パルミジャーニ・フルリエ/トリック

FEATUREアイコニックピースの肖像
2021.10.23

インスピレーションを具現化する
リアル・マニュファクチュールの総合力

わずか20年で、独立時計師のプライベートブランドから、成熟した時計メーカーへと変貌を遂げたパルミジャーニ・フルリエ。単に規模を拡大するだけでなく、ムーブメントを内製し、さらに外装まで手掛けるようになったのだから、最も成功を収めた例と言える。ミシェル・パルミジャーニの発想を現実にする、マニュファクチュールとしての実力を、改めて解き明かしたい。

カドランス・エ・アビヤージュ社では、今なお古典的な手法で文字盤の表面を均している。ブランクの素材を、磨き粉を付けた円盤に当てて表面を均し、その後に銀粉と塩を混ぜたものを載せ、水をかけ、ブラシでこすって表面をわずかに荒らす。こういった工程を自動化するメーカーは少なくないが、同社には多くの手作業が残っている。

 著名な時計師にして、自らの名を冠したブランドを成功させた例はいくつもない。フランク・ミュラー、フランソワ-ポール・ジュルヌ、そしてミシェル・パルミジャーニぐらいだろう。しかもビジネスとしての規模と、時計作りの質を高度に両立させたという点で、ミシェル・パルミジャーニに比肩する時計師はいない。

 現在のパルミジャーニ・フルリエは、ムーブメントを製造するヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエや、文字盤などを手掛けるカドランス・エ・アビヤージュなどと共に、ポール・オルロジェ グループを形成している。年産数千本という規模にもかかわらず、パルミジャーニ・フルリエが、スイス屈指の一貫生産体制を持つ理由だ。

「1996年に会社を興した際、どんな部品メーカーも小ロットでは部品を売ってくれなかった。また買えたとしても、私の求める基準を満たしているとは言い難かった。結局、部品を自分で作るほかなかったのです」(パルミジャーニ)。創業間もない1997年、パルミジャーニはムーブメントメーカーのヴォーシェを設立。以降、部品やケース、文字盤の内製化にも取り組むようになった。

 今や、風防と針以外の部品をすべて、グループ企業でまかなえるパルミジャーニ・フルリエ。わずか20年で体制を整えられた理由は、サンド・ファミリー財団の強力なサポートがあればこそだった。スイスの製薬メーカー、ノバルティスの創業家が設立したサンド・ファミリー財団は、収蔵品の修復をパルミジャーニに委託するだけでなく、スポンサーとして彼のビジネスを支えてきた。パルミジャーニに才能があればこその手厚い援助だが、サンド家の財力と組織力は、パルミジャーニ・フルリエを短期間で、スイス屈指のマニュファクチュールに育てたのである。

Cal.PF331

Cal.PF331 [C.O.S.C]
2001年初出。ダブルバレルを持つ片方向巻き上げ自動巻きである。最新型は緩急針のないフリースプラングテンプとなったほか、トリック搭載機はクロノメーター仕様となった。直径25.6mm、厚さ3.5mm。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。

 もっとも、ポール・オルロジェの各社が、(部品価格が驚くほど高いにもかかわらず)スイスの時計業界から敬意を払われる理由は、自分たちが納得できる高品質な部品を作りたい、というパルミジャーニの姿勢があればこそだった。

 例えば、脱進機やヒゲゼンマイなどを製造するアトカルパ。現在はスイスの各サプライヤーでも脱進機を作るようになったが、アトカルパ製が最優秀とされている。大きな違いは素材。アトカルパが脱進機に使うのは、一般的なマルエージング鋼ではなく、より硬い炭素鋼である。硬さが1.5〜2倍も違うため、加工は難しくなるが、高級機にはうってつけだ。脱進機の価格はニヴァロックス製の3倍以上もするが、年間30万セット以上も売れている。またヒゲゼンマイの素材も、ニヴァロックスと同じくドイツのカール・ハース製だが、700㎏で数十万スイスフランもする素材を買えるメーカーは、世界にいくつもない。アトカルパの関係者が「ニヴァロックスより品質は高い」と胸を張るのも納得だ。

 文字盤を製造するカドランス・エ・アビヤージュも、やはり優れた品質で知られている。同社が得意とするのは、繊細な下地仕上げと薄いメッキ。古典的な手法を得意とするカドランス・エ・アビヤージュだが、2016年には、LIGAプロセスを使ったインデックスの製造も始めた。少量生産と高品質を両立する賢い手法だが、文字盤での採用例は、おそらく同社が初ではないか。

 ムーブメントの製造を担うヴォーシェも、同様に非凡な実力を持っている。現在、すべてのパルミジャーニ製ウォッチは、自社製のムーブメントを搭載するが、ヴォーシェは同じ設計のムーブメントを、エボーシュとして外部にも販売している。ヌーヴェル・レマニアやフレデリック・ピゲが外部へのムーブメント供給を停止した現在、ヴォーシェは、スイスでほぼ唯一、高級なエボーシュを製作するメーカーとなったのである。そのため顧客は、スイスでも一流のメーカーばかりだ。

Cal.PF317

Cal.PF317
2010年初出。PF331にデュアルタイム機能を搭載したムーブメント。モジュールの設計を手掛けたのはアジェノーのジャン-マルク・ヴィダレッシュだが、製造はヴォーシェが行う。直径35.6mm、厚さ5.45mm。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。

 もっとも、外部に提供するエボーシュと、パルミジャーニが使用するムーブメントは、設計こそ同じだが、仕上げはまったく異なる。ムーブメントの角は基本的に手作業で面取りされているし、地板は全面にペルラージュ仕上げが施されている。もちろんペルラージュは、半円の中心がきちんと重なる、手間のかかったものだ。コストを下げるためには間隔を開けたり、見えない部分は省略するが、パルミジャーニ向けではあり得ない。また、ムーブメントに使われるネジも、グループ企業のアトカルパが製造したものだ。その価格は、ひとつ最低3スイスフラン。驚くほど高価だが、スイスの関係者が絶賛するとおり、質は極めて高い。エボーシュにも、パルミジャーニ同様、アトカルパ製のネジは使えるが、それをオーダーするメーカーは多くないとのこと。ヴォーシェの関係者が語るように、パルミジャーニはやはり特別なのである。

 創業以来、パルミジャーニが推し進めてきた部品の内製化。結果、高品質な部品が得られただけでなく、開発スピードも向上したという。本社近くに、文字盤を製造するカドランス・エ・アビヤージュや、ケースメーカーのレ・アルティザン・ボワティエがあるため、他社では2〜3年かかる新製品の開発期間が、最長でも1年に収まったという。新作のトリック クロノメーターも例外ではない。計画がスタートしたのは、2015年の末。そのわずか1年後に、パルミジャーニは新しいトリックを完成させたのである。充実した一貫生産体制があればこその快挙だ。

 その充実した〝総合力〟をもって完成させた一例が、先頃発表されたばかりの新作「トリック エミスフェール レトログラード」だ。