スイス時計の輸出先において長らく第2位を誇ってきた中国の凋落が激しい。不動産不況や電気自動車産業の不振によって景気は減速し、人民の消費も減退を続けており、高級時計市場への影響は無視できなくなってきた。そんな中、中国は「第15次五カ年計画」を策定。この施策は消費回復の起爆剤になるのか?気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析する。

経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/
Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト
Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2026年9月号掲載記事]
中国消費の減少が鮮明に。消費喚起へ5カ年計画策定
中国経済の減退が一段と深刻化している。2026年第2四半期(4-6月)の実質国内総生産(GDP)は、前年同期比4.3%増と、第1四半期の5.0%増から大きく減速した。新型コロナ禍の影響を受けた2022年10-12月期以来、3年半ぶりの低水準となった。中国政府はGDPの5%成長を掲げてきたが、ついにその目標数値を確保することも難しくなってきた。
背景には不動産不況をきっかけとする景気減速が、ついに人民の消費に影響し始めたことがある。若年層の失業率上昇もあり、消費者の節約志向が急速に強まっており、外食チェーンの値下げや格安食べ放題店人気などが鮮明になっている。
これは統計数値にもはっきり表れている。中国国家統計局が発表した2026年5月の「社会消費品小売総額」は前年同月比0.6%減だった。小売り総額がマイナスに転じたのは、新型コロナウイルスの感染拡大で消費が低迷した2022年12月以来、3年5カ月ぶりのことだ。これまで補助金の支給といった国の政策によって購入が後押しされてきた電気自動車(EV)産業などの落ち込みが激しいと言われる。後述するように、中国政府は補助金による対症療法的な消費喚起策ではなく、抜本的な消費底上げに向けた長期戦略を打ち出しているが、失業不安などが続く中で、しばらくは消費の減退傾向が続きそうだ。
中国本土へのスイス時計輸出は大幅減少
こうした消費減退は高級時計市場にも一段と鮮明に表れている。スイス時計協会FHがまとめた2026年5月のスイス時計輸出統計によると、中国本土向け輸出額は前年同月比で21.4%も減少、6月は前年同月比16.5%減、輸出先としては、5月は6位に、6月は7位に転落した。6月首位の米国が12.7%増、2位のフランスが103.5%増、3位の英国が12.2%増と上位が大きく輸入を増やしたのとは対照的な結果になった。1月から5月までの累計でも中国本土は、米国、フランス、香港、日本に次ぐ5位にとどまっており、スイス時計の第2位市場だった中国の凋落は著しい。
かつて政府関係者への贈答品としてもてはやされたのははるか昔となり、新興富裕層からの人気も急速に後退している。不動産価格や株価の上昇が消費を後押しする「資産効果」が逆に、資産の目減りによって財布の紐が一気に締められる「逆資産効果」に直面している。中国でも個人消費はGDPの4割を占めるようになっており、消費の活性化が大きな国家的課題になっている。
2030年までに小売売上高を60兆元に拡大
消費の急速な減少に対して、中国政府は、消費拡大に向けた5カ年計画を策定。内閣に相当する中国国務院の承認を経て7月13日に公表された。それによると、2030年までに小売売上高を60兆元(約1451兆円)にする計画を掲げた。2025年の小売売上高は50.1兆元(約1212兆円)で、5年で約10兆元(約242兆円)の消費を生み出す目標だ。
具体的には、高齢者介護、育児、ヘルスケア、文化、観光などの分野でサービス消費を促進するとしている。例えば、観光振興策としては、査証免除対象国の拡大や、欧州や米国などへの直行便の増便などを打ち出した。海外からの旅行客を増やすことでインバウンド消費を盛り上げる狙いだ。従来の補助金による消費底上げでは、先々の消費を前倒しする効果にとどまり、消費需要の増加につながらないと判断したとみられる。規制緩和によって産業を育て内需を拡大させようという1990年代の日本の政策を彷彿とさせる。
また、5カ年計画では、雇用の拡大や賃上げを通じて、家計の購買力を高める必要性も強調している。加えて、社会保障の充実や公共サービスの拡大によって、生活の先行き不安を払拭するとしているが、経済全体の悪化傾向を早期に底打ちさせ、拡大に向かわせるのは並大抵ではない。また、不動産や株式など財産価格の底入れ・上昇も不可欠になるが、これも簡単ではない。5カ年計画が動き出して成果を上げるまでには一定の時間が必要になる。
日本の高級時計販売では、中国から日本への旅行者によるインバウンド消費が需要を底上げしていたが、中国からの旅行者の大幅減少が続いており、こうした旅行者の消費増は当面見込めそうにない。



