異彩を放つシチズンのブース、建築家の田根剛さんに聞く/女性新米編集者のバーゼルワールド日誌 10

LIFE編集部ブログ
2019.04.06



 バーゼルワールドにおいて、時計はブランドごとにさまざまな見せ方で展示されています。そして多くが主な情報発信先を関係者のみに絞り、クローズな雰囲気を保っています。
  
 そんな中、他とは一線を画すブランドがありました。それはまるでブーススペースに通路が増幅したかのような開放感を与え、そこを通るすべての人の目を引き付けるようなインスタレーションを展開しています。そのブランドがシチズンです。

 これを仕掛けたのは、建築家の田根剛さん。これまで約6年間シチズンと活動を続けてきた田根さんから、ここに至るまでのシチズンとのストーリーをお聞きする機会がありました。



Atelier Tsuyoshi Tane Architectsの代表、田根剛さん。主な作品に、エストニアの国立博物館や、新国立競技場の基本構想国際競技案でファイナリストとなった『古墳スタジアム』などがあります。



 田根さんはヨーロッパと日本を中心に世界各地で多数のプロジェクトを手掛ける建築家です。シチズンとの活動は2013年からスタートし、バーゼルワールドのブースデザインのほか、イタリアのミラノで開催されるミラノサローネにおいて2度の出展をともにしました。2014年のミラノサローネではシチズンをベストエンターテイニング賞、ベストサウンド賞の2部門の受賞へと導きました。

 田根さんとシチズンがともに活動を始めることとなったのは、2013年、シチズンがミラノサローネ初出展を見据えた時のことです。パートナーとなるデザイナー探しを行っていたシチズンに、田根さんが推薦されたことがきっかけでした。シチズンはこのデザイナー選定に、デザイン案を提出させる一般的なコンペを行っていましたが、建築家の田根さんは自身のスタイルである「対象をじっくり調査、深堀りしてデザインに落とし込む」ことを求め、シチズンと会話を重ねたうえで作品を作り上げる方法を提案。その考えは「時計の本質」を長年探し続けてきたシチズンの理念に響くものがあり、こうして2者のつながりが生まれました。


インスタレーションで用いられるのは、約7万個の82系手巻きキャリバーの地板。



 ミラノサローネへの作品企画にあたり、田根さんがまず行ったのはシチズンの工場見学。そこで田根さんの目に留まったのは、時計の地板の輝きでした。「当時は時計に関する知識があまりなく、地板と言う名称もその時に初めて知ることになりました。しかし地板とは建築の基礎と同様に、時計を動かすための動力のすべてを支える大事な役割を持つものだと知ったとき、この地板を用いて時を感じる体験ができる空間を作りたいと思いました」。
 そして田根さんは、地板によるインスタレーションの作品案を提出しました。しかし当初、それを見たシチズンの反応はイマイチだったと振り返ります。「デザイナーとして採用されたので、パーツなど自社の小物を使わず、よりデザイン性のある華やかな作品を求められていたようです。加えてその頃は、時計内部のパーツを見せることは好まれないことでした」。
 しかしシチズンの迷いは、田根さんを信じることで「まずはやってみよう」の声に変わり、インスタレーションが実現することになりました。


 そして、田根さんの思いを形にした初めての地板のインスタレーションが完成。またそれは、2014年のシチズンの初ミラノサローネ出展に、1企業が2部門を受賞するという世界初の快挙をももたらしました。


シチズン「ザ・シチズン AQ6010-06A」。光発電エコ・ドライブ(Cal.0100)。17石。838万8608振動。フル充電時約6カ月駆動。18KWG(直径37.5mm、厚さ9.1mm)。5気圧防水。世界限定100本。180万円(税別)



 この「まずはやってみよう」という前向きな姿勢は、シチズンというブランドの進化につながりを感じさせるエピソードです。例えば新しい「ザ・シチズン」に搭載される、年差±1秒の超高精度クォーツムーブメント「キャリバー0100」。この開発案が上がった当初は、社内でも「1年でたった1秒、60年でやっと1分ずれる時計に、何の意味があるのか?」という議論があったといいます。しかしこれを実行し、突き詰めることは、結果としてシチズンに新たな「1秒の美学」の発見をもたらし、そして完成したキャリバー0100は世界に衝撃を与えました。
 この誇りは、クォーツムーブメントでは珍しいシースルーケースバックの採用という堂々たる形で示されました。



 挑戦を大切にする心は、田根さんのブース展示にも表れています。2019年は「We Explore Time」と再設定された新しいテーマのもと、田根さんは地板を36通りの新しいパターンで組み直すデザインにチャレンジ。そして、シチズンのブースでありながらもパブリックスペースとなるようにデザインした空間へ、それを飾りました。インスタレーションでは合わせて、人が触れられるようなシチズンの実機も展示されています。このような展示する方法も他ブランドではタブーとされることが多く、ガラスケースに収められるものです。田根さんはこれについて、「せっかく時計好きな人々が世界中から集まる機会。シチズンの時計をより身近に感じて楽しんでもらいたかった」と話します。


インスタレーションを360°囲むように設けられたシチズンの時計に関する詳細な展示空間「時の回廊」も、プロマスター30周年である2019年のテーマ「We Explore Time」に合わせて田根さんがデザイン。



 1秒という時間の価値について、何かのきっかけがない限り日常のなかで意識することはありません。しかしそこに光を当て、自分たちが持つすべてのエネルギーと技術を注いで、年差±1秒の新しい腕時計を作り上げたシチズン。田根さんは続けます。「シチズンがこの時計を作るにあたり、僕自身も1秒間の空間の在り方を問い直しました。これは1秒の価値を信じているのではないかという、逆説的に確かな1秒があるということを肯定することにたどり着きました」。
 時間とは何か? 時計の本質とは何か? を問い続けるシチズンと田根さんが今後何に光をあて、メッセージを届けるのか。これからのバーゼルワールドも、いっそう楽しみです。


文、写真:高井智世