ミドルレンジを革新するエボーシュ事情

FEATURE本誌記事
2019.05.02

秀作機の完成度を徹底検証

ETAのエボーシュ供給削減を主旨とした「2010年問題」が現実の課題となって9年。同社はグループ内供給に限定した専用ムーブメントを相次いで開発し、今年はその範囲をミドルレンジにまで拡大しつつある。他方、従来機の供給不足を代替わりするジェネリックムーブメントの仕掛け人たちも、新たなソリューションを用意しつつある。激戦のステージとなったミドルレンジを軸に、2013年当時のエボーシュ事情を考察する。

吉江正倫、奥山栄一:写真 Photographs by Masanori Yoshie, Eiichi Okuyama
広田雅将、鈴木裕之(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota, Hiroyuki Suzuki (Chronos-Japan)
この記事は 2013年10月発売の11月号に掲載されたものです。


ミドルレンジにまで波及したETAのエクスクルーシブ・エボーシュ戦略

スウォッチ グループ内に供給先を限定した“エクスクルーシブ・エボーシュ”を積極的に開発するETA。この数年、その対象はミドルレンジにシフトしつつある。特に今年はミドル~エントリーレンジに向けた新型エボーシュを3機種投入。その戦略の概要と、新型エボーシュのパフォーマンスを探る。

[2013年]スウォッチ システム51

システム51
1983年のスウォッチ発売開始から30周年を記念して、今年発表された専用ムーブメントを搭載。構成パーツ数は51点で、100%スイスメイドも掲げる。自動巻き。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約90時間。価格未定。
問スウォッチ グループ ジャパン スウォッチコール0570-004-007

 スウォッチグループが擁する最大手のエボーシュサプライヤー、ETA。1990年代に機械式時計が復権を遂げてから今日まで、スイス時計産業全体のバックボーンを支えてきたのは、まさしくETAの功績であった。しかし幾度かの紆余曲折を経たものの、基本的には2002年7月に発せられた宣言の通り、ETAエボーシュの供給量は、緩やかではあるが、確実な減少傾向を示している。これはニヴァロックス・ファーが手掛けるアソートメント(ヒゲゼンマイや脱進機部品一式)についてもまったく同様だ。

 ETAはグループ外に供給するエボーシュを絞る一方で、グループ内に限定的に供給するエクスクルーシブ・エボーシュの開発に力を注ぎ込んできた。そして今や、こうした動きはミドルレンジやエントリーレンジにまで波及しようとしているのだ。

 ETAが最初に手掛けたグループ内限定エボーシュは、おそらく07年の「キャリバー7770」だろう。7750をベースにスプリットセコンド機構を追加したこのムーブメントの設計は02年にまで遡る。当初はオメガ専用機とされていたのだが、07年に至って〝汎用エボーシュ〞としてリローンチされたのである。この時点で我々は、このモデルを“台頭著しいモジュールサプライヤーに対する牽制球”と見ていた。ETA製のエボーシュに、モジュール化された付加機能を重ねることで複雑時計のマーケットを牽引してきた“改造屋”に対し、本家ETA自身が〝インテグレートの汎用機〞を打ち出したと考えたのである。しかし、実際に搭載したのはラドーとハミルトンであり、結果からいえば、この〝汎用エボーシュ〞はグループ外に出ることはなかったのだ。

 こうした動きは08年にさらに加速する。この年登場した「キャリバーA 07・L 21」は、ヴァルグランジュをベースに4つのレトログラード表示針を加えたムーブメントだが、ロンジン専用に「キャリバーL698」というナンバーも用意されていた。翌09年の「キャリバーA 08・231」も、7750をベースにフレデリック・ピゲ(当時、現ブランパン・マニュファクチュール)がモディファイを加え、コラムホイール化したものだが、同様に「キャリバーL682.2」というロンジン専用ナンバーが付与された(一般的にはこちらのナンバーで呼ぶ)。当時グループ内のヒエラルキーにおいて、ミドルレンジからハイレンジへの飛躍が求められていたロンジンに対し、同社主導によってエクスクルーシブ・エボーシュが新規開発されたためである。これは7770を専有していた当時のオメガと同等のポジショニングであり、こうした新規開発の動向は、ハイレンジ・ブランドに向けた〝特別待遇〞でもあったのだ。

[2007年] ETA Cal.7770

Cal.7770

Cal.7750ベースのスプリットセコンド。原型はオメガ専用ムーブメントとして2002年に開発。07年に汎用機としてリローンチされている。付加機構はモジュール構造ではなく、専用設計の一体型。自動巻き。直径30mm、厚さ7.9mm。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。

[2009年] ETA Cal.A08.231

Cal.A08.231

Cal.7753ベースのコラムホイール仕様。丸穴車の上にコラムホイールを重ねている。ロンジン向けの専用機で、円形のインジケーターを備えた緩急針は、往年の同社製ムーブメントにも見られた特徴。自動巻き。直径30mm、厚さ7.9mm。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。

[2009年] ETA Cal.C01.211

Cal.C01.211

生産性と整備性を考慮したミドルレンジ向けクロノグラフ。基本設計はレマニア5100を踏襲するが、シンセティック・エスケープメントの他、ブリッジなどにもプラスティックを多用する。自動巻き。直径31mm、厚さ8.44mm。15石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約45時間。