時計経済観測所 / 2020年の時計市場、 減速懸念強まる

LIFEIN THE LIFE
2020.02.22

2020年が始まって早1カ月。しかし、今年の経済動向を見通すには、昨年末から今年にかけて、さまざまな分野で、国際情勢は不透明を通り越して、混乱に向かいつつあるようにも見える。だが、昨年以上に大きなイベントが控える2020年。特に、高級品市場をどう観測すればよいのか? 気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト

2020年の時計市場、減速懸念強まる

 2019年は米中貿易戦争の激化や香港での抗議行動、英国の欧州連合(EU)からの離脱問題など、国際情勢が混迷を極めた年だった。中国の景気減速も加わり、世界的に貿易量が縮小傾向になるなど、世界経済にも暗雲が漂った。そんな中でも、世界の高級時計需要は比較的好調に推移したと言ってよいだろう。

2019年の時計市場

 スイスの全世界向け時計輸出額は、3年連続で増加した模様だ。スイス時計協会の統計によると、2019年1月から11月までの累計輸出額は199億4720万スイスフラン(約2兆2518億円)で、前年の同期間を2.0%上回っている。2018年の年間の伸び率が6.3%で、2019年も4.9%程度伸びれば、年間の輸出額としては過去最高だった2014年の222億スイスフランを5年ぶりに更新するはずだったが、伸び率の鈍化で記録更新はお預けとなったとみられる。

 スイスの時計輸出は2014年をピークに、その後2年続けて大きく減少、2016年に194億スイスフランの底を打った。2017年には2.7%増の199億スイスフラン、2018年は6.3%増の211億スイスフランとなっていた。

 2019年の焦点は何といっても、スイス時計の最大の輸出先である「香港」の混乱だろう。1月から11月までの累計で10.6%減と大きく落ち込んだ。2018年は年間で19.1%増と大きく伸びただけに、その変化の激しさが分かる。抗議活動が激しさを増し、空港が一時閉鎖されるなど、混乱が拡大したことから、香港経済にも大きな影響が出た。特に中国から香港への旅行者が減少したことで、高級時計の販売に陰りが出たとみられる。

各国の時計需要

 そんな中で「漁夫の利」を得た格好になったのが、シンガポールと日本。中国人観光客が香港を避け、安全な日本などに旅行先を変えた可能性がある。2019年に日本を訪れた外国人は3188万人と2.2%の増加にとどまったが、中国からの訪日客は959万人と14.5%も増えた。日韓関係の冷え込みで韓国からの旅行者が25.9%減と激減したが、それを中国からの旅行者が補った。

 日本国内は2019年10月からの消費税率引き上げに絡んで、時計や宝飾品、貴金属など高額品は9月までの駆け込み需要が大きく膨らんだ。こうしたことも高級ブランド時計の輸入増につながった。スイスの日本向け時計輸出は1月から11月までで21.4%増と大きく増えた。シンガポール向けも13.8%増となった。

 予想以上に時計需要がしっかりしているのは、米国と中国本土。スイスからの時計輸出額は、8.3%増、13.1%増と大きく伸びた。米中貿易戦争での関税引き上げ合戦などを尻目に、高級品は底堅く売れているということなのだろう。米国では株価が史上最高値を更新し続けたこともあり、「資産効果」から富裕層の財布の紐が緩んだのかもしれない。

 中国も成長率の鈍化が鮮明になっているが、高級時計への需要は大きい。中国国内だけでなく、前述のように日本やシンガポール、旅行先の欧州などで高級時計購買の原動力になっているのは中国人観光客だ。

 成長が鈍化したと言っても、2019年の国内総生産(GDP)の伸び率は6.1%。29年ぶりの低い伸びとは言うものの、世界2位の巨大経済国が6.1%も成長するのだから凄まじい購買力を生み出す。明らかに世界の「消費大国」へと変化しており、それがスイス時計の輸出増に結び付いている。

2020年の市場動向

 問題は2020年の高級品市場をどう見るかだろう。最大の市場である香港向けが回復するかどうかも目が離せないが、米国と中国の国内消費の動向が最大の注目点だろう。スイス時計の輸出先という面では、消費増税後の日本の国内消費がどの程度上向くか、中国からの訪日客を中心とするインバウンド需要がどうなるかが注目される。

 先行きへの懸念もある。スイス時計の輸出先30カ国・地域を見ると、2018年にマイナスだったのはわずか6つだったが、2019年は17と過半数が減少となった。明らかに景気が鈍化している国・地域が増えているということだろう。


磯山友幸
経済ジャーナリスト。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末に独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。現在、経済政策を中心に政・財・官界を幅広く取材中。
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