アーノルド&サンの4つの魅力とは?

FEATURE本誌記事
2018.12.05
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
細田雄人(クロノス日本版):取材・文
Text by Yuto Hosoda(Chronos-Japan)

アーノルド&サン×クロノス日本版

銀座のシチズン フラッグシップストア 東京で2018年10月27日に開催されたクロノス日本版とアーノルド&サンのスペシャルトークショー。12月3日発売の『クロノス日本版』第80号でもその模様を一部紹介したが、ここではより詳細にイベントを振り返っていこう。

 銀座の新たなランドマーク、GINZA SIX1階に居を構える「シチズン フラッグシップストア 東京」。シチズンウオッチグループ初の旗艦店として2017年4月にオープンした同店には、シチズン銘柄の時計はもちろん、ブローバやフレデリック・コンスタントなど、グループ内の主要ブランドが数多く取り揃えられている。同グループ内で最高級時計ブランドを担うアーノルド&サンも同様だ。高品質の仕上げと凝ったデザインを与えるため、少量生産。それゆえに店頭ではなかなか現物を見ることができないアーノルド&サンの時計を常時、展示販売しているシチズン フラッグシップストア 東京は、まさに同ブランドのスペシャルトークショーを開催する会場としてうってつけである。

ブランドの歴史的な面白さ

「アーノルド&サンの魅力は主に4つあると考えています」

 前述のスペシャルトークショーで、クロノス日本版編集長の広田雅将は次のように解説する。

「創業者のジョン・アーノルドは、マリンクロノメーターを“完成させた”人物です。マリンクロノメーターとは船に載せるための高精度時計で、経度を測るために用います。もともとマリンクロノメーターはジョン・ハリソンが発明したものですが、生涯でわずかな数しか作れませんでした。また、片手で数えられるくらいの数のため、品質にばらつきも多かったのです。しかし、これをジョン・アーノルドが量産に成功させました。それまでの規模と比べて飛躍的に生産数が増えたため、結果として質は上がり、値段も下げることができました。では、マリンクロノメーターを量産化することの何が重要か。これを積んでいる船は正確な経度が分かる、つまり自分たちが海上のどこにいるのかを厳密に知ることができます。海軍からすれば、世界中に散らばった船を1カ所に集めることができるのです。マリンクロノメーターの量産はかつての大英帝国が7つの海を制することができた大きな要因のひとつだったのです。まずはそのような歴史的な面白さが魅力です」

小メーカーらしからぬ高い信頼性と質

 しかし、ジョン・アーノルドとその息子の死後、このブランドは歴史の中に埋もれていく。

「アーノルド&サンの名前が復活したのは1995年です。復活してしばらくはジャケ(現ラ・ジュー・ペレ)社のムーブメントを改造して載せていました。しかし、2013年以降は自社製ムーブメントの搭載に切り替わってきます。その転機となったのが12年。シチズン時計がラ・ジュー・ペレ共々プロサーホールディングを買収したのです」

 ふたつ目の魅力は、小メーカーらしからぬ信頼性と質の高さ。これは大資本グループメーカーに相応しい品質基準をアーノルド&サンが追求しているからだ。

「シチズン時計は買収した会社に対して、お金は出しますが経営に関しては基本的に口を出しません。しかし、当然ながら製品の質に関しては高いクォリティを求めます。ラ・ジュー・ペレは歯車を作る機械から、部品を焼き入れする設備まで持っています。同社のムーブメントにハイエンドな仕上げが施されるのは理由があるのです。その仕上げにどれだけ手間が掛けられているかは、ネジを見ればすぐに分かります。ネジの頭をフラットに切ったうえに、ドライバーを入れた際に傷が付かないよう、スリットの角を斜めに落としているのです」

見る者を楽しませる独創的な機械の動き

 さらに、アーノルド&サンの時計は機械の動きが独創的で楽しい。これが3つ目の魅力である。

「グローブトロッターというモデルは、時分針に連動する地球儀状のディスクによって、世界中のおおよその時間を知ることができます。また、ネビュラは受けを分割することで、ムーブメントの動きをよく見せるように作られています。前者は大きなディスクを回す必要があるため、強大なトルクが必要になります。後者は分割するだけ、受けの“面”は増えますから、磨く手間もその分掛かります。しかし、どちらも動きの面白さのためにそれらのコストを惜しまないのです」

少数生産ならではの良さ

 そんなユニークで手の込んだ時計を作るため、アーノルド&サンの年産数はごくわずかである。しかし、この少量生産こそ4つ目の魅力だと広田は言う。

「アーノルド&サンのムーブメントを製造するラ・ジュー・ペレは、他社へもムーブメントを供給しており、そちらでしっかりとした利益が出せています。よって、この少量生産での経営が可能なのです。また、少量生産のため、アーノルド&サンが時計を修理する際は基本的にその時計を作った時計師が分解、組み立てをしてくれるのです」

 販売価格を考えれば、コスト度外視とも言えるメンテナンスの質の高さ。安定した大資本グループメーカーの下だからこそ、持続可能な質の高い少量生産。これこそ同社の強みにほかならない。

 ともすれば、特徴的なデザインによって色眼鏡で見られかねないアーノルド&サン。しかし、ここで挙げられた4つの魅力を見れば、同社の時計が確かな技術力とブランドの歴史に基づいて製造されていることは一目瞭然だ。手にする機会は少ないかもしれないが、一度実物を手に取ってみて、その作りの良さと面白さを実感してみてはいかがだろうか。