外国人観光客の大挙来日で 注目される 「メイド・イン・ジャパン」

2022.08.11

2020年以降、世界を巻き込んでパンデミックを引き起こした新型コロナウイルス。丸2年以上を経て、少しずつ収束の兆しが見え始めた2022年、米国の金利引き上げもあり、3月以降、急速な「円安」の進行に歯止めがかからない。
その影響を受けて、時計業界においても、価格改定が頻繁に行われるようになった。そんな2022年の下半期以降、日本の時計業界はどうなるのだろうか?
気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が経済的観点からその展望を考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
つのだよしお/アフロ:写真 Photograph by Yoshio Tsunoda/AFLO)

円安こそ、日本の時計・宝飾品ブランドが世界に打って出る大きなチャンス

 いよいよ外国人観光客の受け入れが始まった。新型コロナウイルスの感染拡大状況をにらみながらの、スロースタートだが、ようやく2年ぶりに「鎖国状態」が解かれた経済的な意味は大きい。というのも、時を同じくして急激なピッチで進んでいる「円安」によって、空前の日本旅行ブームが到来するのは必至な情勢だからだ。

アベノミクスが切り拓いた「インバウンド消費」

 アベノミクスによる「異次元の金融緩和」が始まったのは2013年。その年に日本を訪れた訪日外国人客は初めて1000万人を超えた。円高が大きく修正されたことでお手軽になった日本旅行のブームがアジア各国で起き、ビザ発給要件の緩和などもあって、訪日客は2015年には1973万人、2016年には2403万人、2017年は2869万人と、うなぎ上りに増え続け、「インバウンド消費」なる言葉が定着した。東京・銀座の百貨店には中国人観光客があふれ、高級時計やファッションブランド品などが飛ぶように売れた。

 円安が始まった当初は、円安による「内外価格差」が外国人を引きつけた。円高時に仕入れた海外ブランド品が、円安になっても同じ価格で売られていたことで、外国人から見るとまさに「バーゲンセール」だった。自国で買うよりはるかに安い状況が生まれたのだ。もちろん、円安が定着すれば輸入仕入れ価格も上がるから、徐々に価格改定が行われたが、その頃にはほとんどアジア人が「爆買い」を終えた後だった。自国に持ち帰って転売する商売も成り立っていた。

 2018年と19年に3000万人を超えた訪日客は、新型コロナウイルスの影響で激減する。2021年はわずか24万5000人。100分の1以下だった。人為的な入国制限の結果だから、日本人気が冷めたためではない。むしろ、世界中がインフレで物価が高騰する中で、安い日本は旅行先としては人気ナンバーワンだ。新型コロナウイルスが終息して完全に入国制限がなくなれば、すぐにでも年間3000万人ペースに戻るのは確実で、おそらく数年内には5000万人近い観光客で日本はごった返すに違いない。

新型コロナウイルス禍以前、2018年12月の東京・浅草の様子。浅草寺の拝観や仲見世通りの散策を楽しむ外国人観光客たち。観光庁が同年12月18日に発表した2018年の訪日外国人旅行者数は年間で初の3000万人超えを記録した。果たして、新型コロナウイルス禍収束後、訪日外国人旅行者数、そしてインバウンド消費は、どこまで復活するだろうか?

円安とウクライナ戦争が呼び込む猛烈なインバウンド消費ブーム

 何しろ大きいのは、今回の円安が、そう簡単には収束しなさそうで、長期にわたって日本は「割安な」旅行先であり続ける。米国はすさまじいインフレの影響で、価格が上昇し、「かなり割高な」旅行先になっている。さらにウクライナ戦争の影響で欧州への旅行が忌避され、「安全な」日本への注目度は上がりこそすれ、下がることはない。猛烈なインバウンド消費ブームがやってくると期待していいだろう。

 だが、2013年から数年間の教訓を忘れるべきではない。輸入ブランド品の価格が、円安による「内外価格差」で「割安」になると、当初は「爆買い」されるが、しばらく経つと、輸入価格も上昇してくる。輸入価格が上がれば、内外価格差は縮み、徐々に売れなくなる。価格の安い在庫を一掃セールで売ってしまっても、結局、高く仕入れなければならなくなり、儲けを逸することになりかねない。つまり、日本国民には申し訳ないが、輸入品は円安になったら、さっさと値上げをしていくことが肝要、ということになる。

「メイド・イン・ジャパン」に磨きをかけるブランドの〝物語性〞

 2016-17年になると、当初は輸入ブランド品から火がついたインバウンド消費が、「メイド・イン・ジャパン」の高級品へとシフトしていった。今後、やってくるインバウンド消費ブームでも、同じことが起こるに違いない。

 円安によって、輸入ブランド品の価格上昇が続けば、「メイド・イン・ジャパン」の高級品の相対的な「値頃感」「割安感」が際立ってくるはずだ。日本に観光にやってきて、数十万円の「メイド・イン・ジャパン」のミドルレンジの時計を買って帰る、というのがひとつの大きな流れになっていくのではないか。

 その際、重要なのが、ブランドのストーリー性だろう。スイスの高級時計メーカーが復活したのもブランドが持つストーリーを生かし、ブランドを磨き直したことが大きかった。まさに、日本の技術の粋を集めた時計などが再び大きく注目されることになるだろう。円安と訪日観光客の激増は、日本の時計・宝飾品ブランドに磨きをかけ、世界に打って出る大きなチャンスになるだろう。

磯山友幸
磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。