高いだろう。ちなみに関係者によると、ソロテンポの設計に携わったのは、ル・サンティエの複雑時計工房。エボーシュの製造はラ・ショー・ド・フォンで行われ、組み立ては新設されたル・サンティエ工房内のアッセンブリー部門が受け持つ。

 ようやく本格的な生産体制を確立したブルガリの自社製ムーブメント。その改良と量産化への足跡は、時計ブランドとして熟成の度を深めていった道程に他ならない。