「ゼロコロナ」明けの「爆買い」復活に期待高まる

2022.12.26

2022年10月以降、新型コロナウイルス禍による日本への入国制限がいよいよ解除された。加えて、同年3月以降、急速に進んだ円安の影響も手伝って、10月の訪日客数は前月の9月に比して、2倍以上に急増した。訪日外国人の総数は着実に増加しているが、かつて「爆買い」の主役であった中国人観光客はほとんど増えていない。果たして、多くの時計業界関係者が期待するインバウンドによる「爆買い」は復活するのだろうか?気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が自身のシンガポール取材を踏まえ、その現状と展望を分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama


習近平政権の「ゼロコロナ」政策がいつ緩和されるかが「爆買い」復活のカギを握る

磯山友幸

磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/

 北京や上海など中国の主要都市で2022年11月27日、「ゼロコロナ」政策に対する大規模な抗議活動が起きた。新疆ウイグル自治区のウルムチ市で同月24日に高層住宅で10人が死亡する火災が発生したが、封鎖の影響で車両が通れず消火活動が遅れた、としてSNSなどで批判の声が広がった。中国では防犯カメラなどによって市民が監視され、言論活動も統制されているが、そうした中でも市民が抗議活動の声を上げたのは極めて異例。「自由」を求めて、白紙の紙片を掲げる「無言の抵抗」を示す姿だけでなく、一部では「習近平退陣」などを公然と叫ぶ市民の姿も見られた。

 習近平政権が徹底して行っている新型コロナウイルスの封じ込め策への市民の苛立ちが爆発した格好だ。感染者が出た地域の封鎖が各地で行われるなど、中国では市民の行動が厳しく制限されている。これが経済活動を滞らせ、中国国内の景気が一気に冷え込んでいる原因になっている。

 こうした中国の極端な「ゼロコロナ」政策が、中国のみならず、世界経済に暗雲をもたらしている。

「ゼロコロナ」政策で海外旅行もままならない中国人観光客

 シンガポールは11月に入って、世界各国からの旅行者で賑わっていた。地下鉄など公共交通機関内ではほとんどの人がマスクを着用しているものの、街路やレストランなどではマスクはほぼ姿を消し、新型コロナ前の光景に戻りつつある。市内のレストランは予約が取れないほどの活況ぶりだ。

 ところが、新型コロナ前と大きく光景が異なる点がある。中国人観光客が激減し、多くが欧米からの旅行客になっているのだ。ロシアのウクライナ侵攻で欧州などへの旅行をためらう人も多く、アジアの人気観光地であるシンガポールに向かっている面もある。しかし、新型コロナ前にはまさに溢れんばかりに押しかけていた中国人が少なくなっているのだ。厳しい「ゼロコロナ」政策によって海外旅行もままならないことが理由だ。

 急速な円安で「超割安」になった日本にも中国人観光客の姿は少ない。10月に入って入国制限が解除されたにもかかわらず、日本を訪れる中国人は増えていない。日本政府観光局(JNTO)の推計によると、10月に日本を訪れた外国人客の総数は49万8600人で、9月の20万6500人から2倍以上になった。新型コロナ前の2019年10月は249万人で、まだ2割の水準に過ぎないが、全体の訪日客は着実に増加傾向にある。

 ところが、中国からの訪日客は2万1500人と3年前のわずか2.9%の水準。62.3%の水準に戻ってきた韓国や、66.2%のベトナム、34.7%の米国などに比べて極端に少ない。「ゼロコロナ」政策の余波でほとんどと言ってよいほど、中国人観光客は日本にやって来ていないのだ。

 円安でインバウンド消費が一気に盛り上がると期待していた旅行業者や小売業者からすると、大きくアテが外れている。11月に入っても中国の人流規制は続いていたから、今後統計が出てくる11月の訪日外客数でも中国人の回復は他国に比べて低調に終わることが確実だ。

当てが外れた中国人観光客によるインバウンド消費急増

 外国人観光客の中でも、かつてのインバウンド消費を支えていたのは中国人観光客に他ならない。観光庁の2019年版の「訪日外国人の消費動向」によると、訪日外国人旅行者の消費額総額4兆8135億円のうち1兆7704億円を中国人観光客が使っていた。特に「買物代」にお金を使うのが中国人観光客の特徴で、全体平均のひとり当たりの「買物代」が5万3331円なのに対して、中国からの観光客は10万8788円に達していた。

 つまり、円安でインバウンド消費が急増して、日本経済が立ち直るきっかけになる、とみていた人の多くは、中国人観光客の激増と、爆買いの再燃に期待をかけていたわけだが、残念ながらまだ本格的な増加には至っていないのだ。

約3倍に膨れ上がった中国人ひとり当たりの「爆買い」金額

 それでも百貨店売上高などには「中国人効果」が表れている。2022年10月の免税売上高を見ると、購買客は7万人に過ぎないが、売上高は136億円に達する。化粧品やハイエンドブランドを「爆買い」する中国人、香港人が消費を牽引している。3年前の10月は39万人で256億円だったので、ひとり当たりの「爆買い」金額は約3倍になっている計算だ。

 日本国内での高級時計販売は、インフレを警戒した資産価値の保全の動きから、富裕層などに「爆買い」されてきたが、今後、本格的に中国人観光客が入国し始めれば、かつてない「爆買い」が起きることは間違いない。習近平政権の「ゼロコロナ」政策がどの段階で緩和され、海外旅行が自由になるかどうかがカギを握っている。


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